金魚のお墓の訪問者

浅川 六区(ロク)

金魚のお墓の訪問者

六月のある朝。

いつもの通り登校すると何やら教室内が騒がしくなっていた。


教室内の後方にクラスの男女数名が集まり、何やら話し込んでいる。

ある者は腕を組んでいたり、またある者は悩ましい表情で首を傾げていたりと穏やかではない様子。


ボクは自席の近くにいた夏子に訊ねた。

「あの喧騒な界隈、どうしたの。何か事件でも?」


夏子も遠目からだが心配そうにしていたうちの一人だ。

「私も今来たばかりだから詳細は入手していないけど、聞こえて来たのは『教室内がピカピカに掃除されている』と言うことらしいよ」


うちの高校では「情報通」として知られている夏子でさえも、事件発覚からまだ時間が経っておらず正確な情報は入手していないらしい。


一瞥いちべつすると七瀬がその界隈の中心にいたので、ボクは席を立ち、話を聞きに渦の中へ近づいた。


 弓木七瀬は、我が幽霊列車クラブの副部長を務めていて、今までにも学校内外で起こった数々の事件を解決して来ている。そして自称だが『学校一可愛い女子高生名探偵』とのことだ。


「七瀬、何かあったの?」


七瀬はボクに振り返り「見てよこの教室―」と云い手を大きく広げて教室内を示した。


 確かにいつもより綺麗に掃除がされている。埃など隅々まで拭き取られていて、ロッカーの上や窓の下など細かいところまで掃除が行き届いていた。床に至ってはピカピカに光っているかのようだった。


「ね。教室内が眩しいくらいピカピカに掃除されてるでしょ。この事件、

ロクはどう思う?幽霊列車の部長として」


 七瀬はボクの顔を覗き込むように云った。口角も上がっている。


 幽霊列車クラブ。

 そう。ボクこと浅川ロクが部長を務めるこのクラブは、その名称こそ、『幽霊』だとか『列車』だとかが入っているが、中身はよくある普通の探偵部だ。


「七瀬、事件って言っても、ただ教室が綺麗に掃除されているだけじゃないか?それを大袈裟に事件って」


「事件は事件だよ。じゃあ誰がここまで綺麗に掃除したって言うの?

 掃除して綺麗にしてくれたのだから悪い事ではないよ。でも不可解な事件には変わりないでしょ」


 まあ確かに。教師からの指示があったとか、何らかの事情があって清掃業者が入ったのならまだしも。こんなに床がピカピカになるまでモップがけがされているのは

確かに不可解だ。


 そうこうしている内に、クラスメイトが続々と登校して来た。

二花にちかとユウタも席に座り、カバンを後方の個人ロッカーに格納する。


七瀬が二人に近寄りこの状況を説明した。


「へえー、そう言えばホントに床がピカピカだね。すっごい、教室全体が綺麗になってる」二花は、少し声を高くして驚いている様子だ。


 ユウタは「掃除されているのが事件なのか?」と、反応は薄い。


 

 渦中から離れた窓際に幽霊列車クラブの最後の一人、五村いつむら里美が座っていたが、里美についてもこの騒ぎには全く興味がなさそうに自席で文庫本を開いていた。いつもと変わりない平常運転だ。


 教室前方にある時計の針は、ホームルームが始まるまでまだ時間がある事を示していた。七瀬がボクら部員を里美の席の周りに集合させた。




 里美の席を取り囲むように五人の部員が集結したのをきっかけに、里美は読んでいた文庫本に、書店で買った時のレシートを栞としてスッっと挟み、パタンと本を閉じた。



 二花が里美の指を見て気が付く。

「あれ?里美、どうしたのその指の包帯…。怪我した?」


「あ、うん…ちょっとね」と云い、里美は慌ててその包帯が巻いてある方の手をサッと引っ込めた。


「里美、大丈夫か?怪我?」ボクも心配で声をかけた。


「ありがとうロク君。心配してくれたんだ。私いつもぼんやりしてるから、へへっ」っと里美は微笑んだ。


 七瀬が里美の言葉を途中で遮るように、その場を仕切る。

「と言うことでー、この事件はウチら幽霊列車で引き取ることになりました。みなさん一つ宜しくお願いします」


 七瀬の言葉にユウタが首を傾げる。

「だから『この事件』って…、教室ピカピカ事件ってこと?これってそもそもが、

事件なの?」


 これには七瀬が熱量を上げて即答する。

「あのねえー、アホのユウタ、よく聞いて。六月もあと数日で終わろうとしてるでしょ。その少ない脳ミソで思い返してみてよ。今月は大した事件もなく、このまま七月になっちゃうじゃない。そしたら今月は報告書に書ける程の活動がない訳よ。だからどうしても今月は一つの事件が必要なの。ドドーンっていう打ち上げ花火みたいな大きいヤツが。分かるでしょ」


 なるほどそれでか。ボクも合点がいった。


 我が幽霊列車は「クラブ」として学校側へ申請は出しているが、まだ正式な認可は降りていない。

一年間、毎月の活動報告書を見て、生徒会が判断した上で正式なクラブに昇格するか否か。今はその監視下にあるのだ。



「解明出来そうなの?その教室ピカピカ事件の謎」二花があらためて訊ねる。


「二花っち、まだ思考は開始してないけど、まあ今日中には事件の輪郭だけでも見えるようにしたいと思ってるんだ」七瀬はニヤリと口角を上げた。



 その日の昼休み。



 ボクは七瀬に呼び出されて図書室にいた。

「どした七瀬。急に呼び出して。教ピカ事件の謎が解明出来たのか?」


「まあね。隣のクラスも含めて結構多くの生徒らから聞き取り調査もしたり、あとは夏子の情報網を使わせてもらって色々と調べてもらったりして」


「ほう。それで夏子は何て」


「うん。夏子が仕入れた情報ではね、先ずこの教室が清掃されたのは、昨日の十六時から十九時頃だろう。って。うちの学校、十九時には施錠されて校舎全体にセキュリティがかかるから、その三時間しかないって。」


「そう。それで夏子がね、教ピカ事件には関係ないかもしれないけど…って前置きを

して、面白い情報を教えてくれたの」


「面白い情報?」


「昨日の十八時半過ぎ頃らしいんだけど、女子バスケ部の部員がまだ体育館で練習していたらしくて、その横を通り過ぎて体育館の裏手に歩いて行く女子が一人いたんだって」


「体育館の裏手?あそこは何もない場所だよね。その女子は何をしにそんな所に行ったんだろ」


「夏子が言うには、その女子は…小さな白い紙にね、何かを大事そうに包んで持っていたんだって」


「体育館の裏手に、小さな紙に包んだ何かって…。小さな白い紙か。女バスの部員らはその女子の顔は見てないの?人物特定は?」


「外も結構暗くなっていたらしくて、顔までは見えなかったんだって。でも私もさっきもう一度、女バスの子らに訊きに行ったんだよ。そしたらやっぱり人物特定までは出来なかったみたいだけど、その女子が着ていた制服の胸元のリボンの色は見えたって証言をもらえた」



「制服のリボンの色…」



 我が校は、学年によって制服の胸元リボンの色だったり、ジャージの色や上履きの先端の色が指定されている。


「それで、学年カラーは何色だったって?」


 七瀬は勿体ぶるよう唇を動かした。


「胸元のリボンカラーは、…ブルーだったって」


「学年カラーのブルーはボクたちと同じ二年生か」


「うん。体育館から漏れた光で、ちらっと見えた足元の上履きの先端もブルーだったらしいの。これで色々と見えて来たわ」七瀬はふっと息をついた。


「その女子が行った体育館の裏も調べたんだよね?」


「もちろん調べたわ。その女子が体育館の裏で何をしたんだろうって。

二時限目の休み時間に行って見て来たら…、あったの」


「何が?」


「新しい土が掘り起こされて、こう盛り土って言うのかな…」


 と云い七瀬は両手で小さな山を表現した。


「それって」


「そう。何かのお墓だと思うの」


「その大きさだと…。そうか、小動物系というより、もっともっと小さい…小鳥とか、例えば小魚とか」



「そう。例えば金魚とかね」



「なるほど金魚か。うちの教室にも後ろのロッカーの上に大きな水槽があって、中に沢山の金魚が泳いでいるから…例えばその中の一匹とか?」


「うん。私もそこに辿り着いた。その中の金魚の、例えば一匹がお亡くなりになって、そのご遺体を二年の女子が小さな白い紙に包んで、体育館の裏手まで運んで埋葬した。とかね」


 断片的だが情報が三つ揃った。


 1、昨日の放課後、誰かが教室内をピカピカに掃除した。


 1、昨日の放課後、二年の女子が小さな白い紙を折り畳む様に持って体育

          館の裏手に歩いて行った。


 1、昨日の放課後、体育館の裏手にお墓のような小さな盛り土が作られた。



 七瀬が云う。

「その路線で考えると、誰がなぜ教室の掃除をしたか。とか、体育館の裏手で盛り土を作った理由とか。盛り土は、うちの教室にいた金魚のお墓という可能性も見えて来るし。うちの教室の金魚がお亡くなりになったとしても、なぜその女子が埋葬しなければならないのかとか。全部一つのストーリーに繋がるんだよね。この推理が正しければ。その犯人はおそらく…あの子」



「七瀬ならそう推理するだろうと思ったよ。ボクはまだピースが揃ってないから、

犯人特定までは難しいと思うんだけど…」


「そうかな。もうこれだけあれば十分だよ。真相をあの子に確かめても良い?それとも、このまま逃してあげるの?」


「逃す?教ピカ事件は、一応クラスのみんなも不思議がってたわけだし。真相は解明したいよね。真相を訊くつもり?」


「うん。もう手札は揃った」犯人を糾弾するという最終作業を、七瀬は実行すると云った。



―――



 その日の放課後。

 七瀬は、うちのクラスの女子の一人を校舎の屋上に呼び出した。屋上から見下ろす校庭は、大きな陸上用のトラックがあって、その中央にはサッカーやソフトボールなど、球技系のクラブが練習していた。敷地の境目には花壇が見える。もうすぐ六月も終わり、夏本番になると強い日差しをいっぱいに浴びて、この花壇には大きな向日葵たちが咲き誇る。そのまま視線を右に動かすと、クリーム色をした建物が見える。

 それが体育館だ。今日も女バスが練習をしているのだろうか。

 ドムドムドムドムっ…と、バスケットボールを突く低く鈍い音が聞こえて来る。



 弓木七瀬と五村里美。

 制服姿の二人の女子の胸元には、ブルーのリボンが風で揺れていた。

 今年の二年生に与えられた学年カラーの、綺麗なブルーだ。


「里美、ごめんねー。屋上なんかに呼び出したりして」


「ううんっ。大丈夫」


「今日良い天気だよねー」


「うんっ。ほんとっキレイな青空だよ。風も気持ちいいし」里美の右手の指には包帯が巻かれていて、反対の手には文庫本を持っていた。



「里美って、ほんとに本が好きだよねー。いつも持ち歩いてるよね」


「うんっ」里美は小さく頷いてクスッと微笑んだ。


「えーっと…ミステリ小説だっけ?」


「うんっ。もちろんミステリだよ。私も幽霊列車の部員だもん」


 七瀬は、里美が手に持つ文庫本を覗き込むように問いかけを続けた。


「その本、今その本どのくらいまで読み進んでるの?半分くらい?」


「どのくらい?って」


「その本に挟んである栞、ちょっと見せて欲しいんだけど。良い?」と云い、七瀬は里美の持つ本に挟んであった栞のレシートを受け取った。



「なるほど。アガサ・クリスティか」と、七瀬は里美が栞として使っていたレシートに印字されていた著者名を声に出して読み上げた。


「うんっ。女流ミステリ作家の中で一番好きな作家さんなの」


「なるほどね。ということは、今里美が読んでいる本も、この栞のレシートに印字されてるアガサの…ってこと?」。


「そうだよっ。アガサ先生のブルートレイン殺人事件」と云い、持っていた本を七瀬に「確認しても良いよ」と云い笑顔で差し出した。七瀬はレシートに印字されている本の著者名や著作名と、里美の差し出した文庫本の表紙を見比べた。


