第42話 近づく期限と、揺れる気持ち

十二月中旬。街には少しずつ年末の空気が混じり始めていた。


 駅前にはイルミネーションが灯り、普段と同じ道なのに、どこか違う景色に見える。


 澄田薫は、その光を横目に見ながら歩いていた。


「……もうこんな時期か」


 小さく呟く。



 部屋に戻ると、すでに蓮がいた。


「おかえり」


「ただいま」


 コートを脱ぎながら、少し肩の力を抜く。



「寒かった?」


 蓮が聞く。


「めちゃくちゃ寒い」


「だよな」



 暖房の効いた部屋に入ると、ようやく指先の冷たさがほどけていく。



「今日さ」


 薫がバッグを置きながら言う。


「エントリーの締切、見た」



 蓮は一瞬だけ動きを止める。


「……もうそんな?」


「うん、早いところは」



 空気が、ほんの少しだけ引き締まる。



「そっか」


 蓮は静かにうなずく。



「まだ余裕あるけど」


 薫が続ける。


「でも、考えてるだけじゃダメな時期に入ってきた感じ」



 その言葉は、現実そのものだった。



「蓮は?」


 薫が聞く。



 蓮は少しだけ視線を落とす。


「……正直、まだ絞れてない」



「そっか」


 薫は責めることなくうなずく。



「でもさ」


 蓮が続ける。


「このままはよくないのも分かってる」



 その言葉に、薫は少し安心したように息を吐く。


「うん」



 沈黙。



 以前なら、この沈黙は重かった。


 でも今は違う。


 ただ、考える時間としてそこにある。



「ご飯どうする?」


 蓮が言う。



「一緒に作る?」


「いいよ」



 キッチンに並ぶ。


 包丁を持つ手元、火をつける音。


 日常の動き。



「今日さ」


 薫が言う。


「友達とちょっと話してて」



「うん」



「遠距離になる人、多いみたい」



 蓮の手が少しだけ止まる。



「……やっぱり?」



「うん」


 薫は野菜を切りながら続ける。


「最初は大丈夫って思ってても、続かない人もいるって」



 その言葉は、現実的だった。



「怖い?」


 蓮が聞く。



 薫は少し考える。


「……ちょっとは」



「俺も」



 二人とも、正直だった。



「でもさ」


 薫が顔を上げる。


「それだけで決めるのも違うと思う」



 蓮はうなずく。


「うん」



「無理に合わせて後悔するのも嫌だし」


「離れて終わるのも嫌」



 その言葉は、以前よりもずっと整理されていた。



「難しいな」


 蓮が言う。



「うん、難しい」


 薫も苦笑する。



 料理ができあがる。


 二人でテーブルに並べる。



「いただきます」



 しばらくは静かに食べる。



 やがて、蓮がぽつりと言う。


「さ」



「うん?」



「もし、離れることになってもさ」



 薫は顔を上げる。



「続ける前提で考えたい」



 その言葉は、前よりもはっきりしていた。



 薫は少しだけ目を見開く。



「前より、ちゃんとしてるね」


 少し笑いながら言う。



「成長してるからな」


「自分で言う?」



 二人で少し笑う。



「でも」


 薫は続ける。


「それ、嬉しい」



 その言葉に、蓮は少しだけ照れたように視線を逸らす。



 食事のあと、片付けをする。



「手伝う」


 蓮が言う。



「いいよ、やるから」


「いや、やる」



 軽くぶつかるようなやり取り。


 でも、その空気は柔らかい夜。


 ベッドに入る。



 外では風が強い。



「ねえ」


 薫が言う。



「うん?」



「もしさ」



 少し間を置く。



「違う場所になっても」



 蓮は静かに聞く。



「ちゃんと会いに来てくれる?」



 その言葉は、不安を含んでいた。



 蓮はすぐに答える。


「行く」



「即答」



「当たり前だろ」



 薫は少し笑う。



「じゃあ私も行く」



「じゃあ大丈夫だな」



「何が」



「続く気がする」



 その言葉は、根拠があるわけじゃない。


 でも、不思議と現実味があった。



 手が触れる。


 指が絡む。



 以前よりも自然に、迷いなく。



 期限は近づいている。


 選択の時も、遠くない。



 それでも――



 二人は、離れる未来ではなく、

 どう続けるかを考えていた。



 それが、今の二人の一番大きな変化だった

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