ふたつの世界を選ぶために

🌸春渡夏歩🐾

ある魔法使いの回想

 私は疲れた目を休めようと、読んでいた魔法書から窓の外へ視線を移した。

「ああ、雪……」

 にび色の空から、ちらちらと雪が舞いはじめていた。

 暖炉の炎がパチっと音を立ててぜた。


 そういえばあのを迎えたときも、こんな天気の日だった……。


 

 ◇◇◇


 ほうきにまたがり、ちらつく雪の中、家路を急ぐ。

「とうとう降り出したか……」

 空を見上げて吐く息が白い。

 胸の中に抱いた子供は、しっかりと布にくるまれて凍えることはないだろうが、雪がひどくなる前に帰り着きたい。


 相棒の箒の柄をいたわるように、軽くポンポンと叩く。

「重くてすまない。あと少しだ。急ごう」

 箒は「了解した」と言うように、ふるっとわずかに揺れてから、飛ぶのを早めてくれた。 


 私は魔法使いのアンダール・ソニア。


 西のアンナ・ヴァーサス

 東のアンダール・ソニア

 後に『偉大なる伝説の魔法使い』として、共に魔法史に台頭することとなるのだが……。


 この頃は、まだ駆け出しの魔法使いだった。


 ◇


 村の外れにある家は、しんと冷え切っていた。

 パチンと指を鳴らし、暖炉に火を入れ、ランプの灯をつける。


「ありがとう。おかげで助かった」

 箒は、穂先の一部を腕のように前と後ろに曲げて軽くお辞儀すると、自ら置き場に収まって動かなくなった。


 暖炉の前の安楽椅子に腰かけて、しばし暖をとる。

 胸に抱いた幼子は、すうすうと眠っていた。


「よろしく……シオン」


 銀灰色の髪に、金の瞳。エルフの特徴を示す尖った耳を持つシオンは、ハーフエルフだ。

 母親は人間の若い娘。父親はエルフ。美しい彼の姿に魅せられて、あっという間に娘は恋に落ちた。

 旅の途中だったエルフが村に定住するはずもなく、去っていったあとでシオンは産まれた。


 なかなか成長しない幼子をひとりで抱え、母親は途方に暮れた。

 村人の目を避けるため、いつも帽子をかぶせていたが、隠し通せるものではなく、エルフだとわかるとうとまれ、あるいは悪用しようとする者が絶えなかった。


 村人や子供達の陰口やからかう声が後ろから追いかけてくる中を、青いとんがり帽子を目深に被った子供を抱いて、うつむき、母親は疲れきった顔で歩いていた。


 すれ違った私がふりむいたとき、橋の上で彼女は身を乗り出して、子供を冷たい風の吹き荒ぶ川の上にさらし……今にも手を離そうとしていた。

「おい! 待てっ!!」

 とっさにかけた『かなしばり』の魔法が、どうにか間に合った。

 

 あの頃の私は若く、怖いもの知らずで、考えなしだった。

「あなたが育てられないのなら、代わりをさせて欲しい!」

 勢いのまま、シオンを弟子として、引き取ることに決めたのだ。

 この私が弟子をとろうなんて、そのときまで考えたこともなかったというのに。


「シオン……元気で」

 母親は涙をためて、私の腕の中のシオンの髪をしばらく撫でていた。

 シオンはおそらく母親の顔を覚えていない。そのあと、村を出た彼女の行く先は、わからないままだ。


 ◇


「お師匠さま……雪!!」

 雪が降ると喜ぶシオンの声。


 雪は何もかもをその下に隠し、世界を白く染め上げる。世界はシンと静かになる。

 シオンは、まだ誰も踏んでいないまっさらな新雪に、夢中で自分の足跡をつけている。

 

「シオン〜! 寒くないのか」

「へいきだ。楽しい〜。…………わっ!!」


 シオンの姿が、突然、ズボッと雪の中に埋もれて消える。


「シオン!!」

 あわてて駆け寄り、雪をかきわける。雪まみれのシオンが身体を起こした。

「大丈夫か?」

「ウン。何かにつまずいた。……コレ、何?」

 シオンが手にしている物。雪を払うと、あらわれたのは異国の古いランプだ。

「これは……ずいぶんと懐かしい物が出てきたな」


 ◇


 冷えた身体を温めるために、暖炉の前で毛布にくるまり、ホットココアを飲む。


「これは、魔法のランプだよ。心のキレイな者にしか見つけることができないと言われている。ランプの中に住まう精霊が、願い事を三つかなえてくれる。シオンなら、何を願う?」

 シオンはきっぱりと言った。

「ワタシは今、願い事はない」

「ほう、そうなのか。それじゃ、このランプはシオンが使いたくなるときまで、大事に持っていればいい」


 ◇


 『可愛い子には旅をさせよ』


 ハーフエルフのシオンは、人間とエルフと、どちらの生き方を選ぶのか。どちらの生き方も選ばないのか。

 この広い世の中を自分の目で見て、聴いて、感じて欲しくて、と称して、シオンを旅に送り出した。


 —— 旅立ちの朝。

「帰りたくなったら、いつでも帰ってくればいい」

「それでは、修行の意味がないぞ。でも、帰るときにはランプの魔法を使うことにする。早くお師匠様に会えるように」

 シオンの小さな後ろ姿は、朝靄あさもやの中に消えていった。

 

 ◇◇◇


 …… あのは元気にやっているだろうか。ランプの願い事は、まだひとつも使っていないらしい。


 雪に埋もれていた魔法のランプが、シオンの御守りとなってくれますように。


 

 ***終わり***

 


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