第6話 普通に彼女欲しいだけなんだけど

恋保・新宿支部の一室。


白井ましろは、簡易ベッドに腰かけたまま俯いていた。

黒髪のボブが、顔を半分隠している。


「……落ち着いた?」


黒川が、少し距離を保ったまま声をかける。


ましろは、しばらく黙ってから小さく頷いた。


「……しゅんくん、どうなりましたか」


「病院で検査中よ。操りの影響はもう残ってない」


その言葉に、ましろの肩がほんの少しだけ揺れた。


「……そう、ですか」


それ以上、何も言わない。

泣きもしないし、言い訳もしない。


ただ、天使みたいに整った顔の奥に、

壊れたままの感情だけが残っている。


黒川は深くは踏み込まなかった。


「あなたの処遇は、後日正式に決まるわ。

今日はもう休みなさい」


ましろは顔を上げ、黒川を見た。


「後は心配しなくていい。ゆっくり休みなさい。」


それだけを告げると、黒川は踵を返した。


廊下に出たところで、ごえもんと澪が待っている。


「白井さんは?」


澪が不安そうに聞く。


「落ち着いてる。今はそれで十分よ」


黒川は二人を見て、少しだけ表情を緩めた。


「今日はもう解散にしましょう。

 学校生活に影響が出る方が問題だから」


「了解です……」


五右衛門が頷く。


「……日向さんも、今日は早めに帰りなさい」


「は、はい」


黒川はそれ以上何も言わず、支部の扉を閉めた。



---


翌日。


何事もなかったかのように、学校はいつも通りだった。


「おはよー、おまえざきくん」


澪が、昨日と変わらない笑顔で声をかけてくる。


「……おはよ」


ごえもんは短く返し、カバンを机に置いた。


教室のざわめき。

他愛のない会話。

誰かの笑い声。


——全部、普通。


なのに。


(なんか……落ち着かない)


昨日の出来事が、頭の奥で完全には消えてくれない。


白井ましろ。

俊先輩。

そして、澪が狙われた瞬間。


(……俺、あんな必死になるタイプだったっけ?)


視線を前に戻すと、澪が友達と話しながら笑っている。


特別なことは何もない。

ただのクラスメイト。


——ただ、ちょっと可愛い。


(……いやいや)


五右衛門は小さく首を振った。


(俺は普通に彼女がほしいだけだっての)


(でも、“普通”ってなんだよ)


特別な能力も、危険な事件もいらない。


放課後に待ち合わせして、

くだらない話をして、

たまに喧嘩して、

それでも一緒に帰れる相手。


(……それだけでいいんだけどな)


なのに、なぜかいつも、何も起きない。


モテないわけじゃない。

話しかけられないわけでもない。


ただ——


(気づいたら、終わってるんだよな)


始まってもいないのに。


その時、スマホが震えた。


【黒川:昨日の件、問題なし。学校は通常通りで】


業務連絡みたいな、そっけない文面。


なのに、ごえもんは一瞬だけ、画面を見つめた。


(……黒川さんも)


昨日の夜の姿が、ふと頭をよぎる。

冷静で、強くて、余裕があって。


(ああいう人も……いいよな)


すぐにスマホを伏せる。


「……何考えてんだ俺」


小さく呟いた、その瞬間。


「おまえざきくん?」


澪が首をかしげて、こちらを見ていた。


「なんか今日、ぼーっとしてない?」


「……してねぇよ」


「ほんとに?」


じっと覗き込まれて、少しだけ心臓が跳ねる。


「……してない」


「怪しいなあ」


澪はくすっと笑い、席に戻っていった。


それを見送ってから、ごえもんは深く息を吐く。


(彼女ほしいなー)


改めて思う。


でも、なぜか一歩が出ない。

理由もわからない違和感が、胸の奥に引っかかっている。


——まるで、

最初から「うまくいかない」ことを知っているみたいに。


ごえもんは、その感覚から目を逸らすように、窓の外を見た。


青空は、やけに澄んでいた。


そして彼は、まだ知らない。


自分のその“普通の願い”こそが、

いちばん遠ざけられているものだということを。

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