亜人の里

 里の中央にそびえ立つ巨木まで、あとわずかの距離に迫った時のことだった。  

 二人の目の前に突如として粒子が集まり、眩い光が人の形を形成した。


「っ! これは、精霊……!?」


 アーデルハイトが思わず身構える。  

 完全に人の姿をとったその精霊は、アレスを見据えるなり、猛烈な勢いで彼に抱きついた。


『アレスちゃんお帰りぃ~っ! もう、こんな時間までお外ほっつき歩いて、どこに行ってたの!』


「母上、ただいま戻りました。何度も申し上げていますが、急に抱きついてくるのはやめてください」


『もうっ! 母上じゃなくてママって呼びなさいって言ってるでしょっ!』


 精霊といえば、物語の中では威厳に満ちた不可侵の存在として描かれるのが常だ。  目の前のあまりに世俗的で親馬鹿な振る舞いに、アーデルハイトはただ唖然とするしかなかった。


『でもねアレスちゃん。どうしてここに生臭い下等生物を連れてきちゃったの? ママ、鼻が曲がっちゃいそうよ』


「申し訳ございません。こいつは分不相応にもジャイアントウルフと戦闘を行い、あろうことか森の木々を焼きました。すでに鎮火は済みましたが、処罰の判断は俺では致しかねるため、母上の元へ連れてきた次第です」


『なるほどねぇ……』


 急に真面目な口調になったアレスと精霊を前に、アーデルハイトの緊張は最高潮に達した。この精霊が、自分の——ひいては小隊や国の責任を決定するのだ。


「ひとまず、大樹に行きましょう。こんな道の真ん中では、落ち着いて話も出来ません」


『そうね、行きましょう。人間、ついてきなさい』


 大樹の内部は、まるで巨大な大聖堂のような構造になっていた。入り口を抜けた先にある礼拝堂には、ステンドグラスから差し込む光が煌びやかに降り注ぎ、空間全体を照らしている。


「光が……。ここは、本当にあの大樹の中なのですか……?」


「貴様の足で歩いて入ったのだから、当たり前だろう。この光は大樹が発している生命力マナだ。有り余る生命の力を、こうして光として分け与えてくれているのだ」


生命力マナ……?」


『アレスちゃん、人間が知っているわけないでしょう? 私達よりも学が無いのだもの。なぜ権能ギフトが生まれるのかすら、知らない生物なのよ』


「なぜ、権能ギフトが生まれるのかをご存知なのですか!?」


 己の置かれた状況も忘れ、アーデルハイトは目を輝かせて精霊に問いかけた。  権能ギフト。それは胎生生物が生まれ持つ特別な能力。アーデルハイトは『戦士』と『剣士』という、人間史上初となる二つの権能ギフトを宿しており、長年その謎について知る者を渇望していたのだ。


「教えると思っているのか? そんなことよりも本題に移る』」



 当然のように一蹴され、大聖堂は静寂に包まれた。  

 先ほどまでの暖かな光さえ、今は冷徹な緊張感を孕んでいるように見える。


『我はこの魔植ましょくの森を治める高位精霊、ラズリア=レオノール=エスターライヒである。そして、この男が我が息子、アレス=エスターライヒだ』


 アーデルハイトは膝を地に突き、最敬礼を捧げた。対するアレスは立ったまま、会釈すらしない。


『さて、人間。先ほどアレスから聞き及んだ内容は事実か?』


「王都守護騎士第三小隊隊長、アーデルハイト=フォン=フォレスティエと申します。はい、ご子息の仰った通りです。我々は魔植の森調査のため侵入し、不始末から森の一部を焼失させました。いかなる処分も受ける所存です」


『嘆き悲しんだ木々の代償が、貴様一人の命で済むと思っているのか? 生温いな。貴様の国を落としても足りないくらいだ』


「母上、こいつらは調査の名目で森に入りました。これは我らに対する宣戦布告とも取れるのではないでしょうか」


「なっ、そんなことはありません! 先住の民がいることを国に伝え、二度とこの森に危害を加えないよう進言します!」


『たかが小隊長で、何が進言できるというのだ』


「私は! 現国王ハビエル=フォン=フォレスティエの次女です! 国に進言する権利は、いくらでもあります!」


 現国王の次女。その言葉を聞き、ラズリアは面白そうにアーデルハイトを見つめた。


『……アーデルハイト、と言ったか。カルロスという名に覚えは?』



「カルロス……カルロス=フォン=フォレスティエであれば、我が家系の始祖ですが……」


『ふふふ、やはりそうか。始祖の名をご存じなのは何故か、と言いたげな顔ね。なに、気まぐれに助けたことがあってな。もう数百年も昔のことゆえ、今の今まで忘れていたわ』


「助けた……? お師匠様……?」


 驚愕する二人を前に、ラズリアは静かに微笑み、遠い日の記憶を語り始めた。




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