藤原くんのミックステープ

ノマノタロウ(ex 野々花子)

藤原くんのミックステープ

 そのミックステープは「Pleasure'91 ~人生の快楽~」から始まっていた。


 知らない人は何のことやら分からないだろうが、「Pleasure'91 ~人生の快楽~」(※1)とは、B’z(※2)の楽曲である。

 中学二年生の頃、僕はB’zにハマった。それまでもなんとなく流行の音楽は聴いていたが、「全アルバム、全曲聴いてみたい!」というレベルで惚れ込んだのは、B’zが初めてだった。誇張ではなく本当に一日中聴いていた。登下校中にウォークマンで聴き、授業中もイヤホンを学ランの袖に隠して聴き、もちろん休み時間にも聴き、家に帰るとラジカセで聴いた。頭の中は常に、稲葉さんの「ゥアーオッ!」というシャウトでいっぱいだ。

 きっかけは、同級生の藤原くんが作ったミックステープだった。


 藤原くんは歯医者の一人息子で、中学一年のときに東京から転校してきた。広い部屋の壁一面に本棚を並べ、漫画とCDで埋め尽くしていた。最新のゲーム機も全種類持っていた。同級生の誰よりも漫画とアニメと音楽に詳しく、ゲームが上手く、さらにめちゃくちゃ絵が上手かった。時は90年代半ば、まだインターネットも携帯電話も普及していない頃である。レンタルビデオ屋が一軒しかない田舎で、それだけの情報にアクセスし、コレクションを揃えているヤツはいなかった。僕が人生で初めて出会った本物のオタク。それが藤原くんだった。

 当時のオタクは、根暗でコミュニケーションが苦手で、いじめられるような存在として扱われがちだったが、彼の印象は違った。背が高く、切れ長の一重で顔もかっこ良かったし、性格は社交的とは言えないものの決して暗くはなかった。クラスメイトとつるむことは少なかったが、それは浮いているとかコミュニケーションが苦手とかではなく、むしろ彼は好んで一匹狼でいるようだった。

 朝の授業をサボって昼前にふてぶてしく登校してくることが多く、「何してたの?」と聞くと、「だりいから喫茶店でジャンプ読んでた」と言って、読み終わった最新号のジャンプを惜しげもなくくれた。学校行事は「くだらねえ」と言って一切参加しなかった。藤原くんはオタクでありながら、飄々とした文化系不良でもあったのだ。


 そんな藤原くんに僕は一方的な憧れを抱き、また、彼の持っている漫画やゲームやCDを貸してほしいという下心もあって、積極的に彼に話しかけた。しかし、「おまえ、いちいちついてくんな」「なんでおまえにCD貸さなきゃいけねーんだよ」と鬱陶しがられた。他のクラスメイトにはもっと親しげで、CDも気軽に貸していたのに、僕だけなかなか仲良くしてもらえなかった。多分、僕がしつこかったのと、憧れゆえの反発から「藤原くん、ちょっとサボりすぎじゃない?」などの小言を言いがちだったからだろう。よく「説教くさいな、おまえはホントに」と嫌がられていた。自分で今思い出してもウザ過ぎる……。

 だが、そのうち根負けしたのか、だんだん藤原くんのほうから「おまえ、あれ聴いたことある?」「バスタード(※3)好きなら、シャドウスキル(※4)も読んどけって」と、話しかけてくれるようになった。自分で言うのもなんだが、ウザいヤツなりに、彼の中で音楽や漫画の話をできる相手というポジションを築けたのだろう。


 そんなある日、きっかけは忘れたがB’zの話になり、藤原くんが熱く語り出したことがあった。

「B’zは洋楽のパクリ(※5)とか馬鹿にするヤツもいるけど、そんなこと言ってるヤツの方が浅いな。音がかっこいいのに、情けない男の歌詞が多くてそこがいいんだ。アルバム全部持ってる俺が言うんだから、間違いない」

 得意気に話すので僕も興味がわき、「じゃあおすすめのアルバム貸してよ」と聞いてみたが、あっさりと断られた。

「やだ。俺が聴けなくなるから貸さない」

 話を振っておいてそれかよ、と思ったが、考えてみれば彼が僕に大切なCDを貸す義理はないわけで、当然と言えば当然である。中学生にとって、三千円もするCDはとても高価な代物だ。タダで借りようというのは虫がいい話だろう。

