お供え物
みそ
第1話
朝起きると、コップに水が注がれていた。
一人暮らしのワンルーム。同居人はもちろんいない。部屋に住んでいるのは俺一人だけ。
それなのに何故か、朝起きるとコップに水が注がれて、テーブルの上に置かれていた。
俺は几帳面なので使ったコップをそのままテーブルの上に放置しておくことはしない。絶対に洗って食器棚に置いている。
水の量はきっちり計量したかのように、ちょうどコップの半分くらい。
色は透明。特別臭いはしない。味は、怖くて確かめられない。
コップを持っても温かくも冷たくもなくて、ちょっと生ぬるい感じがする。たぶん人の体温くらいの温度。
もちろんそのまま流しに捨てて、そのコップも捨てた。
得体の知れない液体が入っていたコップなんて気味が悪いにも程がある。
いったい何だって言うんだ。
翌朝、またもやテーブルの上には水の入ったコップが置かれ、その隣には茶碗に盛られた半量くらいの白いご飯。
何なんだよ、これ。意味わかんねえよ。最近は忙しくて米なんて炊いてないのに、この白飯はどっから湧いて出たんだよ。
気持ち悪い。マジで気持ち悪い。
どちらも捨てると、俺は急いで出社した。
その翌朝、もう笑うしかなかった。
テーブルの上には、水の入ったコップ、ご飯の盛られた茶碗、そっと横たえられた、菊の花。
何だよこれ、マジで何なんだよ。何かいんのかよ、この部屋。
「おい!ふざけんなよこらあ!悪ふざけもいい加減にしろよ!」
テーブルの上を薙ぎ払い、乗っているものを全て落として荒い息をつく。マジで何だってんだよ。俺が何かしたってえのかよ、チクショウ。
息を荒らげていると、部屋の四隅から微かに声が聞こえてきた。
なんだこれ、隣の部屋の音が漏れてんのか。いや違う、ここは角部屋で、今は隣は空き部屋だ。じゃあこの声は。ブツブツ呟くような、この声は。
あっ、ヤバイわ、これ。
部屋の四隅から聞こえてきているのは、念仏だった。
俺はなりふり構わず家を飛び出した。
その日の夜は近場のビジネスホテルに泊まった。
翌朝。俺はスマホのアラームを止めると気持ちよく伸びをした。
ああ、なんて清々しい朝だ。こんなによく眠れたのは久しぶりだ。
部屋の問題は何も解決してないが、まあ引っ越しゃいいか。部屋の更新も近いし、これを機会にうるさくせっついてくる彼女と同棲してやろう。喜ぶだろうな、あいつ。
まったくよお、ホントなんだったんだろうな、あの現象。確かこういうオカルトみたいなの募集してたラジオあったよな。
採用されたら金とか貰えんのかな。それならちょっと書いてみんのも悪くないかもな。ああでも俺、文章書くの苦手なんだよなあ。
くだらないことを考えていると、トゥルルル、トゥルルルと部屋に備え付けの電話が鳴った。
あれ、何だろう、モーニングコールはセットしてないはずだけど。
電話の乗ったテーブルを見ると、乗っていた。
水の入ったコップ。
ご飯の盛られた茶碗。
横たえられた菊の花。
そして直立する、火のついた蝋燭と、煙を上げる線香。
受話器を取ると、ハッキリとした声で、念仏が聞こえた。
お供え物 みそ @miso1213
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます