世界注目、オレはNo.1

@Alo-99

第1話 ふざけんな!

 さて、ここで一つ問題だ。もしある日突然、あなたが「世界中から注目される存在」になったとしたら、どうする?

 正直、あなたがどう反応するかは分からない。ただ、本作の主人公アロさんと、その妹アヴィさんの場合は、表情はだいたいこんな感じだった。

 凸(艹皿艹 )

 頭の中では、たったひとことだけがぐるぐるリピートしていた。

(てめえふざけんな!!!)

 ……というわけで、少し時間を巻き戻そう。

 時刻は30分前。11月25日、午前2時ごろ。

 そのときアロさんは、ちょうど眠りからゆっくりと目を覚ましたところだった。

 真夜中に目が覚めたからといって、彼の睡眠の質が悪いわけではない。

 理由はただひとつ。【アロのシステム】がオンラインになったからだ。

 システムが強引に彼を夢の中から引きずり起こし、ざっくり言えばこんな内容を叩き込んできた。

「よう、相棒。お前のチート能力が、ついに起動したぞ!」

 この「とんでもないニュース」を聞いたアロさんは、当然のように大喜びだった。

 あまりの興奮に、思わず自分のほっぺたを左右一発ずつ叩き、本当に夢じゃないかどうかを確かめてしまった。

 大げさだと思うかもしれないが、彼がここまで舞い上がったのには、それなりの理由がある。

 この世界は、魔法も剣も飛び交う異世界ではなく、どこにでもある二十一世紀の現代社会にすぎない。そしてアロも、特別な「選ばれし存在」ではなく、この時代にいくらでもいる、ごく普通の人間だった。普通に生まれて、普通に育ってきた。

