チャンネルをテレ東に

ノマノタロウ(ex 野々花子)

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思春期に多くの人が漫画、アニメを通して想像してきたSF(少し・不思議)な世界を、最も解像度高く音楽で表現した名盤だと思います。アニメがメインカルチャーになった2020年代にそれがanoちゃんへ継承されているのも感慨深い。

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 これは僕が、相対性理論のセカンドアルバム『ハイファイ新書』について、X(旧twitter)上でつぶやいた短評だ。

 背景を説明すると、2024年にJMX(@JmxMbp)さんという音楽アカウントが主催した、#邦楽オールタイムベスト100in2024という投票企画があった。twitter(そう呼ばせてください)上の音楽好き数百人が、新旧問わず自分が名盤だと思う邦楽アルバムを三十枚順位付けして投票し、集計をランキング発表していくというもの。顔も知らないネットの音楽好き同士がやいのやいの言いながら投票するのはとてもエキサイティングだった。そこには初期のtwitter的な放課後感というか、無責任な愉しさがあり、ワクワクしながら僕も参加させていただいた。

 そこで相対性理論の『ハイファイ新書』は総合8位にランクインし、このアルバムが大好きで、自分の投票でも3位にしていた僕は嬉しくなってつい冒頭のつぶやきをしてしまった。すると、同じく相対性理論を大好きで、しかも僕が非常に尊敬している物書きの友人から「相対性理論の批評とその後を140字でまとめていて震えた」とリプライをいただき、これまた嬉しく感じた。

 この140字を膨らますのは蛇足かもしれないが、相対性理論というバンドについて語り直してみたいと思う。



 相対性理論はボーカルのやくしまるえつこを中心に、ギターの永井聖一、ベースの真部脩一、ドラムの西浦謙助の四人で2006年に結成された。

 80年代のアニソンを思わせる非常にキャッチーなメロディーと、英国のロックバンド・スミスを源流にもつようなインディロックアレンジ。そこにSF的なワードを散りばめた詞が乗る世界観は、当時は他に似たバンドが見当たらないものだった。


 ファーストアルバム『シフォン主義』はこんな風に始まる。


  やってきた恐竜 街破壊

  迎え撃つわたし サイキック

  更新世到来 冬長い

  朝は弱いわたし あくびをしてたの

    (「スマトラ警備隊」 『シフォン主義』収録)


 ただでさえ荒唐無稽な歌詞は、やくしまるえつこの無感情なウィスパーボイスで歌われることでリアルさが極限まで希薄になり、まるでアニメや漫画の中のヒロインが歌っているみたいに聞こえた。音楽を聴いているのに、頭の中で漫画やアニメが動き出すような感覚。相対性理論(及びやくしまるえつこソロ作品)を好きな人なら、みんな分かってくれるのではないだろうか。僕らは、夢中で漫画を読んだりアニメを観たりするように、夢中で相対性理論を聴いたのだ。

 僕はこのアルバムを、当時働いていた書店の後輩に薦められて聴いた。そのとき彼が教えてくれたものが二つあって、一つは相対性理論の『シフォン主義』、もう一つはtwitterだった。彼はそのどちらも「もしかしたら、世界を変えるかも」とおおげさなことを言っていた。2007年のことだ。


  わたしもうやめた 世界征服やめた

  今日のごはん 考えるのでせいいっぱい

    (「バーモント・キス」 『ハイファイ新書』収録)


 世界征服をやめ、日常に帰るというこの宣言は、『新世紀エヴァンゲリオン』から10年以上続き、2000年代のサブカルチャーを席巻したセカイ系(僕の苦しみ=セカイの苦しみ)の終わりを、これ以上なく的確に、詩的に、そしてユーモラスに表している。

 セカイ系の次に大きなムーブメントになったのがループ物だ。2011年には『魔法少女まどか☆マギカ』『STEINS;GATE シュタインズゲート』などのタイムリープアニメがヒットし、時間軸改変によるパラレルワールドの分岐を表す「世界線」という言葉が浸透し始めていた。

 相対性理論サードアルバム『シンクロニシティーン』のリード曲は「ミス・パラレルワールド」。このアルバムは、まどマギやシュタゲよりも一年早く、2010年にリリースされている。