 どちらも「アガサ・クリスティ、ブルートレイン殺人事件」に間違いはなかった。


 七瀬が里美に問う。


「里美、ごめん…このレシートの…匂いを嗅いでも良い?」


 里美は一瞬驚いたが、すぐに小さく笑いながら答えた。


「匂い?嗅いでも良いけど…」



 七瀬は、里美が本の栞として使っていたレシートを自分の鼻先に近づけて、

 クンクンクンクン…と、犬の様に匂いを嗅いだ。

 その瞬間、「うわっ」七瀬は顔を歪ませてレシートを顔から離した。



 十六時半過ぎ。

 昨日のあの時間と同じ時刻だ。七瀬は『コホンっ』と一つ咳払いをした。


これは、探偵が容疑者を全員集めて謎解きを披露する前に必ず行う古典的な所作だ。


「里美、私の謎解きショーを聞いてくれる?」容疑者は、今は目の前に里美一人しかいない。  


 里美が頷くのを待ってから七瀬が再び話を始めた。


「先ず犯行時刻は昨日の、ちょうど今頃かな。クラスの全員が帰宅した後の十六時過ぎだよね。その時刻に里美は一人だけ教室に残っていた。その時、何らかの事故があって水槽を割ってしまった。割れた水槽からは水が溢れ出してしまい、教室が水浸しになってしまった。とは言ってもあの位の大きさの水槽だから溢れた水の量だってそんなに大量ではなかったと思うけど。驚いた里美は、溢れた水槽の水を拭き取らなければならないから、急いで清掃用具置き場からモップを持って来て、拭き掃除をした。この時里美の気持ちの中には、これらの事実を隠そうという気持ちがあったんだと思う。水槽の周りだけ掃除をするとそこだけが綺麗になってしまい逆に目立つから、教室全体を隈無く掃除したんだと思う。

 だって、木を隠すなら森の中だもんね。

 次に里美は割れた水槽をどこかに隠して、昨日のうちに同じ大きさの水槽を新しく買い直した。でも問題が起きた。それは、水槽が割れた際に、中にいた金魚が外に飛び出してしまい、一匹がお亡くなりになってしまったんだ。心優しい里美は、お亡くなりになった金魚のご遺体を体育館の裏まで持って行って、小さなお墓を作って埋葬してあげた。

 その時…、その本に挟んであった栞代わりのレシートに包んで金魚を運んだ。その証拠に、そのレシート、今匂いを嗅がせてもらったら、ちょっとだけ…生臭かった。それと金魚を包んだ様な水に濡れた跡もあった。

 そして最後の決定的な証拠はその右手の指の包帯だね。

 それは多分、割れた水槽のガラスを片付けている時にうっかり指を切ってしまったんじゃないかな。つまり里美は、隠蔽工作と言ったら大袈裟な表現になってしまうけど、まあ…そういうコトをした。これが、私が推理した『教ピカ事件』の真相なんだけど、どう?どこか違ってた?」


 里美は、七瀬の謎解きショーを最後まで聞き終わるとゆっくりと口元をだけを緩ませて、ほほ笑んだ。

 少しの間が空いてから、言葉を選ぶようにゆっくりと声を発した。


「七瀬ちゃんの推理はいつも鋭くて、ギュギュッとエッジが効いた切れ味で、凄いです。その推理っ、全部大正解です。バレちゃいました。へへへっ」


「本当に?」


「うんっ!『教室ピカピカ事件』の犯人は私、五村里美ちゃんでしたー。ごめんなさい」そう云うと里美はコクンっと頭を下げた。






――――





時刻は十九時


「里美ごめんね。こんな時間に呼び出したりして」



 ボクは里美に話したいことがあると云い、噴水のある公園に呼び出した。


 学校から駅まで続く道の途中に大きな市民公園があって、その片隅に噴水があることからボクらはここを「噴水の公園」と呼んでいた。

 里美は噴水近くの木造ベンチに腰を下ろしてボクを待っていた。噴水からは常に水が溢れ出していて、辺りが暗くなるとセンサーが自動で作動して綺麗な青色のライトアップがされる。今から少し前、照明のセンサーが作動して、青色でキラキラとした光が水飛沫に反射していた。