 そんな彼の人生で、無理やりひとつ「語れそうなエピソード」を挙げるとすれば、十八歳のときに故郷を離れ、妹アヴィと一緒に日本・東京へ留学しに行ったことくらいだろう。

 そのあと、大学を卒業した彼は、これまたごく普通の小さな会社に就職し、特に大きな事件もないまま働き続け、二十四歳から今の三十歳まで、なんとなく日々をこなしてきた。

 もし何も起きなければ、彼の人生はおそらく大多数の人と同じような道をたどっていたはずだ。

 普通に働いて、普通に定年を迎えて、それから普通に人生の終点へ向かっていく。

 自分でもそんな未来をぼんやり想像していた。

 結婚について言えば、残念ながら彼はほとんど真剣に考えたことがない。

 理由は二つある。

 一つ目は、単純にお金がないこと。

 生活はすでにいろいろなプレッシャーでパンパンで、とてもじゃないが、さらに家族という新しい責任と不安を背負う気にはなれなかった。

 二つ目は、彼がかなり筋金入りの「中二病」だからだ。

 若いころの彼はずっと、アニメのヒロインみたいな「完璧美少女」を彼女にしたいと、本気で思い込んでいた。

 もちろん、そんな夢はほとんど妄想に近いもので、本人もそのくらいの自覚はあった。

 だからこそ、この何年かのあいだに、心の中で何度も基準を下げてきた。

「完璧な女の子」から、「そこまで完璧じゃなくてもいい。ただ本当に自分が心から満足できる子ならそれでいい」へ。

 完璧は求めない。ただ、自分の目と心にちゃんとかなう相手であってほしい。そこまでは妥協した。だが、彼はそれ以上、基準を下げるつもりはなかった。

 最終的に、自分の中でこう決めてしまったのだ。

「もしそんな『本当に満足できる女の子』に出会えないなら、そのときは一生独身でもいい」

 アロさんは、そういう男だった。

 では、このシステムの到来は、いったい何を意味していたのか。

 システムのサポートが入ったおかげで、アロさんは三秒もかからずに、「システム」とは何なのか、その正体を完全に理解した。

 しかも、山ほど「システム系」の小説を読み漁ってきた筋金入りの読者として、このチートが自分にとって何を意味するのかも、はっきり分かっていた。

 ざっくり言ってしまえば、こうだ。

 もし金が欲しいなら、システムさえあれば、世界一の大富豪になることだって全然笑い話ではない。

 権力や地位が欲しいなら、システムを足がかりに、いつか「地球皇帝」の椅子に座ることもできる。全人類が自分に向かって万歳を叫ぶ未来だって視野に入る。

 寿命や若さを求めるなら、システムは人の限界をはるかに超えた寿命を与えてくれる。数百年かもしれないし、数千年かもしれないし、もしかしたら数万年かもしれない。

 力や能力を望むなら、順調に成長していきさえすれば、いつか拳一発で太陽をぶっ飛ばすことすら夢ではなくなる。

 知識や知恵を渇望するタイプなら、それもいい。システムは、際限なく大きな知恵と、果てしない量の知識を流し込んでくれる。

 これまでただの妄想の中にしか存在しなかったものが、システムの前では、すべて「実現可能な選択肢」に変わる。

 それなら、三十年間ずっとしがない生活を続けてきた普通の人間にとって、システムとは何なのか。

 その答えを、アロさんは痛いほど理解していた。

 今日から彼は、時代に流されるだけの、空気みたいな社畜ではない。

 人生で初めて、自分の運命のハンドルを、本当に自分の手で握ったのだ。

 これまで用意されていた「普通の人生の台本」は、給料のために残業をし、貯金の残高にびくびくし、通勤電車で押しつぶされながら自分の人生を疑うような日々だった。そんな台本は、この瞬間に全部まとめて破り捨ててしまっていい。

 彼の未来は、もう「普通」という二文字とは、いっさい無関係になる。

 とにかく、システムが自分にどれだけぶっ飛んだ未来を見せてくれるか、アロさんにははっきり見えていた。

 胸の中では、何発もの花火が一斉に打ち上がったみたいに、感情が一気に弾けていた。

 そこで真っ先に頭に浮かんだのが、隣の部屋の妹アヴィだった。

 この最高のニュースを一刻も早く伝えて、一緒に喜び合いたい。そう思った瞬間、彼は即行動に移った。

 布団をめくり、スリッパをつっかけて、ほとんど小走りで自分の部屋を飛び出す。

 そのままアヴィの部屋のドアを勢いよく開け放ち、まだ寝ていることなど一切お構いなしに、ぱちっと照明をつけて、喉が裂けそうな声で叫んだ。

「寝てる場合じゃねえ!起きろ!」

 その頃のアヴィはというと、最高に甘い夢の真っ最中だった。

 夢の中には、トップアイドル顔負けのイケメンがずらっと並んでいて、そのイケメンたちがみんな競い合うように彼女に優しくしてくる。

 あまりの甘さに、彼女は夢の中で笑い出しそうになり、口元にはよだれまで浮かんでいた。

 そんなところに、よりにもよってアロさんが乱入した。

 彼女を夢から蹴り落としたやり方も、また最悪だった。

 まず、勢いよく布団をばさっとめくる。そのままアヴィの腕をつかんで、まだ半分夢の世界にいる彼女を、ベッドから無理やり引きずり起こす。

 最初から最後まで、彼女を「女の子だから優しくしなきゃいけない存在」だなんて、これっぽっちも考えていない動きだった。

 アヴィは半分寝ぼけながら、もがきつつ怒鳴り返した。

「うっざ……どっか行け!明日も仕事なんだけど!!」

 必死に抵抗したが、アロさんに「お姫様だから大事にしよう」なんて発想は一ミリもなかった。

 アロはアヴィの文句なんてほとんど聞いていなかった。よく分からないハイテンションだけで動いていて、力ずくで彼女を完全に叩き起こした。

 そんなふうに夢の中から乱暴に引き戻されたアヴィが、どんな状態になるかは、想像に難くない。

 その目には今にも炎が燃え移りそうで、次の瞬間には台所から包丁を持ってきて、犯人をバラバラにしに行ってもおかしくない雰囲気だった。

 とはいえ、彼女もさすがにそこまではしなかった。

 代わりに、顔を怒りでいっぱいにしたまま、こう言い放った。

「理由を言え。気に入らなかったらマジで殺す!!!」

 もちろん、数秒も経てば、アヴィはもう怒っていられる状態ではなくなっていた。むしろアロ以上にテンションが上がって、興奮しまくっていた。

 どうしてそんなことになったのか。目の前でアロがとんでもない魔法でも披露したからだろうか。たとえば手のひらに火の玉を作ってみせたり、体ごとふわっと宙に浮かんだり、水を一瞬で氷に変えてみせたり。そういうやつかと言えば、まったく違う。