 2000年代後半から隆盛した深夜アニメブームに呼応するように、いや、常にその一歩先を行くように、相対性理論のSF的な音楽世界は軽やかに未来の物語を歌っていた。


 相対性理論はその後、ベースの真部脩一とドラムの西浦謙助が脱退し、やくしまるえつこのソロ活動と並行しながら進んでいく。

 やくしまるえつこは、『荒川アンダーザブリッジ』『輪るピングドラム』『スペース☆ダンディ』など、数々のアニメでテーマソングを担当。どれも作品に寄り添いながら、ソロ活動による音楽的深化を感じさせる楽曲だった。

 アニメの世界観とアーティスト本人の音楽性の融合、歌い手自身の二次元的な記号化、女声ウィスパーボイスによるエレクトロニカ系アニソンの確立など、この時期のやくしまるえつこが後のアニソンに与えた影響は非常に大きいと言えるだろう。


 一方、メンバーチェンジの影響や、ソロ活動でキャッチーなアニメソングに寄せた反動もあったのか、この時期から相対性理論本体の楽曲は初期のポップさが薄まり、歌詞も終末世界的なSF感が増していく。

 例えば、日常のループを繰り返してどこにも行けない感覚。例えば、テクノロジーやSNSによって自分がコピーされ希釈されていくような感覚。そうした現実感覚を不穏なSF的ワードで表現し、サウンドもニューウェイブ的な冷たさを帯びていった。


  ニュータウンで暮らす 2DKの入れ物で

  ミュータント増殖 なんてことない核家族

    (「たまたまニュータウン」 『TOWN AGE』収録)


  あなたは何度も甦る

  わたしはいつでも呼びかける

    (「FLASHBACK」 『天声ジングル』収録)


 活動形態もAIやテクノロジーに関連したアート作品とのコラボレーション、インスタレーションなどが増えた。今思えば、終末的な歌詞とサウンドも、先鋭的な活動形態も、まるで2020年以降の世界を予見しているかのようだった。


 その究極が、2016年リリースのやくしまるソロ楽曲「わたしは人類」だ。


  いっぱいあった幸福も

  誓いあった恋人たちも

  いったいなんでこうなったの

  わたしは人類 滅んじゃった

  バイバイ

    (「わたしは人類」 『わたしは人類』収録)


 自分が歌ってきたSF的世界にピリオドを打つと同時に、人類の未来を予言するかのような歌詞。この「わたしは人類」に関連したアート展示などのプロジェクトが2019年まで続いた後、相対性理論とやくしまるえつこは表舞台からほぼ姿を消す。過去に関わったアニメ作品の特例的な新曲、科学・アート系のイベントでの朗読、劇中音楽などを除いて、表立った活動は現在までおこなわれていない。

 2020年を迎える直前に、相対性理論もやくしまるえつこもその歩みを止めてしまった。まるで、プロジェクトとしての役割は終えたと言わんばかりに潔く。


 2025年現在、日本のカルチャーの中心はアニメーションになり、ヒット曲のほとんどは人気アニメのテーマソングになった。米津玄師を筆頭に、作品世界への融合と自身の音楽的深化を両立するアーティストは最早珍しくない。次元の壁をまたぐように、記号的存在感で歌うAdoやanoちゃんといったシンガーもいる。アニメ『チェンソーマン』のエンディング曲でanoちゃんのヒット曲「ちゅ、多様性」の作曲者は、相対性理論の初期メンバー真部脩一だ。その組み合わせに初期相対性理論の幻を見たファンも少なくないだろう。

 そのことを引用するまでもなく、今のアニメ×音楽カルチャーの根底には、間違いなく相対性理論の存在があった。彼らがいなければ、今の日本のカルチャーはもっと違うものになっていただろう。

 誰かが「もしかしたら」と言った通り、相対性理論は世界を変えたのだ。


 しかし、世界を変えた張本人たちは「わたしは人類 滅んじゃった」と言い残して、姿を消してしまった。

 彼らはもう戻ってこないのだろうか。人類が滅んじゃったあとのこと、歌ってくれはしないのだろうか。


 相対性理論が現れた2007年頃は、深夜アニメが盛り上がり始めた時代でもある。特にテレビ東京系列では、深夜に新作アニメや昔のアニメの再放送をたくさん放映していた。僕らは、ある時は未来をのぞくみたいにわくわくしながら、ある時はつまらない日常にうんざりしながら、真夜中にチャンネルを合わせていた。


  チャンネルをテレ東に

  リモコン持ったら速やかに

  フルカラーのまたたきが

  ブラウン管からあふれだす

    (「テレ東」 『ハイファイ新書』収録)


 もしも相対性理論が戻ってくるなら、真夜中にふとテレビを付けたその時、懐かしい未来のメロディーとともにやってくる気がするのだ。

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