 ところが次の日、藤原くんは学校で僕に1本のカセットテープを渡してくれた。

「ほらよ。やる」

「え? 何これ」

「おまえ、聴きたいって言ってただろ」

 そう、彼はわざわざカセットテープにB’zの曲をダビングして持ってきてくれたのだ。しかもそれは、アルバムをそのまま収録したテープではなく、藤原くん選曲の特製B’zミックステープだった。


 僕はそのミックステープで完全にB’zにハマった。

「Pleasure'91 ~人生の快楽~」で始まり、2曲目は「OH! GIRL」(※6)。「恋心(KOI-GOKORO)」(※7)も入っていたし、B面は「Crazy Rendezvous」(※8)から始まって、最後は「あいかわらずなボクら」(※9)だった。

 B’zをよく知っている人ならお気づきだと思うが、初心者向けとしては少々マニアックな選曲である。有名なヒットシングルをあえて外し、アルバムの人気曲やカップリングの隠れた名曲を中心に構成されたミックステープ。おそらく、本当に藤原くんが好きな曲を入れつつ、初心者でも聴きやすいように曲順まで考えてダビングしてくれたのだろう。

 僕はそのミックステープを一日中聴いた。登下校中も、授業中も、休み時間も、家に帰ってからも聴きまくった。「B’z、最高だよ!」と藤原くんに伝えると、彼はいつもの不敵な表情を少しだけ崩して、「そりゃ良いに決まってんだろ」と笑った。

 藤原くん特製B’zミックステープはボリューム3まで続き、僕はその3本を、比喩でなく本当に伸びて擦り切れて聴けなくなるまで聴いた。そして、小遣いやお年玉を貯め、自分でB’zのアルバムを買い集めた。ミックステープの曲順に慣れていたから、本来のアルバムの曲順に慣れるまで相当時間がかかった。


 中学高校の間、藤原くんとの交友は続き、彼はB’zだけでなく、いろいろな音楽や漫画を僕に教えてくれた。のちに僕がB’z以上にハマったバンドBUCK-TICK(※10)を知ったきっかけも、彼がアルバム『狂った太陽』(※11)を貸してくれたからだ。本格的にアニメオタクになったのは、彼が持っていたOVA『天地無用!』(※12)のせいだし、彼が大好きだったライトノベル『魔術師オーフェンシリーズ』(※13)は、今でも僕のオールタイムベストファンタジーのひとつだ。僕のオタク魂の原点は、彼によって作られたと言っても過言ではない。


 藤原くんは父親と二人暮らしで、あまり親子仲が良くなさそうだった。「家に遊びに行ってもいい?」と聞くと、「親父が寝てから、夜中ならいい」と言った。

 僕は24時頃に家をこっそり抜け出し、藤原くんの家の塀を登り、二階の彼の部屋の窓から入った。藤原くんは大抵漫画を読んでいるかゲームをしていて、僕が来ても、「おう」くらいしか言わなかった。僕も勝手に本棚から漫画を取り出して読んでいた。最初は父親に見つかって怒られないかびくびくしていたが、本当に一度も起きてくる気配すらなかったので、慣れてくると二人で音楽を聴いて盛り上がった。

 二人だけのこともあったし、他の友達と四~五人で集まることもあった。みんなで外に出て、海沿いの公園で遊ぶこともあった。みんなオタク気質だったので酒や煙草はやらず、自転車を乗り回したり、海を見ながらだべったり、かわいい遊びだ。田舎だからか、警察や大人に見つかって怒られることもなかった。

