パパアイスクリーム

@mia9503

パパアイスクリーム

蝉の鳴き声がうるさい週末のことでした。パパはソファーに深く腰掛け、だらだらと滝のような汗を流していました。その日はこれまでにないほどの猛暑でした。あいにくエアコンは故障中。扇風機を三台も回し、うちわで扇いでいたパパでしたが、ついにドロドロに溶け崩れてしまいました。


「レナ、パパを容器に入れて冷蔵庫にしまってちょうだい」


床に寝そべって風に当たっていたママが、床に広がったパパを見て言いました。レナは特大のタッパーとタオルを持ってきました。形を失ったパパを拭きとっては、特大のタッパーの中へぎゅっと絞り入れました。そして蓋を閉めました。


「パパは暑がりだから冷凍室に入れな」


レナはママの言うとおりにしました。

次の日、学校に行って来たレナは冷凍室のドアを開けました。パパは無事なのか確かめたくなったのです。パパは固く凍っていました。

レナはパパが羨ましかったです。溶けたおかげで会社に行かなくてよかったですから。レナは熱すぎる日差しの下を歩いて学校に行き来するのがつらかったです。

毎日暑くて、暑くて仕方がありませんでした。エアコンが故障したせいで熱く、湿気た空気を室内から追い払う方法がなかったのです。扇風機はつけても熱い空気を吐くだけでした。暫くの間、レナはパパの入ったタッパーを抱きかかえていました。


「これって…」


レナはタッパーの中のパパをじっと眺めました。


「アイスクリームみたい!」


タッパーの中身の表面はすべらかで色とりどりでした。黒い所ではチョコレート味、肌色の所では桃味、赤い所ではイチゴ味がしそうな気がしました。

レナは好奇心を抑えられず、パパの表面を指で味見してみました。不思議なことに、本当に甘い味がしました。


「パパって甘党だから」


パパはいつも甘いものを食べていました。レナが買っておいた甘いお菓子をこっそりと食べたりもしました。それがバレたら、『レナが太らないように』と、とんでもない言い訳を言いました。その度にレナはイライラしました。


「パパもいつも私のもの食べたし」


レナはスプーンを持ってきて黒い所を多めにすくって食べました。どうせ今までパパが取った食べ物の量に比べればほんの少しでした。

口いっぱいにチョコレートの香りが広がりました。今まで食べたことのない、濃厚で甘い味でした。

レナはついもう一スプーンすくおうとしましたが、タッパーの中身がパパであることを思い出しました。そして、


「いけない!」


と叫んでパパの入ったタッパーを冷凍室に戻しておきました。

レナはその夜、仕事から帰ってきたママに叱られてしまいました。ママはパパの表面に残っているスプーンの跡を指差しながら言いました。


「パパが元に戻った時、坊主頭になっていたらどうするの?」


レナは申し訳ない気持ちでした。もう二度とパパを食べないと心決めました。

だが、その決心は長く持たなかったです。パパアイスクリームの味が頭から離れませんでしたから。

それは他のアイスクリームとは次元が違いました。シルクより滑らかで、香水より芳しく、高級な生クリームより濃厚でした。人の言葉では表現できないほど美味しかったのです。


「最後にもう一口だけ…」


自分にそう言い聞かせてタッパーを取り出し、蓋を開けました。


「え…?」


ところが、どういう事でしょう、中身はいつの間にか半分も減っていたのです。


「誰が食べたの?」


もしかしたら泥棒?レナはアイスクリームを口の中に運びながらじっくり考えてみました。悩んでいる間、レナは何スプーンも食べてしまいました。幸い、もう食べかけた状態だったので気づかれる心配は無さそうでした。

その晩、レナは寝ませんでした。アイスクリームを食べた犯人が誰なのか心掛かりがあったのです。

ガタガタ、ガタガタ。

12時頃、部屋の外から物音がしました。レナは静かにドアを開け、台所に向かいました。冷凍室から漏れ出た光が食卓に座っている人の後姿を照らしていました。それは誰でもなくママでした。


「私には食べちゃダメ、と言ったくせに!」


レナが大声を出しました。


「ちょっとしか食べてないから…」


ママは小さな声で答えました。


「ちょっとって?半分も食べたじゃん。パパの背が小さくなったらどうするの?」

「ママはぜい肉しか食べていない。多分スタイルがよくなる」

「私も食べる」


ママは黙って困ったようにレナを眺めるばかりでした。暫くして、仕方ないというように起き上がってレナにスプーンを与えました。


「少しだけだよ。」


ママが念を押しました。

二人はテーブルを挟んで座り、アイスクリームを食べました。レナ一口、ママ一口。次はママ一口、レナ一口。二人は手を止められませんでした。美味しくてたまらなかったのです。いよいよ、パパは一スプーンだけ残ることになってしまいました。


「どうしよう。」


レナが焦って呟きました。


「だから、少しだけだって」

「ママの方がもっと食べたでしょ?」


ママは咳払いをしてタッパーの蓋を閉めました。


「ママ、このままじゃパパ元に戻らないんじゃ」

「大丈夫。明日アイスクリームを買って詰めておけばいい。」


ママは大したことないというように答えました。そのおかげでレナは安心して部屋に戻りました。布団の中で親指より小さくなったパパを想像してみました。レナはクスクス笑いながら眠り込みました。

