何の仕事をしているのかよく分からないおじさん

ノマノタロウ(ex 野々花子)

何の仕事をしているのかよく分からないおじさん

 親族の集まりで会う、何の仕事をしているのかよく分からないおじさんになるのが夢だった。実際にモデルケースとなるような親戚がいたわけではないのだけど、幼い頃にふれた漫画や映画などから、こんな漠然としたイメージを想像していた。


・煙草を吸っている

・痩せている

・一見怖そうだけど、話してみると優しい

・子供の遊びに付き合ってくれる

・大人同士の集まりでは居心地が悪そう

・自分の両親を始めとした大人たちからはちょっと評判がよくない


 さきほど「モデルケースになるような親戚がいたわけではない」と書いたが、条件を挙げながら思い出してみると、母の弟に当たる叔父さんがほとんど当てはまっていたことに気が付いた。「一見怖そう」以外は、ほぼほぼこのまんまだ。タダシ叔父さん。僕はタンさんと呼んでいた。

 タンさんについてよく覚えているのは、僕が小学生の頃に母の実家でドラゴンクエストの攻略本を読んでいると、「ドラクエ、面白いよな。裏技知ってるか?」と話してくれたこと。当時はまだ80年代で、ゲームをしている大人なんて周りにいなかったし、大人にゲームの話をしても怒られるだけだと思っていたから、すごく驚いたし嬉しかった。

 もう一つはもっと大人になってから、僕が十九歳の頃。母方の祖父のお葬式で、時間になってもタンさんは式場に入らずに、外でだらだら煙草を吸っていて僕の母や伯母さんに怒られていた。もっとも、この時は僕の父や他の伯父さんも一緒に煙草を吸っていて、みんなで怒られていた。この情けない男たちの姿を見て、僕は煙草を吸おうと決めたのだった。銘柄はタンさんが吸っていたのと、当時大好きだった椎名林檎の影響で、ハイライトにしたけど、きつ過ぎてすぐにマルボロライトに変えた。


 そして今、四十代になった僕は、親族の集まりで叔父さん側になっている。

 煙草は数年前にやめたけど、瘦せ型のままだし、怖そうには見えないかもしれないが、甥っ子たちとはそれなりに遊ぶ。そして、しっかり勤めて子どもも育てている姉や弟たちの前ではちょっぴり居心地が悪いし、長年フリーランスで仕事をしたり、最近は友人の飲食店を手伝ったり、いまだにバンドを続けたりしていることもあって、家族からは「ちゃんと働いているのか?」という視線を感じている。

 望んだ形に近いかはともかく、「何の仕事をしているのかよく分からないおじさんになる」という夢は、叶ったのだと思う。


 でも、夢が叶えばハッピーエンドというわけではないのが人生で、この夢にまで見た「よく分からないおじさんライフスタイル」には、当然常に不安がつきまとう。

 全部自分が選んできたことだけど、フリーランスで働きつつ、興味や縁のある仕事やアルバイトも並行してやりつつ、バンド活動や執筆活動も続けている。全部楽しいことのはずなんだけど、やっている最中は忙しさや至らなさで、悔しい気持ちや暗い気持ちに襲われることだってある。というか、その方がずっと多い。そして、そのたびに「自分で選んで! 自分の好きなことをやっているくせに! それで苦しんでいるのとかあほなのか!?」と自己嫌悪に陥る。

 また、長年にわたって双極性障害Ⅱ型という精神疾患の持病があるので、躁状態で新しいことを始めて多忙でバーンアウトして極度の鬱状態になる、という地獄の無限ループにすぐハマる。

 人前では「ライターやりつつ興味のある仕事を手伝ったりもして、バンド活動や小説執筆もやってて、好きなことで飄々と生きてますよ」って顔をしてるけど、一人でいるときの九割は不安と自己嫌悪だ。収入だって少ない。


 じゃあやめれば? とも思うけど、なぜかやめられない。他の仕事や生き方ができる自信がないことも大きいが、それ以上にやっぱり「よく分からないおじさんライフスタイル」が好きなんだと思う。特に最近は、四十五歳までこの生き方で来てしまったからには、もう行けるところまでこれで行くしかない……! という変な腹の括り方までしてしまっている。

 そして、「よく分からないおじさんライフスタイル」の利点として、何をやってもいいというのがある。例えば、来月から急に僕が会社員になったとしても、「え!? 今更? なんで?」という驚きが手伝って、よく分からない度はむしろ増すのではないだろうか。もちろん、山篭もりして陶芸なんかを始めてみても、「今度は陶芸か、アイツますます何になりたいんだ?」となるだろうし、「よく分からないおじさんライフスタイル」は極めるほどに自由度が増していくのかもしれない。


 最後にもう一度、タンさんの話をしよう。

 タンさんは、僕が二十八くらいの頃に、五十代で亡くなった。

 結婚して子供もいたけれど家族とは別れていて、親戚とも縁遠くなっていたから、僕が最後に会ったのは多分、前述した祖父の葬儀だったと思う。

 母から聞いた話では、故郷の青森を離れて、全然知らない土地で暮らしていたらしい。そしてちゃっかり、女性と暮らしていたらしい。葬儀には別れた妻も娘たちも、最後に一緒に暮らしていた女性も来ていて、みんなに「しようのない人だったねえ」と笑って送られたそうだ。


 その話を聞いたすぐ後、僕は北海道で行われるライジングサンロックフェスティバルに行くためにフェリーに乗っていて、青森を通り過ぎるときに、海に向かってお酒と煙草でタンさんに献杯した。

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何の仕事をしているのかよく分からないおじさん ノマノタロウ(ex 野々花子) @nonohana

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