地底人

なんば

第1話

微かな光だけが生きている世界で、荷物を担ぎ歩いていた。

太陽を見てみたかったのだ。

「地底人は日光を浴びると死ぬ」散々言い聞かされてきた、この言葉の真相についても頭の片隅にあったが、そんなものは些細なものだった。


「太陽」


この響きだけが頭の大半を漠然と支配していて、親の説教や友人の忠告も入り込む余地がなかった。

気が付けばここに立っていて、どうやって来たのか、ここが何処なのか、私には知る由もない。真っすぐ歩けば本当に辿り着けるのか、疑問ではあったが、それでも足は自然と動いていた。


道と呼べるかも分からないこの場所は、ただ広がっていて、それでいてハッキリと道標が立てられている。

行くべき場所を教えているつもりなのだろうが、目につく度に何ともむず痒い思いをした。天邪鬼な性格からなのか、猜疑心からなのか、とにかく、従う気にはなれない。だが未知の場所で遭難するわけにはいかないので、屈服するしかなく、私の胸をチクチクと刺激した。


景色は似たようなものばかりで、枯れた根っこや、ざらざらとした渇き切った大地、砂の匂いのする熱風、これらが何度も繰り返されてゆくその様は、本当に進めているか不安になるほどだった。


私は事務作業をする仕事に就いていたのだが、それに似ている。脳みそがカビてくる感覚、段々と広がって身体が侵食されていくのに抵抗できない無力感。

思い出すと、カビがまだ少し残っているようで、別の事を考えることにした。


実は、これだけ太陽に惹かれている私でも、一度だけ途中で引き返そうと振り向いたときがあった。だが前を向いても後ろを向いても、同じ景色が広がっていて、戻ることは出来ない。

同じといっても、全く同じで、どちらにもある根っこの本数を数えてみても同じであった。それでも少し進めば新しい色の道標が見える。

最初だけは慣れずにいたが、今では歩くことしか考えていない。

いや、もしかすると考えることすらしていないのかもしれない。

本能というのか、義務というのか、そういうものに突き動かされているのかもしれない。


色々な考えが頭の中でグルグルと暴れていたので、深く呼吸をして、落ち着かせると、喉が渇いたので、鞄から水を取り出し、少し飲んだ。

ついでに、腹はすいていなかったが、そこらで取った根っこも食べた。

今では何の抵抗もないが、私はここに来るまでに根っこを食べたことがなく、初めて食べたときには吐き出してしまうほどに、ボソボソとした、土の匂いが染み込んだ、味のないものを口に含むのが耐えられなかった。

いつかは忘れたが、食料が尽きたときに目についたのが根っこであったのを覚えている。好き嫌いをしている場合ではなかったのだ。

私は昔、根っこを食べている貧乏人を軽蔑していた覚えがある。

今となっては私が軽蔑される側なのかもしれない。

ふとそう思ったが、ここには誰も居ない。

周りの視線あって初めて軽蔑してもらうことが出来るのを忘れていた。独りの時間に慣れ過ぎたのか。


休憩しようと座り込んでいると、頭に何かが当たった。

ずっと上にある、土の天井から落ちてきたのか、触れてみるとそれは透明で、さらさらしている。水のようにも見えるが本当にそうなのだろうか。

昔に噂で聞いたことのある、雨というものなのか、考えていても仕方がないので立ち上がると、また遠くに見える道標を目指すことにした。


道標を見ていると、後ろの荷物がやたら重くなっている感覚があった。

さっき飲んだ水や、食べた根っこの分軽くなっているはずなのに。

石ころか何かが入り込んでいるのかもしれない。

荷物を隅々まで確認したが、何も入っておらず、減った水や根っこだけが目につく。私は重いままで歩くことにした。そして二度と確認しないと心に決め、荷物を担いだ。


遠くにあった道標も、砂をかぶって錆びているのが見えるぐらいに近づいていた。その下には封筒とランタンが置いてあり、手に取るとすぐに封筒を開けた。


「太陽まではあと少しです。これから先は暗くなるので、このランタンを持っていきなさい」


優しく諭すように、柔らかく書かれたその文字は、私には棘だらけの説教のように見える。しばらく考え込んだが、結局ランタンを荷物にまとめた。


道の先を見ると、先程の景色とは見違えるほどに、別の世界かと思うほどに、霧がかかっていて、薄暗く、泥の匂いがする。

ランタンに火を灯し、一歩進むと道はぬかるんでいて、身体中、意識すら沈んでしまいそうで、触角を失くした虫のように、ふらふらと、あらぬ方向へと進んでいるような、足が混乱しているような、そんな感覚があった。

先が見えないから、自分が前を向いているのか俯いているのかもわからない。

それでも道標は、道端に生えている雑草とは違い、くっきりと、鮮明に、私を太陽へ導いている。


段々と晴れてきたかと思えば、また目の前を覆う、波のような霧は、

ランタンの明かりのような小さな光では到底照らせないような、深く、煙たいものだった。こういう先が見えない時は、いつも太陽が頭に浮かぶ。

地上を照らせるくらいなのだから、このような、ちっぽけな霧ごときは、すぐに払いのけてしまうのだろう。

道標を見ると、先程より近くなっていた。近づいているというより、向こうからこちらへ来ているような、私は足を止めなかった。長い暗闇の終わりを信じながら。

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地底人 なんば @tesu451

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