第7話 気づかない好意

昼休みの教室は、いつも通り騒がしかった。


「おまえざきくーん、ノート見せてー」


「はいはい」


五右衛門は、特に何も考えずに自分のノートを差し出す。


「ありがとう! 助かる〜」


女子が身を乗り出し、距離が一気に縮まる。

肘が軽く触れた。


周囲から、ひそひそとした視線。


(……昔からだよな)


ごえもんは、ぼんやりと思う。


(女子から、よく話しかけられるの)


特別なことじゃない。

小学生の頃から、ずっとそうだった。


(別にモテてるって感じでもないし)


ただ、話しかけられるだけ。

それ以上でも、それ以下でもない――はずだった。


前の席から、澪が振り返る。


「……ねえ」


「ん?」


「おまえざきくんってさ」


一瞬だけ言葉を選ぶように間があって。


「……女子に、優しすぎるんだよ」


「は?」


「その距離とか。普通、勘違いされると思う」


五右衛門はきょとんとしてから、肩をすくめた。


「別に、そんなつもりないけど」


「……うん、知ってる」


その声は、責めるというより、

どこか諦めたみたいだった。


澪はそれだけ言って、前を向いた。


ごえもんは、その背中を少しだけ見つめる。


(なんだよ……)


(そういえば)


(俺って、澪のこといつから名前で呼ぶようになったんだ?)


最初は苗字だったはずだ。

気づいたら、当たり前みたいにそう呼んでいた。


(きっかけ、あったっけ……)


思い出そうとして、何も浮かばない。


嫌じゃない。

むしろ自然すぎて、違和感もない。


(……まあ、いいか)


深く考える前に、ごえもんはその思考を切り上げた。

昼休みの終わり際。

廊下で、一人の女子が足を止めていた。


(……よし、声かけよう)


頬を赤くして、一歩踏み出す。


「お、おまえざき――」


「お、◯◯。次の授業、移動教室だっけ?」


五右衛門が、何気なく声をかけた。


「あ……うん」


女子の表情が、すっと落ち着く。


(……あれ?)


さっきまで高鳴っていた心臓が、急に静かになる。


(なんで私……声かけようと思ったんだっけ……?)


首をかしげながら、そのまま立ち去っていった。


五右衛門は、その違和感に気づかないまま教室へ戻る。



---


放課後。


校庭を歩いていると、前方にカップルが見えた。


手を繋いで、何でもない話をしながら笑っている。

特別なことは、何もしていない。


なのに。


(……いいな)


ごえもんは、思わず足を止めた。


(ああいうの)


放課後に一緒に帰って、

くだらない話をして、

たまに喧嘩して。


(普通のやつ)


視線を逸らしながら、胸の奥が少しだけざわつく。


(俺、別に高望みしてるわけじゃないんだけどな)


特別な能力も、危険な事件もいらない。


(……彼女、ほしい)


(なのに、欲しいと思うほど遠ざかる)


ただ、それだけ。


(昔から話しかけられてるのに、

 なんで一度も“そこ”まで行かないんだよ)


始まってもいない関係が、

いつも終わっている感覚。


五右衛門は、苦笑して頭をかいた。


「……なんで、それが一番難しいんだよ」


答えは、まだ出ない。


ただひとつだけ確かなのは――


彼のその“普通の願い”が、

いちばん叶いにくい形をしているということだった。

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