 アヴィに「これはとんでもないことになった」と気づかせたやり方は、そんな魔法よりよっぽどストレートだった。アロが、アヴィにもシステムを使えるようにしてしまったのだ。

 話の流れを整理すると、こんな感じになる。

 アロがシステムを手に入れたとき、システムはおまけのように【新人応援パック】を一つ渡してきた。

 その【新人応援パック】の中身は、日本刀×1、システムコイン×500、初心者向けのスキルブック数冊、そして極めつきとして【従者枠】×1だった。

 アロはそこに一ミリも迷いを挟まず、この【従者枠】をアヴィに割り当てた。そうして彼女も自分と同じようにシステムにアクセスできるようになり、チートの恩恵を味わえるようになった。

 そして、自分のシステムが起動したその瞬間、アヴィはやっとさっきのアロのテンションの理由を理解した。

 こんなの、興奮するなってほうが無理だろうが!

 システムのルールでは、たとえ本当に死んだとしても、システムコインさえ払えば自分を復活させることができる。もちろんそれなりの代償は必要だが、「死んでも生き返れる」なんて設定、どう考えても頭おかしい。

 さっきまで夢の中でイケメン軍団に囲まれて、にやけ顔でよだれを垂らしていたアヴィは、システムの価値に気づいた途端、その夢のイケメンたちをきれいさっぱり頭の外に追い出した。

 代わりに、今度は実の兄のほうを見ながらよだれを垂らし始めたのだ。

 その目つきはどう見てもおかしい。実の兄を見ているというより、焼きたてで香ばしくて、皮がパリパリの特大チキンレッグでも眺めているような視線だった。

 アヴィのその視線に気づいた瞬間、今度はアロのほうが妙に腰が引けてきた。胸の奥に、じわっとした危機感が湧き上がってくる。そこで彼は、表情を引き締めて、真面目な声で念を押した。

「とにかく、こういうことは俺たちだけでこっそり喜んでればいい。絶対に人に言いふらすなよ。マジでどこかの研究所に連れてかれて、モルモット扱いされるぞ。

 いいか、現実は小説とかアニメみたいな世界じゃないんだ。ああいう偉い人たちは、もっと健康な体とか、若さとか、長生きとか、強い力とか、そういうものを喉から手が出るほど欲しがってる。

 だから連中にこの秘密がバレたら、危ない目に遭うのはお前と俺だけじゃ済まない。うちの母さんも、親戚一同も、まとめて巻き添えでアウトになる可能性が高いんだぞ。」

 アロの言葉に対するアヴィの顔は、まさに(ㅍ_ㅍ)って感じだった。

「はあ?なにそれ、あたしをバカだと思ってんの?こんなの、誰にも言うわけないでしょ。このレベルの秘密はね、絶対に、絶対に誰にもしゃべっちゃダメに決まってるじゃん。

 あたしたちは大人しく黙って稼いで、ひっそりレベル上げて、バレないように強くなっときゃいいの。絶対に目立っちゃダメ。」

 だからこそ、システムを手に入れた直後に、兄妹ふたりはほぼ同時にまったく同じ結論にたどり着いた。「この秘密は、絶対にバレちゃいけない」

 しかし残念ながら、現実はふたりが頭の中で描いていたルートマップどおりには進んでくれなかった。

 いったいどんなイレギュラーが起きて、物事がそこまで予定外の方向にぶっ飛んでいったのか。

 その「イレギュラー」の話に入る前に、まずは別のことから話しておこう。システムを手に入れたあと、この兄妹は何をしようと考えたのか。

 答えはこれ以上ないくらいシンプルだ。稼ぐ。とにかく金を稼ぐ。まずは経済的自由を手に入れる――それが最優先だった。

 アロにとってもアヴィにとっても、考えはまったく同じだった。朝は満員電車に押し込まれ、夜は残業でくたくたになって帰る、あの「社畜生活」には、もう心の底からうんざりしていた。

 会社に行かなくてもいい日々。誰の顔色もうかがわなくていい暮らし。本当にやりたいことだけをやって生きていける、縛りのない人生。そんな毎日を、ふたりはずっと切実に願ってきた。

 もちろん、ふたりが金を欲しがる理由は、「楽していい暮らしがしたいから」だけではない。もっと根っこのところで、ここ数年ずっと「お金がない」という現実に怯え続けてきた、という事情があった。

