異能学園の模倣者

@irori_

波動の転校生編

序章

第1話 空っぽの模倣

 窓ガラスが、ビリビリと鳴っていた。

 衝撃だけじゃない。校庭から吹き上がる熱気が、空気の層ごと押し上げてくる。

 三階の教室なのに、肌の表面がじわっと乾く。呼吸をすると、喉の奥に焦げた匂いが薄く残った。


 窓枠は普通の学校より太くガラスも厚い。外側には細い網が通っていて、光が当たると格子が一瞬だけ見える。

 それでも鳴る。ガラスというより、建物全体が「来るぞ」と構えるみたいに小刻みに震える。

 机の脚が床に擦れて、カタ、と短い音がした。


 授業はとっくに始まってる。けど黒板を見てるやつはいない。

 教師も例外じゃなく、チョークを持ったまま窓の外を見ていた。

 注意する気配もない。注意したところで止まらないのを知ってるからだ。

 ここでは、授業の理屈より、校庭の現実の方が強い。


「……窓、離れろよ。ガラスが割れたら洒落にならんぞ」


 先生は一応そう言った。言っただけで、自分でも無理だろうと分かっている声だった。

 窓際はもう埋まっている。誰も本気で離れない。離れてしまったら、見えないからだ。見えないと、落ち着かない。


 視線の先は、校庭の中央にある『バトルエリア』。

 能力者を育てる学園にとって、あそこは訓練場であり、見世物の舞台でもある。

 床は硬く、周囲には一定の距離を取るための線が引かれている。上位同士がやり合うと、熱も音も平気で校舎まで来る。

 だから窓際はいつも埋まる。ガラスの向こうに薄い網が見えるのは、そのためだ。


 それでも、怖さが消えるわけじゃない。

 あくまで「壊れにくい」だけで、「何も届かない」わけじゃない。

 熱は届くし、音は届くし、空気が押される感じも届く。だからこそ、見てしまう。


「今日もやってんのかよ……」


 俺――藤堂晴人とうどう はるとは、窓際の一番後ろから身を乗り出して見下ろした。


 赤い炎が地面を走り、獣の輪郭を作って跳ねる、虎だ。

 炎はただ燃えてるだけじゃない。爪先が地面を掻く動きまで作って、跳ねるたびに火の粉が散る。

 走った跡が一拍遅れて黒く焦げる。熱で空気が揺れて、虎の輪郭が二重に見える。


 そこへ蒼白い光がぶつかった。

 光は線じゃない、塊だ。体の周りに薄い膜みたいにまとわりついて、動いた瞬間だけ濃くなる。

 ぶつかった衝撃で炎の虎が裂け、虎の形が崩れて火の帯に戻った。

 乾いた衝撃音が遅れて届き、窓が小さく震える。胸の奥が、反射で硬くなる。


 炎を操るのは、三年の上位ランカー、武田たけだホムラ。能力名は“炎虎えんこ”。

 見た目は小柄で、制服姿だけなら年下に見える。だが、戦い方は派手で、速い。

 出力も高いが、それ以上に操作が細かい。虎を「一体」出して終わりじゃない。噛みつき、追い込み、足止め、その全部を分けて使う。


 対する相手は同じく三年の上位ランカー、上杉翔馬うえすぎ しょうま。能力名は“昇龍しょうりゅう”。

 長身で、黙って立っているだけで圧がある。こっちは逆に、余計な動きが少ない。受ける、耐える、前へ出る。

 その繰り返しをしているだけで、身にまとう光が濃くなっていく。見ているだけで分かる。時間が味方になるタイプだ。


 どちらも名前を出せば、学園の大半は絵が浮かぶ。つまり、それだけ有名だ。

 実際、窓の外には別のクラスの生徒も集まっていて、廊下の方まで人が詰まっている。

 誰かが窓枠を叩いて「見えねえんだけど!」と怒鳴り、別の誰かが「押すな!」と返している。


「晴人、今日の戦いはどんな感じだ? 俺の席からだと砂煙で見えねーんだけど」


 前の席から振り返ってきたのは、船木日向ふなき ひなた

 手元のノートに正の字を書いている。賭けだ。

 こういうときだけ、こいつは何故か真面目だ。……真面目というか、集中の方向が間違ってる。


「いつも通り。ホムラ先輩が先に攻めてる。炎虎、二体……いや、三体目」


 言いながら、俺は目を凝らした。

 最初の虎が正面から噛みつきに行く。その一拍遅れで、もう一体が横から回り込む。さらにもう一体が、逃げ道を潰す位置に滑り込む。

 虎は全部同じ形じゃない。胴が細いのは速い。顎が大きいのは噛みつきが重い。足が長いのは追い込みが上手い。炎なのに、役割が分かる。


