スキル編集者。 ――能力を書き換える異端

塩塚 和人

第1話 編集不能の世界


 この世界では、人は文章によって

生かされている。


 生まれ落ちた瞬間、魂に刻まれる

一枚の文書。


 それを、人々は

スキルと呼んだ。


 剣が振れる理由も、

炎が生まれる理由も、

薬草の効能を見抜ける理由も、


 すべては、その文書に

そう書かれているからだ。


 努力では書き足せない。

才能では消せない。


 神ですら、

誤字脱字を直すことは

できないとされている。


 少なくとも、

俺が生まれてから

二十年以上、


 世界はその前提で

動いてきた。


 ――俺を除いて。


   ◆


「無能職だな」


 検査官は、

感情のこもらない声で

そう言った。


 水晶板の上に浮かぶ

文字列を、

一瞥しただけだった。


「《観測者》。

 できることは視認のみ」


 俺は黙って

頷いた。


 反論する理由も、

期待する余地も

なかった。


「戦闘適性なし。

 生産適性なし。

 支援適性も、

 ほぼゼロ」


 検査官は淡々と

読み上げる。


「よって、

 辺境指定。

 登録階級は

 最低ランク」


 水晶板の光が消え、

俺の人生も

同時に区切られた。


 周囲の視線が

痛いほど刺さる。


 同年代の者たちは

剣士や魔導士として

次々に登録され、


 それぞれの

「物語」を

与えられていく。


 俺だけが、

白紙に近い文章を

渡された。


   ◆


 辺境の町は、

文字通り、

何もなかった。


 魔物も少ない。

資源も乏しい。


 だが、

静かではあった。


 俺は雑用をこなし、

最低限の糧を得て、

生き延びていた。


 誰も俺に

期待しない。


 だから、

失望されることも

ない。


 ――そのはずだった。


 ある日、

市場の片隅で、

俺は気づいた。


 人の胸の奥に、

薄く浮かぶ

文字の気配に。


 最初は

疲労による幻覚だと

思った。


 だが、

目を凝らすと、

確かにそこに

文章がある。


 半透明で、

揺らぎながら、

確固として存在する

文字列。


 ――スキル文書。


 俺は、

それを

読めていた。


   ◆


「……相変わらず、

 ひどい文章だな」


 目の前の男の

スキル文書を眺め、

俺は小さく息を吐く。


《筋力上昇・小

 ※持続時間不安定

 ※反動による筋断裂

 高確率》


 注釈だらけで、

読みづらい。


 無駄な条件、

過剰な制限、

意味不明な因果。


 まるで、

推敲前の原稿だ。


 この世界のスキルは、

なぜこんなにも

雑に書かれている。


 そんな疑問が、

脳裏をよぎる。


 そして、

次の瞬間。


 俺は、

気づいてしまった。


 ――直せる、

という感覚に。


 理由はない。

理屈もない。


 ただ、

誤字を見つけた

編集者が、


 無意識に

赤ペンを

探すような、


 そんな衝動だった。


   ◆


 その夜、

俺は眠れなかった。


 目を閉じると、

文字が浮かぶ。


 行間の歪み。

削除された可能性。

書かれなかった一文。


 世界が、

未完成の文章に

見えてしまう。


 触れてはいけない。

書き換えてはいけない。


 頭では

理解している。


 だが、

もしも、

あの一文を消せば。


 もしも、

一語だけ

足したなら。


 救えるものが

あるのではないか。


 そんな考えが、

静かに、

しかし確実に、


 俺の中で

芽を出していた。


   ◆


 翌日。


 俺は、

鎖に繋がれた

少女を見た。


 痩せた身体。

俯いた視線。


 そして、

胸の奥に浮かぶ

文字列。


《微弱治癒

 ※成功率10%》


 失敗が前提の

治癒。


 それは、

救うための力では

なかった。


 俺の指先が、

わずかに震える。


 やってはいけない。

それでも――


「……これ、

 直せるな」


 その瞬間、

世界の文字が、

かすかに軋んだ。


 まるで、

誰かが

息を詰めたように。


 俺は、

初めて知った。


 この世界は、

絶対ではない。


 文章なのだと。


 そして俺は、

編集者になって

しまったのだと。

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