母の新しい一歩「母の恋人は、僕の弟の友達だった。」

みさき

母の恋人は僕の弟の友達、つまり自分の息子の友達だった。

地方都市の郊外にある、父が残した一軒家。僕と母の二人暮らしが続いていた。弟が大学入学で上京してから、家の中は少し寂しくなった。父と母が離婚してからもう十年近くが経つ。母は今年で五十歳。地味で堅実な人だと思っていた。


それが最近、少しずつ変わってきていることに気がついた。


母の服装が以前より若々しくなり、ネイルにさりげない色が入るようになった。夕食の支度をしながら、時折スマホを見ては、かすかに笑みを浮かべている。最初は友人とのやりとりかと思っていた。


噂は弟から入った。


「お母さん、俺の友達の悠人と付き合ってるらしいよ」


大学一年生の弟の友達――つまり、母より三十歳近く年下の男性だ。僕は一瞬、聞き間違いかと思った。


「マジで?」僕はスマホ越しに弟に聞き返した。


「友達の間でもちょっと話題になってる。直接紹介されたわけじゃないけど、みんな気づいてるみたい」


その夜、僕はリビングでテレビを見ている母の隣に座った。


「お母さん、最近楽しそうだね」


母は手に持っていたリモコンを少し固く握りしめた。


「そう? 普通よ」


「弟の友達の悠人くんって、よく会うの?」


一瞬、母の表情が硬くなった。


「たまに…お茶するくらい。いい子なのよ。お友達よ」


「お友達」という言葉に、必要以上の力が込められていた。母は僕の目を見ず、テレビの画面を見つめ続けた。その様子から、単なる「お友達」ではないことは明らかだった。


僕は複雑な気持ちだった。母が恋愛すること自体は悪いことではない。父と離婚してから、母はずっと僕と弟のために働き続けてきた。そんな母が誰かを好きになる権利はある。


でも、相手が弟の友達で、二十一歳。


本当の気持ちなのか。母を遊んでいないか。地方の小さな街では、ちょっとしたこともすぐに噂になる。母も相手の悠人くんも、そのことはよくわかっているはずだ。


ある日、母が外出するのを見送った。少し照れくさそうに、でも嬉しそうな表情で家を出ていく母の後ろ姿を見て、僕は思った。


相手の両親はこの関係を知っているのだろうか。もし知らないなら、いつか大きな問題になるかもしれない。


でも、母の顔は確かに輝いていた。十年ぶりに見るような、本当の笑顔だった。


「行ってらっしゃい」


僕は声をかけた。母は振り返り、少し驚いたように微笑んだ。


「行ってくるね」


ドアが閉まり、家の中が静かになった。僕はキッチンに行き、母が淹れてくれたお茶の残りを一口飲んだ。


今すぐに何かをする必要はない。母は大人だ。自分の人生の選択に責任が持てる年齢だ。


ただ、弟の友達という立場。年齢差。地域の目。


心配は尽きない。でも、母が傷つくようなことがあれば、その時は僕が守ればいい。弟とも話し合わなければいけない。


とりあえず、見守ろう。母の人生の、新しいページを。


僕はそう決めて、母が整えたというリビングの花を一輪、花瓶の中でまっすぐに立て直した。

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母の新しい一歩「母の恋人は、僕の弟の友達だった。」 みさき @MisakiNonagase

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