「マジか。最初から飛ばすなぁ」


 日向が口笛を吹く。

 窓の外では、炎虎が増えていく。足止め用、牽制用、噛みつき用。形を変えながら、ホムラ先輩が場を支配していく。

 普通なら、囲まれた時点で終わりだ。逃げる方向が消える。呼吸が乱れる。足が止まる。


 でも翔馬先輩は動じない。


 避けるときは最小限。その動きは避けるというより、当たる角度だけをずらす。

 避けないときは腕で受ける。炎の顎が噛みついても体勢が崩れない。熱で制服の端が揺れているのに、足だけが動かない。

 むしろ、受けるたびに光が濃くなる。ぶつかった場所から蒼白い筋が走り、次の瞬間には全身に広がっている。見え方が変わる。空気が重くなる。

 昇龍は、長引くほど強くなる能力だ。だから観客はとりあえず「後半でまくる」と言う。

 だいたい当たる。


「うわ……あれ、普通に囲まれたら終わるだろ」


 日向が感心した声を出す。


「囲まれる前に抜けるのが上位だよ」


 口ではそう言ったが、内心では翔馬先輩の方が怖かった。

 ホムラ先輩の炎は分かりやすい。熱い、派手、危ない。

 でも翔馬先輩は、危なさがじわじわ増える。

 経過した時間の分だけ確実に出力が上がっている。目で分かる程度に、光が増していく。ここからが本番だ。


 教室のあちこちから声が飛ぶ。


「今日も翔馬先輩は硬いな」

「ホムラちゃん行けー!」

「いや、あれ後半でまくるやつだろ」

「でもホムラ、今日は数多くね? 今回こそ押し切る気でしょ」


 誰もが勝手に実況し、勝手に結論を出す。こういう空気も含めて、この学園の“日常”だ。


 戦いの結果は『ランキング』に直結する。

 序列評議会とか言う連中が順位を付けて、更新する。


 ただの強さ順じゃない。

 勝った負けたはもちろん、どれだけ危険な相手とやったか、どれだけ早く決めたか、観客がどれだけ沸いたか――そういう「見え方」まで、点にして積み上げる。少なくとも、みんなはそう信じている。

 だから上位は強いだけじゃなく“上位らしい勝ち方”をする。

 観客も分かりやすい一撃、分かりやすい逆転、分かりやすい格の差。そういうのを求めている。


 昇降口の近くには、ランキングの掲示がある。紙じゃない。学園が用意したモニターの表示板で、数字と名前が大きく出る。

 更新が入ると、昼休みの人だかりが一段増える。

 誰が上がった。誰が落ちた。誰が“注記付き”で載った。

 その場の空気が、勝手に決まる。


 名前が掲示に載れば、昼休みの空気が変わる。

 廊下での態度も変わる。声のかけ方も変わる。

 だから皆、勝つだけじゃなく「どう勝つか」に執着する。勝ったのに笑われたくない。負けても“評価”だけは拾いたい。そういう執着が、学園の空気を作っている。


 俺は、その輪の外でいい。


 観客席で、勝手に見て、勝手に考えて終わり。それで十分だ。

 ランキングが動くたびに騒ぐ連中を、窓の内側から眺めていればいい。

 安全圏は、たぶんここだ。


 そう思っていられる理由は、俺の能力のせいだ。


 俺の能力は“模倣もほう”見た能力の「形」を出せる。

 炎も光も、それっぽくはできる。色も、輪郭も、音も、動きも。目で見た情報をなぞるのは得意だ。

 だから初見の相手は一瞬だけ驚く。観客も一瞬だけ沸く。

 けど、それだけだ。


 中身がない。

 熱も衝撃も無い。相手が「うわっ」と身を引く程度の圧は作れても、倒せる力にはならない。

 見た目の派手さと、結果が釣り合わない。


 昔、一度だけ軽いノリで模擬戦に出た。

 相手の技を、見た通りに真似した。炎を出して、光を走らせて、教室の連中が「おお」と声を上げた。

 その瞬間だけは、俺も勘違いしかけた。――いけるかも、って。


 でも、相手は倒れなかった。

 倒れないどころか、次の動きが普通に来た。俺の“技”を受けても、体勢が崩れない。熱くないから怯まない。重くないから足が止まらない。

 一度、知ってしまえば驚きも無い。

 俺は派手な光の中で、ただ手が止まった。

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