もしもあの子と入れ替われたら
@AsuAsaAshita
「傑作」
もしもあの子と入れ替われたら。
私は何度も考えていた。
クラスの人気者の響子さん。
綺麗な顔で、誰にでも優しく、成績も良く、いつも輪の中心にいる、そんな人。
私は彼女を見ているつもりだったけれど、
本当は、彼女に見られていたのかもしれない。
視線が合うたびに、響子さんはいつも、少しだけ長く私を見ていた。
なんで私は彼女のようになれないのだろう。
なんでこんなにも不公平なのだろう。
そんな考えを、私は何度も繰り返していた。
次の日、目を覚まして鏡を見たときに、そこに響子さんの顔があった。
とても驚いたけれど、驚きよりも先に、喜びと納得があった。
何度も、何度も、同じことを考えていたからだ。
響子さんには申し訳ないけれど、少しの間だけこの姿を楽しませてほしい。
学校に行くと、私の体があった。
廊下の向こうで、私だったものがこちらを見ていた。
視線は合ったけど、何も起こらなかった。
私たちは、やはり入れ替わってしまったのだと分かった。
学校は、静かで思い描いた夢の中にいるようだった。
名前を呼ばれ、笑いかけられ、そこにいるだけで、居場所が用意されていた。
だけど、家に帰ると違和感が始まった。
玄関に入った瞬間に、空気が重くなる。
靴の並びは決まっていて、少しでも違うと、そのままにしておくことは許されない。
壁には紙が貼られていた。
同じ言葉が、同じ高さで、同じ間隔で並んでいる。
夕食では、箸の角度、噛む回数、視線の落としどころが決まっていた。
間違えると、食事は静かに下げられる。
空腹よりも先に、体が縮こまることを覚えた。
夜になると、私の部屋に両親が入ってくる。 そこからが、本当の地獄だった。
「今日の反省会」が始まる。
その日一日、私の笑顔が何度崩れたか、歩き方が何回乱れたか、点数が何点足りなかったか。
録画されていた映像を見せられながら、深夜まで糾弾が続く。
言葉による暴力ではない。
淡々と、機械のように「不良品であること」を指摘され続けるのだ。
眠ることは許されない。
教科書を暗記し、鏡の前で理想の表情を作る練習を何時間も繰り返す。
意識が飛びそうになっても、冷水を浴びせられてまた鏡の前に座らされる。
翌朝、制服を着ると、目の下には化粧で隠しきれない隈ができている。 体が鉛のように重いのは、睡眠を与えられていないからだ。
学校では、私は相変わらず響子さんだった。
笑い、頷き、期待に応える。
昼と夜の落差が、少しずつ私の中を削っていった。
どれくらい経ったのか分からない。
学校で誰かに持て囃されようとも、それが私のものではないと分かっている分、響子さんの栄光に縋っているようで、心が苦しかった。
ただ、戻れるという考えだけが、細く残っていた。
早く元の体に戻りたい。
学校に行くと、私の席は空いていた。
昼過ぎに、屋上の話を聞いた。
落ちたのだという。
私の体が。
驚きはなかった。
納得だけがあった。
響子さんは、私の体で、普通に暮らしていた。
叱られず、縛られず、夜を恐れずに。
そして、戻らないことを選んだ。
戻ることよりも、死を選んだ。
あの体に戻るくらいなら、死んだほうがいいと思ったのだ。
私は、響子さんの家で暮らすことになった。
響子さんの名前で呼ばれ、同じ紙を見て、同じ夜を迎える。
部屋を片付けていると、ノートが見つかった。
同じ表紙のものが、何冊もある。
記録することは、ここでは咎められないらしかった。
筆跡は、途中から変わっていた。
入れ替わった記述。
元の体が死に、戻れなくなった記録。
響子という名前は、
最初から、誰かの逃げ場所だった。
最後のページに、私の名前があった。
鏡を見る。
そこに映るのは、響子さんの顔だ。
教室の隅で、
誰かが私を見ている。
かつての私と、同じ目で。
私は、その視線に気づきながら、
何も考えないふりをして、
静かに笑った。
もしもあの子と入れ替われたら @AsuAsaAshita
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