「ロク君。あのね、今日は放課後に七瀬ちゃんにも呼び出されたんだよ。私って人気者だよね」里美はへへへっと笑った。


「七瀬からさっき聞いたよ。里美が『教ピカ』の犯人だったって。七瀬の推理が全部正しかったってことも」


「うんっ。私が犯人なの。でも『犯人』って呼ばれるのはちょっと寂しい感じもするけどね。それで、ロク君が『犯人って特定された私』を呼び出してまでする話って、

なあに?」


「ごめん。何度もおんなじ話を訊いたり、呼び出したりもして…」


「ううん。それは良いの。ロク君になら何度呼び出しされても…いつでも嬉しいからウエルカムでーす」


「……」


「でも…、いつものロク君となんか違うっ。今のロク君、怖い顔してる…。

私今から怒られるの?」



「ボクは里美を怒ったりなんかしないよ。大丈夫。でも今回の事件は、あまり良いやり方じゃなかったよね」


「……」


「ねえ里美。もう良いんじゃないの?その包帯を解ほどいても」



「…ロク君はやっぱり気が付いてたんだね」そう云うと里美は、右手の指に巻いていた包帯をスルスル…と解き始めた。


指は怪我をしていなかった。細くて、白くて、キレイな里美の指があらわになった。



「今回の教ピカ事件の真相だけど、ボクの推理を話しても良いかい?」


「うんっ。聞きたい。話してー」

ボクは途中のコンビニで買って来た、夏期限定の細長チョコクッキーを取り出し、

里美に差し出した。


 里美は、ありがとうと云い受け取った。

 陽が沈んだとはいえ、六月の高い気温のせいでチョコの部分は溶けていたが、里美は気にする様子もなく封を切って中から一本取り出し、パフっと口に咥えた。


「それで、ロク君はいつから気が付いていたの?私の指が本当は怪我なんかしていないってこと」里美は、ライトアップされた噴水から溢れ出す水飛沫の青い光に顔を向けながら云った。



「最初は気が付かなった。里美の指の怪我を心配してたんだよ。

七瀬が、里美が本に挟んでいた栞のレシートの匂いを嗅がせてもらうまでは」


「レシートの匂い?これ?」


「そう。そのレシートだけど『生臭くて魚を包んだ様な匂い』がしたって言ってた」


「うんっ。だってそれは、昨日金魚を包んで運んだから…」



「違うでしょ。もしも昨日、里美が本当にそのレシートで金魚を包んだとしたら、そんな…死んだ金魚を包んだレシートを、次の日も本に挟んで栞に使うわけないでしょ?金魚を包んだのなら、そんなレシートはすぐに捨てて、違う栞を使うでしょ」


「……」




「どうする里美?『コホンっ』て、咳払いを一つしてから真相解明ショーを始めようか?」ボクがそう訊ねると里美は笑顔で云った。


「もちろんっ。それは探偵が謎解きをする前の、古典的なお決まり事だもん。お願いしたいですっ」



「わかった。では……コホンっ」ボクは右手で軽く拳を作り口元に当てて、小さな咳払いを一つした。里美はパチパチパチパチ…と指先だけの小さな拍手をしてボクの言葉を迎えた。



「まず…、里美は昨日の放課後教室に残って、みんなが帰るのを待った。

 時刻は十六時を過ぎた頃かな。最後まで談笑していた夏子と菜々美が教室を出たところで、ようやく誰もいなくなった。里美は誰もいなくなった教室で何をしたか。

 そう掃除用具置き場からほうきとモップ、バケツ、それと雑巾を持って来たんだ。これから教室をピカピカに掃除するためにだよね。

 ここまでは七瀬の推理と同じかもしれない。でもここからが違う。

 この時、教室の水槽は割れていないから、本当は教室を掃除する理由なんてなかったんだ。だから当然水槽の中で泳ぐ金魚たちも床に飛び出して死んでいるはずもない。それでも里美は掃除を始めた。モップで教室の床を丁寧にピカピカになるまで磨いて、モップが届かない角や細かい部分などは雑巾で吹き上げていった。たった一人で教室中をあれだけ綺麗にしたんだから、結構な時間がかかったと思うけど」


「…うんっ。二時間もかかっちゃった」里美はへへっと笑う。


「二時間か…大変だったね。すると掃除が終わったのは…十八時半頃かな」


「うんっ」


「なるほどやっぱり十八時半頃か。…掃除が終わると次に里美は、文庫本に挟んであった栞代わりのレシートを抜き取り、あたかもそこに金魚が包んであるかのような膨らみを作って緩く折り畳んだ。実際には金魚なんて包んでないけどね。里美はそれを持って体育館の裏手まで歩いて行くんだけど、その前に制服のブルーのリボンのヨレを指先でぎゅっと抑えるように直して真っ直ぐに整えたんだと思う。そして念の為、上履き先端のブルーの色もはっきりと見えるように、ハンカチで拭いて色を目立たせたりもした。それは自分が二年生の女子だと認識してもらえるようにするためだ。

 あの体育館の格子戸の位置は低い所にあるから、中で練習する女バスの部員から、里美の顔は見えない位置にあるからね。それも事前に試していたから知っていたんだと思う。そして歩く姿勢も、手に持っている膨らみを付けたレシートを自分の前に突き出すように、目立つように持って体育館の横を通り抜けた。