 なぜそこまで金のことで不安になっていたのか。それはふたりが浪費家だからではない。理由はもっとはっきりしている。

 遠く離れた故郷にいる母親が、数年前に「慢性腎不全」と呼ばれる病気を患ってしまい、それ以来、定期的な透析治療が欠かせなくなったのだ。治療費や薬代は、その日から家計にのしかかる固定費になった。

 ここ数年、アロとアヴィが必死で働いて貯めたお金の大半は、ずっと母親の医療費として実家に送られていった。自分たちの手元に残る貯金なんて、ほとんどなかった。

 だからこそ、システムっていうチートを手に入れた瞬間、ふたりの頭に真っ先に浮かんだのは、ごく単純な願いだった。「とりあえず思いきり稼ぐ。せめて自分たちと家族の“安全”くらいは買っておきたい」

 じゃあ、どうやって稼ぐつもりなのか。方法は、乱暴なほどストレートだった。株をやる。為替をやる。仮想通貨もやる。要するに、投資で一気に増やす。

 彼らがこのルートを選んだのは、かなりの部分がシステムからタダで配られた初心者スキルのおかげだった。スキル名は【超越直感】。

 システムのルール説明には、こう書かれていた。

 それは超越者に固有の本能であり、普通の人間の直感よりもはるかに正確で信頼できる。場合によっては、因果をほんの少しだけ飛び越えて、かすかに未来を先取りしてしまうことさえあるのだ、と。

 とはいえ、それで本当に未来そのものが見えるわけではない。ただ、それでも「普通の人間が金持ちになる」には十分すぎる力だった。

 一番わかりやすい例を挙げるなら、ある銘柄の株がこれから暴騰したり暴落したりする、その直前。アロの【超越直感】が、強烈な「危険」あるいは「チャンス」のアラートを鳴らしてくれる。今すぐ買え、とか、今すぐ手放せ、とか、心の奥から急かしてくるのだ。

 もちろん、その直感の警告を頻繁に発動させたいなら、アロのほうもきちんと投資に頭を使わなければならない。

 毎日、自分が持っている株や為替やコインの値動きをにらみつけて、買うべきか売るべきかを何度も何度も考え続ける必要がある。

 そうやって意識を投資に集中させているときにだけ、【超越直感】は積極的に顔を出して、彼に注意を促してくれるのだ。

 じゃあ、何で稼ぐか。株か、FXか、仮想通貨か。

 最終的にアロが狙いを定めたのは、FXだった。理由は単純だ。株も仮想通貨もやったことはないが、大学時代に一時期だけFXに手を出していたからだ。

 FXならレバレッジがかけられる。少ない元手で大きなリスクを取って、そのぶん倍率のかかったリターンを狙うことができる。

 もちろん、大学のときの結果はかなり悲惨だった。

 突っ込んだ5万円は、最終的にきれいさっぱり溶けて消えた。5万円は「大金」とまでは言わないにせよ、安くもない額だ。その敗北で彼はすっかり心が折れ、口座をさっさと解約して、心の中で固く誓った。

「もう二度と、こんなクソみたいなもんには手を出さない」

 だが今は状況がまるで違う。システムというチートがある。アロは「今度こそ勝てる」と信じて疑わず、勢いよくFXの世界に戻ることにした。

 FXをやるなら、まずはどこの業者を使うか決めないといけない。

 そこでアヴィがスマホを手に取り、どのFX業者が信用できそうかネットで調べ始めた。調べながら彼女は、テンション高くアロに将来の夢を語っていく。

 お金が入ったらモルディブにバカンスに行こうとか、毎日ロブスター食べ放題の生活をしようとか、世界一周しようとか、母さんをいちばんいい病院といちばん腕のいい医者に任せようとか。

 アロのほうも、話を聞いているうちに胸が高鳴ってきて、いつの間にか一緒になって「大金持ちになったあとの最高の人生」を語り合っていた。

 しかし、時間が午前2時23分に差し掛かったころ、アヴィは急に笑えなくなった。

 スマホの画面が、見たこともない画面で固まってしまったのだ。

 画面全体が真っ黒になり、その中央にだけ、やけに怪しい白いリンクがぽつんと一つ表示されている。それ以外は何をタップしても反応がない。ほかの操作も一切受け付けない。

 アヴィの第一印象はごく妥当なものだった。

 さっき変なサイトでも踏んで、ウイルスにでもやられたんだろう、という判断だ。

 彼女は「こんな変なもん仕込むやつマジで滅びろ」と悪態をつきながら、長押しで再起動をかけた。

 再起動さえすれば元に戻るだろう。そう思っていたのだが、スマホが立ち上がったあとも、画面はさっきとまったく同じ黒いウィンドウのままだった。

 まるでシステムの奥のほうからがっちりロックされているみたいに、他の画面には一切切り替わらない。

 仕方なく、アヴィは自分のスマホを一度あきらめ、今度はアロにスマホを貸してくれるよう頼んだ。

 アロがスマホを渡し、アヴィがそれをネットに繋いでブラウザを開き、同じようにFX業者を調べ始めて、しばらくもしないうちに――アロのスマホも「感染」した。

 画面はまったく同じ、黒いウィンドウと白いリンクだけの謎画面に切り替わってしまったのだ。

 ふたりのスマホがほぼ同時におかしくなる。

 確率だけで言えば、絶対あり得ないというほどではない。だが、少なくともこれまでの人生で、そんなことは一度も起きたことがなかった。

 そして何より、その瞬間、ふたりの胸の奥に同時に、いやな感覚がぞわりと湧き上がった。

【超越直感】が告げてくる、言葉にならない警報のような感覚だった。

 しばらく重い沈黙が続いたあと、アヴィは結局、その白いリンクをタップした。

 リンク先は、作りは恐ろしく簡素なのに、どう見ても不気味な雰囲気しかないサイトだった。

 画面のいちばん上には、こう表示されていた。

【超越者ランキング(Transcendent Ranking)】

 サイトは一枚きりのシンプルな構成で、ページに表示されている文章も、たった一行だけだった。

【現在、地球文明に属するすべての「超越者」の総合戦力(overall strength)をスキャン中です。評価結果に基づき、上位100名を候補ターゲットとして選出します。しばらくお待ちください。】

 その一文を目にした瞬間、アロとアヴィはほとんど同時に心臓が跳ね、背筋に冷たいものが走った。

「超越者」という言葉は、ふたりにとってまったくの未知の単語ではない。

 システムの定義では、今の自分たちの“職業”こそが【超越者】なのだ。

 そしてシステム内のスキルの多くも、「超越」の名前を冠している。

 たとえば、【超越直感】、【超越演算】、【超越レーダー】、【超越ネットワーク】……

 だから、このサイトがどこかの暇なハッカーがでっち上げた悪ふざけ、という可能性はかなり低そうだった。

 おそらく本当に、「総合戦力トップ100の超越者たちの情報」を集計しようとしているのだと考えるほうが自然だ。

 だとすると、問題はこうなる。

 そんな真似ができるのは、いったい誰なのか。今、誰がそれをやっているのか。

 ふたりが反射的に思い浮かべた最初の容疑者は、もちろん一つしかなかった。それは、 【アロのシステム】である。

 アロは思わずイラつきを抑えきれず、システムに問い質した。

 それに対するシステムの返答は、いつも通り冷静だった。

【現在進行中のこの事象は、私が発端となって行っているものでもなく、私が能動的に関与しているものでもありません。また、「ご主人様の利益を最優先で保護する」という中核指令とも一致していません。

 起動以来、私は一度たりとも、あなたの利益と衝突する行動を実行してはいません。

 あなたが疑念を抱くことは自由ですが、以上の結論はシステムの内部記録によって何度も検証済みです。

 これは事実です、我が主。】

 システムが関与を否定した以上、アロとしては当然、次の質問に進むしかなかった。

「じゃあお前じゃないなら、誰の仕業だよ」

 その問いに対して、システムはこう答えた。

【システム規約により、私はごく限られた範囲でしか説明できません。まず、はっきりさせておいてください。

 今この瞬間、あなたを遠くから監視している「人間」も、「生きている意識」も一切存在しません。このランキングに載るデータは、監視カメラ映像や会話の盗聴、あなたの行動の追跡といった手段で集められているわけではありません。

 これは、太陽系全体を覆う一種の『超越ルール・プログラム』が、自動的に集計している結果です。

 そして、そのルールを設定した高次生命体はすでに死亡しており、残されているのは、誰にも管理されていないまま動き続けている計算式と統計メカニズムだけです。

 このルールは、カメラのようにあなたの行動を観察することはありません。ただ、太陽系内に現れた「生命」と「それに関連する情報」を受動的に統計しているだけです。

 それは思考もせず、評価もせず、あなたの日常をいかなる存在にも報告しません。したがって、あなたは「常に誰かに監視されているのではないか」といった点を心配する必要はありません。

 あなたが冷静さを保ち、適切に対処し続ける限り、このランキングを手がかりにシステムそのものへと辿り着ける存在は現れないでしょう。

 もし、あなたの情報がランキングに掲載された場合に私が推奨する対応は一つです。

 自分自身を、優秀で強大な超越者として演出すること。

 そうすることで、常識外れの現象のすべてを、「システム」ではなく「あなた自身の実力」だと自然に解釈させるのです。】

 その返答を聞いて、アロとアヴィは顔を見合わせるしかなかった。正直、どこかモヤモヤするところはあったが、今のところはそういうものとして受け入れるしかない。

 次に、ふたりの前に浮かび上がってきた疑問はひとつだった。

 このクソみたいなランキングサイトは、自分たちふたりのスマホにだけ出ているのか。それとも、地球にいる85億人全員が巻き込まれているのか。

 この点については、システムがはっきりと答えを返してきた。

 要するに、今この地球上にあるインターネット接続可能な端末は全部――スマホ、テレビ、パソコンなど、ネットに繋いだ時点で強制的にこのウィンドウが表示される、という話だった。

 アヴィは本能的に「ほんとかな」と疑い、すぐにパソコンを開いた。

 ノートPCをWi-Fiに繋ぎ、ブラウザをリロードする。すると、画面が一瞬ふっと暗くなり、すぐにスマホとまったく同じ黒いウィンドウと白いリンクがぽんと表示された。

 本当にテレビが家にあったなら、次の検証は間違いなくテレビの電源を入れることだっただろう。だが、彼らの部屋にあるのは、ただのPC用モニターだけだった。

 それでも、この時点でふたりはもう、システムの説明が本当なのだろうと信じざるをえなくなっていた。

 そのとき、アヴィはふと、アロの顔がかなり不安そうになっているのに気づいた。それで、わざと軽い口調で話しかけた。

「そんな世界の終わりみたいな顔しないでよ。

 このクソランキング、ちゃんと“上位100人だけ”って書いてあるじゃん。地球に85億人いるんだよ?システムを手に入れたばっかりの初心者ペーペーのあたしたちが、そのトップ100に入れると思う?

 あたしたちより実力あって、ちゃんとした地位もあって、生まれつきの才能もある人間なんて、星の数ほどいるでしょ。

 すぐに自分を『もしかして世界の救世主かも』みたいな立場だと思い込むの、やめなさいってば……」

 その言葉を聞いて、アロもつられて自分を落ち着かせようとし始めた。うなずきながら、ぼそっとつぶやく。

「だよな、地球に85億人もいるんだもんな。俺たちみたいなのがふたりもトップ100に紛れ込むほうが、よっぽどおかしいって……どう考えても、そんな『おいしい話』が俺たちに回ってくるわけないよな。」

 そうやって自分に言い聞かせてはみたものの、アロの頭の中は、つい最悪のパターンばかり想像してしまう。もし本当に、あのランキングに自分の名前が載ってしまったらどうなるのか。

 間違いなく、トップ100に入った瞬間からカウントダウンが始まる。

 十数分もあれば、警察がネット経由で住所を割り出し、まずは丁寧な顔をしてインターホンを押しに来るだろう。そのあと、気がつけばどこかよく分からない研究施設に運び込まれていて、あの偉い人たちのための実験用モルモットとして扱われる――そんな未来が、簡単に想像できてしまう。

 だから、座って成り行きを待っているわけにはいかない。その前に、どこか安全な場所へ逃げて身を隠す方法を考えなければならない、とアロは思った。

 ちょうどそのとき、システムが気を利かせたかのように、あるスキルをおすすめしてきた。

 簡単に言えば、「しばらく身を隠して様子を見るための」便利スキル、【超越空間学Lv1】だった。

 システムの説明によると、この【超越空間学Lv1】に、【強者の心Lv1】、【超越演算Lv1】、【超越ネットワークLv1】、【超越直感Lv1】、【超越レーダーLv1】、【超越智慧Lv1】、【超越体質Lv1】といった基礎スキルを組み合わせることで、どうにか「亜空間の壁」をこじ開けて亜空間へ移動し、亜空間中に張り巡らされた「亜空間航路」を通って一気に逃げられるらしい。極端な話、南極にだって逃げ込める。

