第4話 恋能はチヤホヤから覚醒するらしい?
恋能庁・新宿支部。
会議室よりも簡素で、窓のない一室。
机と椅子。
壁際の医療用ベッド。
――事情聴取室。
ベッドの上で、少女がゆっくりと目を開けた。
「……ここ……どこ……?」
声は細く、掠れている。
白いスーツの女が、無駄のない動きで一歩前に出た。
「恋能庁よ」
黒川園美。
淡々とした声だった。
「安心して。あなたは今、拘束されていない。保護下にあるだけ」
少女は一瞬だけ身を強張らせ、それから小さく息を吐いた。
「……ほんとに?」
「ええ」
少し遅れて、澪が顔を覗かせる。
「昨日の……コンビニの……」
少女は、気まずそうに視線を逸らした。
「……はい」
園美がタブレットを操作する。
「名前を教えて」
「……甘城いろは。高一です」
年相応の、少し幼さの残る声。
「昨日の件で、あなたは“
いろはの指先が、きゅっとシーツを掴んだ。
「……やっぱり、あれ……能力だったんだ……」
園美は頷く。
「恐らく、あなたの能力は――
いろはの目が見開かれる。
「……チャーム……」
「対象の好意反応を一時的に増幅させる誘惑系能力」
「ただし、発生するのは“疑似の好意”よ」
「本物の恋じゃない」
澪が、息を呑んだ。
いろはは、しばらく黙っていたが――
やがて、ぽつりと口を開いた。
「……私さ」
「クラスでも地味で」
「SNSも全然伸びなくて」
言葉を探すように、視線を彷徨わせる。
「……誰かに、見てほしかった」
「“可愛い”とか、“いいね”とか」
「それだけでよかったのに……」
指先が震える。
「気づいたら、ピンクの光が出てて……」
「みんなが、私のこと見るようになってて……」
いろはは、唇を噛んだ。
「でも……」
「チヤホヤされても、全然嬉しくなくて」
「全部、嘘みたいで……」
「……余計に、寂しくなって……」
沈黙。
園美が、静かに口を開く。
「“モテたい”“見られたい”“認められたい”」
「恋能覚醒の、最も典型的な動機ね」
「恋でも好意でも、根っこは同じ」
「――承認欲求」
いろはは、俯いた。
「……それが、暴走した状態」
「
澪が、思わず声を出す。
「……予備軍?」
「制御できない恋能は、いずれ他人も自分も壊す」
園美の声に、感情はない。
事実だけを並べている。
澪は、そっといろはの方を見た。
「……でも」
「ちゃんと話してるし……」
園美は、澪を見てわずかに首を傾けた。
「だから、今は“保護”よ」
「まだ、戻れる」
いろはは、ほっとしたように息を吐いた。
少し間を置いて。
澪が、意を決したように手を挙げた。
「あの……」
「園美さんって……」
「能力、どうやって分かるんですか?」
園美は一瞬、考える素振りを見せてから答えた。
「私の恋能は――
「恋の流れ、強度、歪み」
「一定範囲なら“観測”できる」
澪の目が輝く。
「……すごい」
俺も気になって、口を挟んだ。
「それ、どうやって覚醒したんだ?」
園美は、少しだけ視線を逸らした。
「……忘れたわ」
「忘れるなよ!?」
「正確には、“覚えた瞬間の自覚がない”」
「気づいたら、見えていた」
「ということにしておくわ」
いろはが、小さく呟く。
「……何か隠してるっす」
園美は、平然と胸を張った。
「大人の恋は秘密が多いのよ」
(気になるけど⋯)
(これ以上は突っ込んじゃいけない気がする⋯)
園美が、俺の方を向いた。
「五右衛門くん」
「昨日、あなたは
「偶然だって!」
「偶然では説明できない」
タブレットに、俺の波形が映る。
他の波形と違い、異様なほど“静か”。
「あなたの恋能反応は――空白」
「まるで、恋能そのものを“0(ゼロ)”に戻している」
「……ゼロ?」
園美は腕を組んだ。
「正式な分類はまだ」
「でも、仮称として――」
「あなたの能力を『ゼロ』と呼ぶわ」
澪が、少しだけ安心したように笑う。
「……ゼロ、かっこいいね」
園美は付け足す。
「“仮”よ」
「本質は、まだ見えていない」
その言葉が、妙に引っかかった。
突然、タブレットが小さく音を立てる。
園美の眉が、わずかに動いた。
「……堕恋者反応」
「次の事件が始まるわ」
「展開早すぎだろ……」
「あなたたちは、もう当事者よ」
「逃げ道はない」
澪が、小さく悲鳴を上げる。
「えぇ……」
園美は、ぼそりと呟いた。
「……同調率、また上がってる」
「やっぱり、この二人……」
「今、なんか言った?」
「気にしないで」
園美は、踵を返す。
「準備しなさい」
こうして俺と澪、そして甘城いろはは――
恋能と堕恋者の渦へ、さらに深く足を踏み入れていくことになる。
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