残像

ヒマツブシ

残像

 僕には、もう一人の僕がいる。

 薄い影のようなものが、僕の周りに時折現れる。


 もちろん、他人には見えない。

 幽霊のようなものだ。

 僕と意思疎通をすることもなく、こちらを気に留める様子もない。

 ただ、そこにいて、何かをしている。


 姿形はその時々で違う。

 子供のようだったり、年上のようだったり。

 髪型や服装も、自分とはまるで違うことがある。

 それでも、なぜかーーあれは自分だとわかる。


 最初にその存在に気づいたのは、幼い頃だった。

 親戚の叔父におもちゃを買ってもらえるとなったとき、僕は遠慮して断ってしまった。

 その後、後悔している僕のそばに気配を感じた。

 それは、買ってもらうはずだったおもちゃで遊んでいる、薄暗く半透明な少年だった。


 僕は驚き、周りの大人達に尋ねるが、誰もその少年の存在に気づかない。

 幽霊かとも思ったが、背格好は明らかに自分と同じだった。


 それ以来、そいつは節目節目で現れた。

 買い物を忘れたとき。

 テストで失敗したとき。

 好きだった子に振られたとき。


 後悔した瞬間に、そいつは姿を現した。

 僕には選べなかった現実を見せつけるように…。


 大人になるにつれて、大きな失敗は減っていった。

 後悔も少なくなり、何が起きても受け入れることが多くなった。

 それでも、そいつは僕の周りに現れ続けた。


 しかし、その姿は目まぐるしく変化していった。

 誰かと楽しそうに話しながら歩く大人。

 無邪気に駆け回る子供。

 路上でギターを弾く青年。

 ホームレスのように座り込む男。


 あれは、どこかで分岐した別の自分なのではないか。

 そう思うようになった。

 選ばなかった行動の先に、ああいう人生や過去もあり得たのだ。


 最近は、あの存在に心を乱されることもなくなり、ただ観察しているだけになった。

 この世界では、無数の可能性が起こり得る。

 今の自分は、その中の一つに過ぎない。

 そう思えるようになった。



 ある日、目が覚めると僕は別の僕になっていた。

 これは、どこかの影と入れ替わってしまったのではないか。


 起き上がって彷徨っているうちに、この世界の僕の記憶が蘇る。

 この世界の僕も、影を見て同じことを考えていたのだろうか。

 それとも――この世界の僕こそが、本物だったのか。


 しばらくすると、また別の僕として目が覚めた。


 そして、同じようなことが、何度も繰り返された。

 子供になり、大人になり、老人になり、死ぬ間際の自分にさえなった。



 もう、どうでもよかった。



 どこへ行こうと、何になろうと、自分は自分だった。



 それさえわかれば、あとは日々を生きるだけだ。





「起きてください」


 不意に声をかけられ、目を覚ます。

 病院のような一室。

 ベッドに横たわる僕を、医者らしき男が覗き込んでいた。


「気分はどうですか?」


「特に悪くない。普通です」


「それは何よりですね」


 体を起こすと、今までのさまざまな記憶が一気に蘇る。

 そして、この世界の自分は――。


「治療は完了しました。あなたはもう大丈夫です。

記憶の混乱は多少あるかもしれませんが、すぐに落ち着くでしょう」


「わかりました。先生、ありがとうございました」



 先生と呼ばれた男は、穏やかに微笑んだ。



「今のあなたには、自分の人生を生き抜く力があります。

どうか、頑張ってください」

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残像 ヒマツブシ @hima2bushi

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