世界が僕を染める前に
@uzuki_ao
極彩色の断絶
「声」は、私にとって音である前に、暴力的なまでの色彩だ。
忘れていた感覚だった。喉の奥がちりと焼けるような、この惨めさ。
そしてそれ以上に、目を逸らしたくなるほど鮮やかな「色」の波。
夏休み明けの教室は、
「旅行でね、北海道に行ってきたの」
クラスメイトの理香が弾んだ声を出すたび、彼女の唇からは、透き通るような
ソーダブルーの色彩が零れ落ちる。
それは北の大地の空を切り取ったかのような、残酷なまでに鮮やかな青だった。
その青い
楽しげに染め上げていく。
私は、手元のノートに目を落とすふりをして、けれど意識は彼女の持つ紙袋に
縫い付けられていた。
期待し浮き足立つ自分を、脳裏の暗い隅へと押し込める。視界に混じり込む
ソーダブルーの光を、見えないところに閉じ込め、偽りの無関心という名の
錆びついた鍵を締める。
他人の声が色として見えるこの呪いは、調子のいい日には世界を絵画のように
彩ってくれるが、今日のような日には、ただ私を摩耗させるだけのノイズでしか
ない。
彼女は楽しそうに友人たちの机を回り、クッキーの箱を配っていく。
そのたびに、教室のあちこちで「ありがとう」「嬉しい」という暖色の声が描かれる。理香のソーダブルーと、友人たちの柔らかな桃色や山吹色が混ざり合い、私の机の周りだけを避けるようにして、華やかな極彩色の絵画を描いていく。
紙袋がだんだんと萎んでいくのを、私はただ、視界の端で見ているしかなかった。
お土産をもらえる人とそうでない人との、明確な境界線はなんなのだろうか。
その境界線を引く筆は、一体誰が持っているのだろう。
私の世界は、彼女たちの色に侵食されることもなく、ただ乾燥したコンクリートのような無機質な灰色のまま、取り残されていた。
「ほら、そこ。席につけ。HR始めるぞ」
担任の低く無機質な号令が、熱を帯びた教室を強引に冷ましていく。
先生の声は、湿った重いアスファルトの色だ。その鈍い色が、教室に飛び散っていた鮮やかな青や桃色を、容赦なく塗りつぶしていく。
「はーい」と気怠そうに、けれど満足気に、空になった紙袋を丸め、彼女は自分の席へと戻っていく。
私の机の横を、ただの、色のない風が通り過ぎる。
「じゃあ、出席取るついでに。……夏休みはどうだった? 時間もあるし一人ずつ一言くらい思い出を話してもらうか」
先生の軽薄な提案に、教室が再びさざめき立つ。
お土産を貰い、境界線の「内側」に招かれた者たちが、互いに顔を見合わせ、
はにかんでいる。
私は、使い古された鍵をかけた心の奥底に、さらに冷たい鉛を流し込むような心地でいた。
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