次の夜、ママは帰り道に沢山のアイスクリームを買ってきました。チョコレート味、イチゴ味、バニラ味は勿論、クッキー味、マンゴ味、ヨーグルト味、ミント味、ソーダ味まで、店で売っている味と言う味がすべてビニール袋にいっぱい詰め込まれていました。


「レナはどの味がいちばん好き?」

「私はヨーグルト味」


ママは冷蔵庫からタッパーを取り出して蓋を開けました。続いて、ヨーグルトアイスクリームバーの包装を剥き、スティックは抜き出してタッパーに入れました。


「私はミントが好きだからミントを入れよう」


ママが弾んだ声で言いました。


「バニラも少し加えよう」

「こないだ、パパ髪が薄くなったのでチョコレート味はたっぷり」

「パパには面白くなってほしい。ソーダ味はどう?」


レナとママは好きなアイスクリームを入れ続けました。


「もう十分よ。君のパパはダイエットしないと」


アイスクリームの包装をもう一本剥こうとするレナをママが止めました。


「パパはいつ元に戻るんだろう」

「明日エアコン修理する予定だからすぐ戻るよ」


レナとママは残ったアイスクリームを食べながら格好よくなって元に戻るはずのパパについて喋りました。

一週間後、パパはまだ元に戻っていませんでした。レナとママはそろそろ不安になり始めました。


「むしろ寒すぎて元に戻れないんじゃない?」


二人はエアコンをつけておいて、タッパーを食卓の上に置きました。しかし、一日中待ってもアイスクリームが溶けるだけ、元の姿にはなりませんでした。


「このままじゃダメになってしまう」


ママはタッパーを冷凍室に戻しました。レナとママはパパが元の姿に戻らない理由について、頭を悩ませました。


「タッパーをぎっしり詰め込まなかったからかも」


レナが口を開けました。


「元の味とは違う味が混ざっているせいかも知れないね」


ママが頷きながら付け加えました。

二人はアイスクリームが再び固まるのを待ってから問題点を直してみることに決めました。だが、そう上手くは行きませんでした。

一度溶けてしまったアイスクリームは味がぐじゃぐじゃに混ざったまま凍ってしまったのです。元のパパの味とは違う味を分けることはもうできませんでした。仕方なく、二人はタッパーを詰め込むことしかできず蓋を閉めました。

深夜、レナはガサゴソと言う音で目を覚ましました。そっと、部屋の外に顔を出しました。暗い中、食卓の前に座っているママのシルエットが見えました。レナの眠気は一瞬で吹き飛びました。ママがまたパパアイスクリームを食べていると思ったからです。レナはドアをパッと開けて部屋の外へ出ました。


「ごめん…ごめんね…」


ママは小さな声でしきりに謝りました。レナは灯をつけました。ママが振り向きました。涙まみれの顔でした。ママはパパの入っているタッパーを前に泣いていたのです。


「寝ていなかった?」


ママが沈んだ声で言いました。レナは何も話せませんでした。暫くじっとしていて、部屋に戻りました。ママが寝室に入る音が聞こえてきました。レナは布団の中ですすり泣きました。


時は進んで夏休みを迎えました。ママは仕事が忙しくなり、レナ一人で留守番する日が増えました。冷蔵庫の中にはまだパパアイスクリームが入っていました。

レナはたびたびパパアイスクリームを取り出して抱きしめました。蓋を開け、長い間眺めたりもしました。だが決して食べることはありませんでした。


「パパ…元に戻ったら一緒に自由研究しようよ…」


と呟きながらレナはパパアイスクリームにお菓子を突き刺しておきました。

夏はだんだん暑くなりました。塾から帰ってきたレナは溶け崩れそうな気持でした。エアコンを最低温度に設定しました。暗くなるまでつけっぱなしでした。

レナはテレビを観ていました。さて、いきなり照明とテレビがパっと消されました。エアコンも、冷蔵庫も同時に作動が止まりました。窓越しの町中が闇に覆われました。停電したのです。

ママは残業があって帰りが遅くなる予定でした。電話をかけてみましたが、出ませんでした。レナは少し怖くなりました。

その時、冷蔵庫から『ウィーン』と言うでかい音がし始めました。レナは自分の部屋に駆け込み、布団の中に隠れました。

暫くして、冷蔵庫から出ていた変な音は止まり、灯がつけられました。レナはリビングに出ました。こわごわと冷蔵庫に近づきました。勇気を出して冷蔵室と冷凍室を順番に開けてみました。何の変哲もありませんでした。パパアイスクリームの入ったタッパーも無事でした。

レナはタッパーを取り出しました。変なことに、タッパーは軽くなっていました。蓋を開けてみてレナはびっくりしてしまいました。中が空っぽだったからです。


「ゲホゲホ」


寝室から咳き込む声が聞こえました。


「喉痛い…」


レナは心臓が止まりそうになりました。今のは掠れていても、確かにパパの声でした。

レナは寝室に入りました。暑がりのパパが布団を喉まで被っていました。


「レナ、ちょっと水汲んでくれる?」


パパがゲホゲホと咳をしながら頼みました。


「パパ!」


レナはパパのベッドの上に飛び込みました。パパからはもうイチゴ味の匂いも、チョコレート味の匂いもしませんでした。いつものパパの匂いがしていて、レナは心から安心しました。


「風邪がうつっちゃうよ」


それでもレナはパパを抱き締めました。パパはレナを撫でてあげました。

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