 現在、【超越空間学】以外のスキルは、すべて【新人応援パック】の中身としてすでに揃っており、アロは全部習得済みだった。

 だから、あとはシステムコイン300枚を払って【超越空間学Lv1】を買うだけで準備完了、というわけだ。

 システムがおすすめを出し終わるのを見届けて、アロは歯を食いしばり、覚悟を決めてシステムコイン300枚を支払った。

 スキルブックを使用した瞬間、「空間」「次元」「亜空間」に関する膨大な超越知識が、洪水みたいな勢いで彼の魂の中へ流れ込んでくる。

 システムの補助演算もフル稼働し、十秒も経たないうちに、その知識はすべて完全に消化・吸収された。

 まるで本当に何百年も空間について研究し続けてきた専門家であるかのような感覚が、自然に頭の中に定着していく。

 そのままアロはすぐに【シスちゃん】に指示を出し、「亜空間の壁」をこじ開けるための解析プログラムを起動させた。同時に、自分のMPがじわじわと減っていくのが分かる。

(※補足:シスちゃんの正式名称は【システムサポート】で、各ユーザーに一体ずつ割り当てられる専属サポートAIである)

 もし本当にランキングに自分の名前が載ってしまったら、そのときは真っ先に亜空間へ逃げ込んで、嵐が過ぎるまで身を潜めるつもりだった。

 まさか警察が、亜空間の中まで追いかけてくるはずはない。もし本当にそこまでやって来られるのだとしたら、そのときは素直に諦めるしかない、というのがアロの結論だった。

 一方のアヴィはというと、自分の【超越直感】で、アロが何か「こそこそと動き始めた」ことをすぐに察知した。

 そこで彼女は、そっとシステムコイン200枚を使い、新たに【超越エネルギー学Lv1】を購入した。

 このスキルブックを使えば、【エナジー弾】、【エナジーシールド】、【エナジー触手】といった、実用性の高い小技をいくつもアンロックできる。

 別に、警察相手に正面から戦うつもりはない。アヴィのお目当ては、その中に含まれている【エナジーシールド】の特殊バージョン、「不可視モード」だった。

 それを起動すれば、肉眼はもちろん、赤外線やふつうの監視カメラでも、ふたりの姿をほとんど捉えられなくなる。簡単に言えば、逃走と隠密に特化した、とんでもなく便利なチートスキルだった。

 午前2時35分になったころ、その【超越者ランキング】のサイトがついに更新され、ランキング一覧が正式に表示された。

 その瞬間、アロとアヴィは同時に胸をぎゅっとつかまれたような感覚に襲われ、まともに息をすることさえ苦しくなった。頭の中では、たったひとことだけが大音量でぐるぐる回り続けていた。

(てめえふざけんな!!!)

 なぜそんな反応になったのか。理由はあまりにも単純だった。

 ランキングのいちばん上に、こうはっきり書かれていたのだ。

 No.1:アロ

 しかも、表示されているのは名前だけではない。

 一覧の右側には、見覚えしかない顔写真がどーんと載っていた。――大学四年のとき、就活用にわざわざ撮りに行った、あのスーツ姿の証明写真だ。

 その写真の下にある小さなリンクをクリックすると、さらに詳しいプロフィールが開く。

 学歴、職歴が一行ずつきっちり並んでいて、「現居住地」の欄にはこう書かれていた。

 日本・東京・池袋

 どのマンションか、何号室かまでは書いていない。だが、それだけでもアロにとっては十分すぎる情報量だった。

 歯ぎしりしたくなるほどの怒りがこみ上げてきて、画面に向かって本気で怒鳴りつけたくなる。

(ふざけんなクソが!!)

 アロはどうにか深呼吸をひとつして、声を押し殺すようにアヴィに言った。

「ぼーっとしてる場合じゃねえ。さっさと荷物まとめて、逃げる準備だ!」

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