ネトゲの親友に性癖をぶちまけてたら、オフ会に来たのがクラスの美少女だった

やこう

第1話 オフ会行ったら可愛い女の子が来た

 人生には、知らない方が幸せだった真実というものが存在する。

 そして、開けてはならないパンドラの箱というものも、確かに存在するのだ。


 駅前の大きな広場、噴水の前。

 俺、佐藤一真さとう かずまは、手汗をジーンズで拭いながら、期待と不安が入り混じった心地でスマホの時計を見つめていた。


「……あと、二分か」


 今日は、俺にとって歴史的な記念日になるはずだった。

 三年にわたり、ネトゲ『エターナル・レジェンド』で生死を共にしてきた最高の相棒、『ハル』との初オフ会。


 ハルは、俺にとって唯一無二の親友だ。

 ボイスチャット越しに聞くあいつの声は、いつも少しノイズ混じりで、声変わりがまだ終わっていないような、低くてハスキーな少年のものだった。


『カズ、お前バフのタイミング遅ぇんだよ! さっさと投げろカスw』

『うるせーハル! お前こそ突っ込みすぎなんだよ! 次は絶対見捨ててやるからな!』


 そんな風に、遠慮なく罵り合える関係。

 ハルはいつも「マイクが安物だから、変なエフェクトがかかるんだわ」と笑っていたが、俺はあいつを、口の悪い、けれど最高に頼りになる『中性的な声の男友達』だと信じて疑わなかった。


 だからこそ、俺はあいつにすべてをさらけ出していたのだ。

 学校での悩み、将来の不安。そして――男子校みたいなノリの、バカげた性癖の話まで。


 だが、その期待は、不意に背後からかけられた声によって、音を立てて崩れ去ることになる。


「――お待たせ、カズ」


 凛とした、鈴を転がすような、透き通った声だった。

『カズ』は俺のネトゲのプレイヤーネームである。

 聞き覚えがないはずなのに、その独特のイントネーションには、強烈な既視感がある。


 恐る恐る振り返った先。

 そこに立っていたのは、俺の貧相な想像力を一瞬で粉砕するほどの、圧倒的な「美」だった。


 さらさらと風に流れる、艶やかな黒髪。

 吸い込まれそうなほど大きな、意志の強い瞳。

 上品な白いブラウスに、絶妙な丈のミニスカート。そこから伸びる白くしなやかな脚。


 それは、俺と同じクラスの、いや学園中の憧れを一身に集める「クラスの太陽」――東雲しののめりんだった。


「え、あ……東雲、さん……?」


 俺の口から漏れたのは、情けないほど間抜けな声だった。

 なぜ、彼女がここにいる?