 夜中に海を見ながら、藤原くんに「こういう時にB’z聴くならどの曲がいいと思う?」とたずねると、彼は少し考えてから「憂いのGYPSY(※14)」と答えた。


 高校卒業直前の冬だったと思う。

 同居していた祖母から、「藤原くんのことで話がある」と呼び出された。

「ずっと黙っとくつもりやったけど、あんたとあの子が仲良うしとるんやったら、やっぱり知っといたほうがええんちゃうかと思ってな」

 そう言って、祖母は彼の出生と家庭について話し始めた。


 彼は元々この町で生まれたこと。

 生まれてすぐに、両親の離婚で東京の親戚に引き取られたこと。

 中学でこの町に戻ってくるまで父親とはほとんど会っておらず、他人同然だったこと。

 赤ん坊の頃以来、母親とはおそらく一度も会っていないこと。

 彼の両親の離婚とその後の家庭環境には、僕の家や祖母が少なからず関係していること。

 祖母がそのことを悔やんでおり、ずっと藤原くんを気にかけていたこと。

 そして、彼と僕は近い血縁にあること。


「あの子に私から直接謝ることもようできん。でも、あんたがあの子と仲良うしとるんやったら、すこしだけ安心したわ」

 話を聞いて、出会ってすぐの頃、藤原くんが僕を特に疎ましがっていたことや、夜中に遊びに行っても父親が起きてこなかったことを思い出した。

 彼は僕との関係も、最初から全部わかっていたのだろう。自分が彼よりずっと幼かったことに気がついて恥ずかしかった。そう恥ずかしく感じることすら、恥ずかしかった。


 祖母から聞いた話について、藤原くんと話すことはないまま、僕らは高校を卒業した。

 卒業式後のホームルームでは担任が号泣し、つられてクラスの女子たちも泣いていたが、藤原くんは鞄を肩から下げると、いつも通り誰にも何も言わず、さっさと教室を後にした。藤原くんは、最後まで藤原くんだった。

 高校卒業後、彼とは一度も会っていない。僕は京都の大学に、彼は関東にある歯科大学に進学した。携帯電話が普及する直前だったこともあり、お互いの連絡先を知ることもなかった。もっとも、携帯電話があっても彼は誰にも連絡先を教えなかったかもしれない。卒業後、夏休みも年末年始も、彼が帰省しているという話は一度も聞かなかった。

 藤原くんの父親はその後も地元で歯科医を続けていたが、十年ほど後に亡くなり、そのまま医院も家も長年放置され、朽ちかけていたのを市が買い上げて別の施設に建て替えた。


 B’zの「Pleasure'91 ~人生の快楽~」は、そのタイトルとは裏腹に、仕事と生活に忙殺される男の歌だ。一緒に青春を過ごした友も離れていき、「くだらなかったあの頃に戻りたい 戻りたくない」と煩悶しながら歯をくいしばって生きていく、情けない男の歌。

 僕と藤原くんは友達だったのだろうか。

 祖母の話を聞いてからずっと、友達だと思っていたのは僕のほうだけだったのかもしれない、という思いをどこかに抱えながら、僕は生きている。

 藤原くんがどう思っていたかは分からないが、それでも彼が僕にミックステープを作ってくれたことは事実だ。

 時代の流れとともに、ミックステープの役割はカセットテープからMDに移り、CD-Rになり、iPodになり、今ではサブスクリプションのプレイリストになった。それでも僕は今でも、B’zのプレイリストには必ず「Pleasure'91 ~人生の快楽~」を入れている。




〈注釈〉

(※1)「Pleasure'91 ~人生の快楽~」

1991年にリリースされたB’zの8枚目のシングル『LADY NAVIGATION』のカップリング曲。カップリング曲ながらファン人気が高く、ベストアルバム『B’z The Best Treasure』の収録曲を決めるファン投票では8位にランクインしている。


(※2)B’z

ギターの松本孝弘、ボーカルの稲葉浩志からなる日本のロックユニット。1988年のデビュー以来、40年近くにわたり数々のヒット曲を世に送り出し続けている。B’zに詳しい解説など必要ないと思うが、あえてハンチョウ風に言うならば、TAKのギター唸り・・・稲葉さんの魂がシャウトする・・・あの・・・B’zである。


(※3)バスタード

萩原一至によるダークファンタジー漫画『BASTARD‼ -暗黒の破壊神-』のこと。1988年より週刊少年ジャンプにて連載開始。当時のジャンプにはなかった本格魔法ファンタジー設定、残忍で傍若無人な主人公の性格、美少女イラスト系の画風、過激すぎる性描写などで人気を博す。度重なる休載と雑誌移籍を経て、2010年を最後に連載は停止している。個人的には、2巻収録のシーン・ハリのエッチシーンが世界でいちばんいやらしいと思っています。


(※4)シャドウスキル

岡田芽武によるファンタジーバトル漫画『影技 SHADOW SKILL』のこと。1992年よりコミックガンマにて連載開始。その後雑誌移籍などを経て、2014年に完結。「カタカナの技名に漢字をあてる(例 シールド:死流怒)」、「その技名を巨大写植で見開きに乗せる」というバトル漫画表現の先駆的作品であるが、そのことはあまり知られていない。