 体育館の中では、その時間は女バスの部員がまだ練習していることも事前に知ってた。女バスの部員には、裏手に歩いて行く自分を現認してもらい『目撃者』になってもらう必要があったため、体育館の横を通り過ぎる時はゆっくりと歩いたんじゃないかな。そして里美は体育館の裏手まで行くと、落ちていた木屑で土を掘り起こして盛り土を作った。もちろんそこに金魚は埋葬されていないけど、あたかも金魚が埋葬されているように見える大きさの盛り土を作った。手に持っていたダミーのレシートは、元々何も包んでいないからそのままスカートのポケットの中にしまった。これで、学校で行う偽装作業は全て完了した。

 思ったより教室のモップがけに時間がかかり過ぎてしまったせいで、時計を見ると十九時少し前だった。校舎が施錠される十九時ギリギリだよね。そして最後の仕上げは指の包帯だ。怪我もしていない指に巻くんだけど、これは家に帰ってから巻いたんだろう。水槽が割れて片付けた時に誤って指を切ってしまったという「架空の出来事」を、…七瀬にミスリードさせるように、包帯を巻こうと考えたんだよね。

最後の仕上げは栞のレシートだね。レシートが生臭かったのは、多分…」


「うんっ。水槽の中から金魚さんをちょっとだけお借りして、レシートに乗せて、またすぐに水槽に戻してあげたの」


「レシートに魚の生臭い匂いを付けるためにでしょ」


「うんっ。だって七瀬ちゃんはきっと、『レシートの匂いを嗅がせて』って云ってくるだろうと思ってたから」


「そこまで想定してたなんて、さすが里美だよね。…でも、これが教ピカ事件の、

本当の真相でしょ」ボクがそこまでを云い終えると、

里美は嬉しそうな笑顔で「うんっ」と大きく頷いた。


 ボクは里美に『なんでこんな事をしたのか』とは訊かなかった。


 里美の気持ちを全部知っていたから。




 里美はこの教室ピカピカ事件の台本を一人で描いて、全て一人で実行した。


 それは二つの大きな目的があったからだ。


 一つ。


 「学校一可愛い女子高生名探偵」だと自称するする弓木七瀬に、解明が困難な謎を用意して誤った推理をさせることだった。里美が企てたこの「教ピカ事件」という不可解な謎の真相を、七瀬は解明することが出来るだろうか。それを試してみたかったのだ。結果はもちろん里美が勝利した。七瀬は、里美が仕掛けたトラップに見事に引っ掛かったのだ。

 そう思うだけで里美の気持ちは晴れやかになった。


 そして二つ目。


 里美は嘘の包帯を指に巻くことで、ボクが里美の怪我に心配する姿を、

七瀬に見せつけたかった。と里美はボクに意地悪な顔で教えてくれた。


―――


 六月の最終日。教ピカ事件の謎は全て解決したが、

 ボクと里美は、七瀬には『真相』を話さないことにした。

 クラスメイト向けに公表した理由は『里美が誤って水槽を割ってしまい、その清掃作業を念入りにやり過ぎた』と嘘の説明をした。



 七瀬は二花やユウタに、

「また事件を一つ解決しちゃったよー」と顔をほころばせて話していた。




 里美は、周りの誰もに聞こえないような小さな声でボクに云った。

「ねえロク君。明日、七月一日でしょ。私たちが付き合い始めてちょうど一年になることを、もうそろそろ…みんなに公表しても良い?」


 ボクは首を横に振った。


「そしたら…七瀬ちゃんだけには云っても良い?」


 ボクはもう一度首を横に振った。


里美は憮然とした表情のまま、ぷいっと窓の外を向いてしまい、何も云わず手に持っていた文庫本を開いた。


 ボクは、付き合い始めて一年記念のプレゼントとして、アガサ・クリスティの小説を用意していた。


 みんなの前では渡せないから、里美をどこか人気のない所に呼び出そうと考えた。そうだ、あの場所が良い。


「なあ里美、昼休みに…金魚のお墓参りに行こうか」



「うんっ。行く!二人だけで行こっ」里美はボクの手を握って来た。



里美の発した大きな声に気が付き、クラスメイトらはこちらを見た。

その中にいた七瀬もこっちを見ていた。



ここまでが……里美の描いたシナリオだったようだ。


                             Fin

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金魚のお墓の訪問者 浅川 六区(ロク) @tettow

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