 嫌な予感が、心臓を直接掴まれたような冷たさとなって背筋を駆け抜ける。


「……あはは、そんなに固まっちゃって。そんなに驚いた?」


 彼女は小さく首をかしげると、いたずらっぽく、そして俺が三年間聞き続けてきた「ハル」と全く同じリズムで笑った。


「なんで……。だって、今日のオフ会はハルと……」

「そうだよ。私が『ハル』。……驚かせてごめんね。バレないようにボイスチェンジャーで声を低くしてたんだけど、そんなに完璧だった?」


 東雲さんはスマホを取り出し、俺に向けた。

 そこには、俺が数分前にハルへ送った『噴水の前に着いたぞ、相棒』というメッセージ。

 まぎれもなく、俺たちが三年間積み上げてきた、二人だけのトーク画面だった。


「……嘘、だろ……?」


 膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で耐える。

 だが、絶望はそこでは終わらなかった。

 パニックに陥った俺の脳裏を、これまでの三年間で彼女――ハルに送りつけた「大罪」の数々が、爆速の走馬灯となって駆け抜けていく。


『なぁハル。うちのクラスの東雲凛って女子、マジで人類の至宝なんだよな。あの健康的な太もも、一度でいいから真横から観察してみたいわw』


『今日の東雲さんのスカート、いつもより3センチ短かったんだよ。あれは絶対、俺たち男子を抹殺するための兵器だって! ハルもそう思うだろ?』


『俺、実はむちむちの太ももフェチなんだよなぁ……。東雲さんのあの絶妙な絶対領域、あそこに俺の全財産を課金してもいいレベルだわ』


 …………。

 ………………。


「……死にたい」


 思わず、本音が口から漏れた。


 俺は。

 俺は東雲凛本人を相手に、「東雲凛の太ももがいかにエロいか」を、深夜のテンションで熱弁し続けていたのだ。

 東雲さんだけではないが、東雲さんに東雲さんの体がいかに素晴らしいかを力説していたことは確かだ。

 ボイチェンを通したガサガサした声の向こう側で、彼女がどんな顔をして俺のチャットを読んでいたのか、ボイチャをしていた時はどういう気持ちで聞いていたのか。

 想像するだけで、精神が消滅しそうになる。


「ねえ、カズ」


 東雲さんが、一歩近づいてきた。

 ふわっと、甘い花の蜜のような香りが鼻をくすぐる。

 学校では遠くから眺めることしかできなかった「太陽」が、今、俺の手が届く距離にいる。


「……どうして。どうして、女の子だって隠してたんだよ」


 俺の絞り出すような問いに、東雲さんは少しだけ眉を下げ、はにかむように笑った。


「……怖かったんだよ。私が女の子だって分かったら、一真はきっと、他の男子みたいに私を『特別扱い』しちゃうと思ったから」


 彼女は、噴水の縁に腰を下ろした。

 少しだけめくれたスカートの裾から、俺が「人類の至宝」と称賛した絶対領域が覗く。


「学校のみんなは、私を『東雲さん』というラベルでしか見てくれない。明るくて、完璧で、少し高嶺の女の子……。でもね、ネトゲの中のカズだけは違った」


 東雲さんは俺を見上げ、その瞳を真っ直ぐに合わせた。


「私がハルとして暴言を吐いても、笑って返してくれた。変なこだわりを語っても、対等に議論してくれた。……あんなに自由でいられたのは、世界中で『カズ』の前だけだったんだよ。私は、その『親友』としての場所を、どうしても失いたくなかったの」


 その言葉には、一切の偽りがなかった。

 彼女にとって、俺との時間は、東雲凛という重圧から逃げられる避難所だったのだ。


 ……そうか。

 俺たちは、性別も立場も超えて、魂のレベルで親友だったのだ。


 ――だとしても。

 それとこれとは、話が別だ。


「……東雲さん」

「あ、名前で呼んでくれた。えへへ、生の声で呼ばれると、なんか照れるね」


 彼女は頬をほんのりと赤く染めて、嬉しそうに笑う。

 ……ダメだ。可愛い。

 中身がハルだと分かっていても、視覚情報が強すぎて脳がバグを起こしそうだ。


「……東雲さん。さっきからしおらしくしてるけど……俺が送ったあの、数々の恥ずかしいチャット……全部、読んでるよな?」


 俺が震える声で尋ねると、凛の表情がパッと明るくなった。

 今度は「ハル」としての、あの遠慮のない、いたずら好きな笑みだ。


「当たり前じゃん! バックアップもバッチリ取ってあるよ。特に、『東雲さんの絶対領域は俺の宇宙だ』っていうあの長文ポエム、最高だったなぁ」


「やめろぉぉぉぉ!!」


「にひひ! 一真の顔、真っ赤ー! 面白いなぁ。あんなに熱心に私の太ももの話を熱弁してたのに、いざ本物が目の前にあると、全然見てくれないんだもん」


 彼女は立ち上がると、くるりと一回転して、わざとらしくスカートをふわりと揺らした。


「ほら、好きなだけ見ていいよ? 『人類の至宝』なんでしょ? 親友のよしみで、じっくり観察させてあげよっか?」


「っ……! お前、ハルの口調でそれを言うな! 学校のイメージ崩壊だろ!」


「いいの。カズの前では、私は『東雲凛』じゃなくて『ハル』なんだから。……ねえ、相棒?」


 東雲さんは俺の腕に自分の腕をポンと置いた。

 男同士の親友なら肩を組むような、そんな距離感。

 けれど、伝わってくる柔らかい体温と、女の子特有のしなやかな感触が、俺の理性を激しく揺さぶる。


「……学校では、絶対秘密だからな」


「わかってるって。……だって私たち親友だもんね?」


 東雲さんは最高の笑顔でそう言った。

 学校での、誰にでも優しい「天使」の笑顔ではない。

 俺だけが知っている、ちょっと意地悪で、最高に可愛い「相棒」の笑顔。


 俺の人生は、今日から本格的に狂い始めたらしい。


 黒歴史を握りつぶした最強の美少女と。

 彼女の正体にビビりながらも、その笑顔から目が離せない俺。


 秘密を共有しすぎた二人の、あまりにも刺激が強い「親友」としてのオフ会が、今、幕を開けた。


「じゃあ、カズ! まずはカズが言ってた『世界一美味しいパンケーキの店』にエスコートしてよね。あ、ちなみに今日のスカート、一真の好みに合わせていつもより2センチ短くしてきたんだけど……気づいた?」


「気づいてたよバカ!! ……行こう、ハル。お前のわがまま、一日中付き合ってやるよ」


「にひひ、合格! 行こ、相棒!」


 俺の袖を引く彼女の温もりは、画面越しでは決して分からなかった、本物の「女の子」のものだった。





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