白亜のグリモア ~沸・騰・戦・機~

不乱慈(ふらんじ)

第1話

『Ⅹ-404、第一評価試験を終了する。ご苦労だった』

「……チッ、ようやくですか。――あ゛っ!」


 ――通信リンク、接続確立中。

 ……失言が漏れていると、彼女は気付く。


 Ⅹ-404のナンバーを与えられたテストパイロットは、

 ひどく慌ててヘッドセットのマイクを、手のひらで抑えた。


『――おい、“アザレア”! いま何か言わなかったか?』

「いいえ、何も! 了解しました、機体をハンガーに戻します!」


 顔を引きつらせながら、一方的にそれだけを言い切る。

 アザレア、そう呼ばれた彼女は通信リンクをミュートした。


 静寂の戻ったコクピットの中で、重たい溜め息をひとつ。


「はぁ。演習とはいえ、第三世代の実機を動かすのは流石にキツいですね……」


 そう呻く彼女の息は切れ切れで、まだ整ってはいない。

 機体――この新型グリモア・フレームに振り回されたせいだ。


「これが『バイジン』、ね。黎辰レイシン工業が社運を賭けるだけのことはありますわァ」


 型式名――Mz-61『バイジン』。機体出力、機動性能、反応速度、照準精度。

 目につく全ての要素が、これまでの既存GFグリモア・フレームとは一線を画している。


 ――まあ、それも当然といえば当然、なのだろうが。


 なにせ黎辰レイシンは、二期連続で国軍の主力量産機コンペに負けているのだ。

 国から見限られた軍需産業など、埋葬を待ちわびる骸のようなもの。


 この“バイジン”が次期主力選定に漏れれば、黎辰工業という企業の名は

 歴史の教科書の片隅に、永遠に追いやられることになるだろう。


 とはいえ、そんなことは雇いのパイロットであるアザレアには関係ない。


 彼女が唯一気にかけていることは、

 この過酷な労働に見合う報酬が期日通りに振り込まれるか、それだけ。


「さぁて、戻るまでが演習ですよ~……っと」


 アザレアが操縦グリップを切り返すと、機体は機敏に方位を反転させた。


 ◇


 砂と油の匂いがするタラップを降り、コンクリートの床に足を着く。

 重力を身体が受け付けないとばかりに、膝が笑っているのがわかった。


「お疲れさん。ひどい面構えだな」


 真っ先に声をかけてきたのは、油染みた作業着を着た開発班長だ。

 出会ってから日は浅いが、この開発チームの中じゃ一番親しみやすい。


 そして、よく気の回る初老の男性でもある。

 彼は開けたばかりの給水パックを投げ渡してきた。


「班長。この化け物のせいで、もう神経が焼き切れそうなんですけど……?」


 アザレアは文句を言いながら、そびえ立つ白亜の巨人を見上げる。

 塔のような二本脚に支えられているのは、まるで天使の胸像だった。


 硬質なボディに、二対の大出力ウイングバインダーを背負った姿。

 ベレー帽にも似た頭部装甲の下から覗く、深紅の単眼モノキュラー・サイトは鋭い。


 この「バイジン」の機体全高は、標準的なGFに倣った14m級である。


 四階建ての建物程度――といえば小さく感じるかもしれないが、

 この巨体は、容易に生身の人間を足で踏み潰すことができる。


 だからこそアザレアは機体をハンガーに入れる際に、

 足元を平気でうろつく整備士たちに、ひどく腹を立てることになった。


 反応が過敏な最新鋭機の一歩など、どこに接地するか分かったものではない。


「化け物ねえ。まあ、人ひとりで動かすようなもんじゃないからな」

「……えぇ? そりゃあ、どういうことです? 一人乗りじゃない?」


 聞き捨てならないことを訊き返すアザレアに、班長は平然と答える。


「いや、一人乗りだとも。ただ、本来は半自動で動かすもんでな」


「はぁ……?」

「さっきのは、フルでマニュアル操作をやった場合の負荷限界を試してた」

「えーと……あの……?」


 ぽりぽりと、アザレアはくせっ毛の長い黒髪をかいた。


「えぇと、そんな話は聞いてないんデスケド……」

「言ってないからな。言ったら乗らなかったろ」


 ――またか……という諦観だけが、アザレアの胸中に沸く。


「もしかして、フリーランスのウチに仕事が回ってきたのって……」

「使い潰してもいいっていう上の判断だな。まあ、世の常ってヤツだ!」


 それを豪快に笑い飛ばしながら、班長は何かを手渡してきた。

