第26話「内部」

 塔の扉は、思ったよりも重くなかった。


 霧に濡れた手で触れると、冷たさが掌に染みる。

 金属の取っ手を握り、ゆっくりと押す。

 軋む音と共に、扉が少しずつ開いた。


「……入るぞ」

ハルドが低くつぶやく。

 俺は頷き、ノアの手をぎゅっと握る。

 リィナも深呼吸をして、覚悟を決めるように扉をくぐった。


 中は想像していたより広かった。

 天井は高く、壁は石と光の結晶でできているように見える。

 微かな光が、床を淡く照らし、影がゆらめく。

 まるで塔自身が息をしているみたいだった。


 足を踏み入れた瞬間、空気がひんやりと変わった。

 湿った匂いと、何か古い力の匂いが混ざって鼻を突く。

 視界の端に、動く影が見える。

 人の形ではない。

 でも、確かに意思があるように揺れていた。


「……見えるか?」

ハルドが俺たちを見回す。


 俺は首を振る。

 視界は揺れているだけで、正体は掴めない。

 でも胸の奥で、何かがうずいている。

 村でノアを助けたときの感覚に近い。

 守るべきものを前にしたときの、自然な衝動。


 床の光の結晶に足を踏み入れると、微かに振動を感じた。

 それは危険ではなく、まるで塔が俺たちを受け入れるような、歓迎の振動だった。


「……不思議な場所だな」

リィナが小声で言う。

 俺も同意する。

 ただ歩くだけで、心が引き締まり、同時に開かれていくような感覚がある。


 壁際に沿って進むと、結晶の一部が微かに色を変えた。

 光はゆっくりと波打ち、塔の奥へと誘う。

 ノアが小さく目を輝かせてつぶやく。


「……兄ちゃん、見て」


 見ると、壁のひびの間から、淡い青い光が漏れていた。

 まるで道しるべのように、奥へと続いている。

 俺は手を伸ばし、光に触れる。

 冷たく、そして柔らかい感触。

 胸の奥がざわつき、体が自然に前へ進む。


「……塔は、俺たちに何を求めているんだろうな」

ハルドがつぶやく。


「分からない……でも、進まないと」

俺も答える。

 胸の奥に、未知への期待と恐怖が混ざり合う。


 影が壁の端で一瞬揺れた。

 攻撃ではなく、観察しているかのようだった。

 息を止め、俺は次の一歩を踏み出す。

 ノアが小さく息を吸い、手を握り返してくる。


 塔の内部で、風もなく、音もなく、ただ光と影が揺れる。

 その中で俺たちは、未来へ進む準備をしていた。

 ――そして、これから待つ出来事の気配を、肌で感じながら。


 塔の奥へ続く道が、静かに、しかし確実に、俺たちを引き寄せていた。

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