第15話

 制限付き実戦の翌日。

 学園は、何事もなかったかのように動いていた。


 授業、演習、ランク戦。


 ただ、生徒たちの視線だけが、少し変わっている。

 セシルとエリオは、それを気にせず、いつものように資料室にいた。


「……ここ、やっぱり罠だよね」

 セシルが地図を指差す。


「うん。魔力の流れが、ちょっと不自然」

 エリオは、真面目に頷いた。


 二人でダンジョンの記録を確認しているだけ。


 だが、もう周囲は気軽に声をかけてこない。

「じゃあ、次はここ回避して――」


 セシルが言いかけて、ふと手を止めた。

「……あ」


「どうしたの?」


「これ、学園卒業したら使えない情報だ」

「え?」


 エリオが、顔を上げる。

「この資料、学園管理だから」


「あー……」


 少し考えてから、セシルはあっさり言った。

「じゃあ、卒業したら自分たちで調べればいいか」


「……卒業したら、って」

 エリオの声が、微妙に引っかかる。


「うん」

 当然のように。


「学園出たら、しばらくは二人でダンジョン回ろうと思ってる」


「……しばらく?」


「落ち着いたら、拠点決めて」

 指で、地図の余白をなぞりながら。


「結婚してもいいし」

 ――思考、停止。


「……け、けっこん?」


 完全に裏返った。


 セシルは、顔を上げる。

「? なにか変?」


「変とかじゃなくて……」


 エリオの脳が、必死に追いつこうとしている。


「……それ、いつ決まったの?」


「最初から」

 即答。


「え」

「だって」


 セシルは、本気で不思議そうだ。


「卒業したら学園の庇護なくなるし、 一人より二人の方が楽でしょ」


「……理屈は、そうだけど……」


「エリオと一緒なら、問題ないし」

 さらっと、核心。


「だから、今は準備期間かなって」


 準備期間。

 ――準備期間。

(……俺、そんな重要案件、聞いてない)


 エリオは、頭を抱えそうになるのを必死で堪える。


「……あのさ」


「なに?」


「俺、その……」

 言葉が詰まる。


 断る理由なんて、ない。


 でも、心の準備が、追いついていない。

「……ちゃんと、考えてからでも……」


 セシルは、少しだけ首を傾げて。

「考えてるよ?」


 あっさり。

「エリオ、私の弱いところ分かってるし」


「……」


「私、エリオいないと、多分無理するから」

 その言葉は、柔らかいのに、重かった。


「だから、そばにいてくれる人がいい」

 視線が、まっすぐ向けられる。


「それが、エリオ」

 もう、逃げ場がない。


「……ずるい」

 エリオが、かすれた声で言った。


「なにが?」


「そういう言い方……」

 耳まで、真っ赤だ。


 セシルは、少し考えてから言う。

「嫌だった?」


「……嫌じゃない」


「じゃあ、いいよね」


 結論が、早すぎる。


「……うん」

 ほとんど、降参だった。


 セシルは、満足そうに地図を閉じる。


「じゃあ、卒業後の予定も考えよ」


「……はい」

 その返事をしながら、エリオは思った。


 学園が何を管理しようと、

 誰が何を企もうと。


 この人は、もう未来まで決めている。

 しかも。


 自分込みで。

 それが、怖くて。

 嬉しくて。


 どうしようもなく、

 胸が熱くなった。

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