テンキー予報

(👊 🦀🐧)

いつからか

 街に奇妙なオブジェが並ぶようになった。

 朝のラジオが告げる。

「本日は『テンキー』降りです。Deleteの降落確率は15パーセントです。それでは良い一日を」

 数週間前、街にテンキーが降ってきた。

 最初に被害が出たのは、新聞配達員だった。

 頭に小さな「1」がポトンと当たった瞬間、その体は細長くまっすぐな棒状になり、上部に横線が一本入った、完璧な「1」の形に変形した。

「うおっ!? なんだっ!?」

 確かに叫んだが、声は出ず、ただ地面に突き刺さったまま微動だにしない。

 まるで最初からそこにあったオブジェのように。

 重さも温度も、人間だった頃のものは何も残っていない。

 次に、通学中の学生が「*」に当たった。

 体がきゅっと絞られて、五つの突起がかつての頭や手足のように伸びる。

 完全に「*」の形の物体になった。

 制服は破れ、鞄は地面に落ち、それは机の上に飾られるような置物と化した。

 買い物に向かう主婦は「Enter」に直撃。

 体が┌┐のような逆L字型に折れ曲がり、そのまま固まってしまった。

 一緒にいた子どもが家に持ち帰ったが、

「ママがドアストッパーになったよ……!?」

 泣くより先に驚いた。

 街は次第に、奇妙なオブジェの墓場と化した。道路には細長い「1」が無数に刺さり、そこか23456789000が不規則に並び立つ。

「Space」の空白だけがきっちりと整列していた。

 Deleteがオブジェに当たったのはたまたまであった。

 元に戻った住人は、「Deleteさえ当たれば、元に戻れる」と走り回ったのだ。

 そうして、この街はテンキー予報を心待ちにしているのだ。

 屋上や広場に立ち、時には雨に打たれながら空を見上げる者もいた。

 ある夫婦は、妻が+に変わってしまった。

 渦巻き型の物体になった妻を抱きしめ、夫は毎日外に出てDeleteを待った。

 三週間後、ようやく小さなDeleteが+に落ちた。

 妻の体がゆっくりと人間に戻っていく。

「戻った……戻ったわ!」

 感動も一瞬――次に降ってきたのは「Esc」であった。見事に、夫婦二人を直撃した。二人は四角い枠の中に斜線が入った形になり、永遠に「脱出」できないオブジェと化した。

 次第に街はプラスチックのキーで埋まり、住民たちは、顔も分からないただの文字の形をした置物として並んでいる。

「Delete」キーが一つ、地面に落ちた。

 誰もそれを拾わない。ある者は街を捨て、あるものはただ動けずにいる。

 今日もラジオの声だけが、静かな街に響く。

「明日の天気は『テンキー』です。Deleteの降落確率は……。それでは良い一日を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テンキー予報 (👊 🦀🐧) @Dakamaranokina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画