 いや、笑いごとではないのだが――という抗議は、潰える。


「んじゃ、次はこれを使った第二評価試験――自律支援AIのテストだ」


 アザレアの白い手に握らされたのは、小さなドングル端末だった。


「AIすか……無人機って、あまり良いイメージないですけど……」

「おいおい、これを『チューン・ゴースト』どもと一緒にしてくれちゃ困るぞ」


 ――チューン・ゴースト。

 L.D.ロスト・ディケイド122年のいまでも、地球環境を食い荒らしている、この世の癌。


 西暦の終わりに、突如として現れた人類に敵対的なナノマシン群体。

 地上の物質すべてを取り込み、情報化することに固執する暴走AI。


 獣の姿で都市の外縁をうろつくそれを、アザレアは思い浮かべていた。


「むしろコイツは、そのゴーストどもと戦うプロ“ご本人様”って感じだな」

「ご本人? 誰です」

「百年前の戦場を生きた、伝説の傭兵『ズメイ』――聞いたことあるだろ?」

「さぁ……界隈で有名な人ですかね……?」


「いやいや……傭兵オマエの界隈の有名人なんだが……」


 はぁ、とアザレアはイマイチ、ピンと来ていないという顔をした。


「まあいい。そいつの脳が冷凍保存されてるのが見つかってな。うちの開発局がデジタル・コピー化し、戦闘経験をそのまま支援AIとして成立させたというわけだ」


「なるほど……? つまり、それさえ載れば“バイジン”は完璧な状態に?」


「ただし。機密保持のために生体認証はテストパイロットのお前に紐付けてある。AIのインストールは事務所のメイン端末から、直接やってもらうことなるぞ」


「えーっ! なんで! めんどくさい!」


 と、そんな声を出してみるが、生きていくためには報酬を貰わなければ。

 彼女は渋々といった様子で、大きさの割に重みのあるドングルを握りしめる。


「いいか? インストール先は『lkl/GF-BAIJIN/404』だからな」

「えるけーえる……バイジン……あ、はい! 覚えました」

「くれぐれも、間違えるんじゃないぞ、機密保持のために複製はできん」

「ていうか……班長は立ち会わなくていいんですか、こういうの」


 アザレアが訊くと、彼は整備用バイザーを下げて踵を返した。


「人手不足だ。第二評価試験までにバイジンのメンテをやらなきゃならん」

「はぁ……。相変わらずブラックですね、黎辰工業は……」


「いいか! 間違えるなよ! 『lkl/GF-BAIJIN/404』だからな!」


 そう最後に叫んで、班長はクレーンを上がっていた。


 ◇


「バイジン……バイジン……バイジン……」


 アザレアはすっかり、接頭と接尾に振られたコードを忘れていた。

 彼女の向かった事務所は、格納庫隅にあるプレハブ小屋である。


 一応のノックを二回……いや三回。

 出払っているらしく、中には誰もいなかった。


 ドアをばーんと開いて、適当な椅子に腰掛け、端末を機動する。


「あー……お腹空いた。とりあえず、ついでのコーヒーでも頂こうかな」


 デスクの隅に置いてあった電気ケトル。

 水は入っているので、スイッチを押すだけだ。


 カチッ、と音が鳴って、溜め息のように湯を沸かし始める。


「さーてと、インストール、インストール……」


 アザレアは端末にドングルを差し込み、リストを呼び出した。

 画面には、ローカルネットワーク内の接続デバイスが並んでいる。


「えーと、えーと……バイジン、バイジン……これかっ……」


 Bay-joy/B41J1N/101_hot&cool


『インストールを開始します。対象:電熱式給湯家電。実行しますか?』

「はいはい、実行実行…………待って!? 家電ってなに!?」


 出遅れた思考は、クリックする指先を止められなかった。


 ドングルの接続ランプが激しく点滅を始める。


 伝説の傭兵と呼ばれた男の、膨大な戦術データと魂の残滓が、

 光ファイバーの道を辿り辿って、奔流となって駆け抜けていく。


 その行き先は――。


 ピー、という電子音と共に、電気ケトルのスイッチが跳ねた。


「……え? 嘘でしょ???」


 アザレアがケトルへと手を伸ばした、その時。


『――沸騰を完了した。次の作戦指示を待機する。オーバー』

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