(※5)B’zは洋楽のパクリ

今でこそ日本を代表するロックユニットとしての評価が確立しているB’zだが、90年代にはこうした揶揄は少なくなかった。ただ、実際に初期B’zにおいては、レッド・ツェッペリンやエアロスミスなどを明らかに下敷きにしている楽曲も少なくない。ロック好きの遊び心、オマージュだと思って、時代も寛容だったしな~と楽しむのが吉だと思うが、「BLOWIN'」のイントロなんかは、GRAND FUNK RAILROAD「We're An American Band」そのまんま過ぎてずっこけます。


(※6)「OH! GIRL」

1989年にリリースされたB’zの2枚目のアルバム『OFF THE LOCK』8曲目。超初期曲ながら、今もライブで演奏されることがある人気曲。「ジゴロの余裕も今じゃ少し焦りに変わってる」のフレーズをはじめ、バブリーでチャラい歌詞が80年代を感じさせる。


(※7)「恋心(KOI-GOKORO)」

1992年にリリースされたB’zの11枚目のシングル『ZERO』のカップリング曲。カップリング曲ながら、ベストアルバムのファン投票で1位を獲得した超人気曲である。B’zの楽曲にしては珍しくライブ時に振付がある。松本に相談しようか!


(※8)「Crazy Rendezvous」

1991年にリリースされたB’zの5枚目のアルバム『IN THE LIFE』5曲目。深夜に好きな女性の家に押しかけて強引にドライブに連れていくという、今の時代じゃなくても怒られそうなラブソング。歌い出しの「何考えてるの、あなた? 誘拐だわ、これは」で案の定めっちゃ怒られている。


(※9)「あいかわらずなボクら」

同じく5枚目のアルバム『IN THE LIFE』9曲目。B’zには珍しい弾き語りの小曲。友達同士でだべっているような、それを思い出しているような温かい曲。


(※10)BUCK-TICK

1987年にメジャーデビューした日本の5人組ロックバンド。デビュー以来一度の活動停止もメンバーチェンジもなく活動を続け、20枚以上のアルバムをコンスタントに発表している。ビジュアル系の元祖と評されることが多いが、その音楽性はビートロック、ゴシック、オルタナティブロック、インダストリアルテクノ、ラテン風の歌謡曲など多岐にわたる。2023年にボーカルの櫻井敦司が逝去したが、その後も歩みを止めることなく4人で活動を継続中。


(※11)『狂った太陽』

1991年にリリースされたBUCK-TICKの6枚目のアルバム。ヒットシングル「スピード」「MAD」「JUPITER」などを収録。ロックからテクノへと接近した革新的なアルバムで、ファンの間で最高傑作に挙げられることも多い。


(※12)OVA『天地無用!』

1992年に製作された『天地無用!魎皇鬼』から始まるアニメシリーズ。主人公・征木天地が宇宙からやってくる美少女たちとドタバタ劇を繰り広げるハーレム系スペースラブコメディ。根強いファンが多く、アニメ・小説ともに2020年頃まで新シリーズが作られている。ちなみに「OVA」とは「オリジナル・ビデオ・アニメ」の略で、TVシリーズではなくビデオリリースで展開されたアニメ作品のこと。90年代に隆盛したカルチャーのひとつである。


(※13)『魔術師オーフェンシリーズ』

秋田禎信によるライトノベルシリーズ。1994年に富士見ファンタジア文庫から刊行された。アニメ、漫画などのメディアミックスも展開され、原作小説は2003年に一旦完結するものの、2010年頃より新シリーズが開始されている。物語は王道魔法ファンタジーながら、緻密な世界設定と硬質な文体で人気を博し、今なおライトノベル史における名作と評されている。呪文詠唱は「我は放つ光の白刃!」


(※14)「憂いのGYPSY」

B’zの5枚目のアルバム『IN THE LIFE』4曲目。これぞ90年代の稲葉浩志!というような、非常に内省的で情けない男の歌詞が特徴的。「ゆうべの夢の中で 僕のジーンズが泥と埃にまみれていた そしてそれを面倒くさそうに しかめ面で洗ってる自分がいた」が間違いなくパンチライン。

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