第5話 調査隊上陸 ――報告者、ただ一人


王国調査隊は、三隻の船で流刑島へ向かった。


名目は「反乱鎮圧」。


その実態は「責任の押し付け合い」だ。


編成は簡素だった。


正規騎士二十名。

魔導士三名。

監察官一名。


――本気で危険だとは、誰も思っていなかった。


「看守が囚人に殺られただけだろう」


船上で、誰かが笑った。

それだって大事なのだが。


「どうせ島の半分は餓死してるさ」


その認識が、最後の軽口になる。


上陸は、静かすぎた。


本来あるはずの見張り塔に、人影がない。

狼煙も、鐘も鳴らない。


「……不気味だな」


監察官が呟いた、その直後。


「止まれ」


声がした。


岩場の上。

十数人の男たちが立っている。


粗末な囚人服。

だが、姿勢は揃い、目は死んでいない。


「この島は、王国の管轄だ!」


騎士団長が叫ぶ。


「反乱を起こした者は、武器を捨てて投降しろ!」


返事はなかった。


代わりに、一人の男が前に出る。


「――報告」


短い言葉。


次の瞬間、調査隊の後方、船着き場が消えた。


爆音もない。

ただ、地形ごと潰れた。


「な……っ」


騎士が振り返る暇すら与えられない。


「散開しろ! 魔導士、結界を――」


言葉は、途中で途切れた。


団長の胴体が、上下に分かれたからだ。


その後の戦闘は、戦闘と呼べなかった。

剣は折れ、魔法は発動前に潰され。

悲鳴は音になる前に消えた。


敵は一人。


否――

それ以外が、戦力にならなかった。


最後に残ったのは、監察官だけだった。


腰が抜け、動けない。


その前に、男が立つ。


黒髪。

無表情。

血一滴、付いていない。


「……名は」


男が尋ねた。


「ひ、ヒルデス……監察官ヒルデスです……!」


「そうか」


興味なさげに頷く。


「帰れ」


「……は?」


「報告役が必要だ」


監察官は、理解した。


自分は選ばれたのではない。

生かされたのだ。


「王国に伝えろ」


男は、淡々と言う。


「流刑島は、俺の領土だ」


一歩、近づく。


「次に来るのは、調査隊ではなく――」


監察官の耳元で、低く囁いた。


「覚悟を決めた軍で来い、とな」





王国に戻ったヒルデスは、三日間、言葉を失った。


四日目。

王城で、震える声で報告した。


「……島には、人ではないものがいます」


宰相は、笑おうとして失敗した。


「馬鹿な」


「いえ、違います」


監察官は、真っ直ぐ言った。


「彼は、意志を持った災害です」


部屋が、静まり返る。


その報告書の末尾には、たった一文だけが記されていた。


《流刑島は、魔王によって統治されています》



その頃。

島の岩山で、マシロは海を見ていた。


「……伝わったな」


背後で、元兵士の部下が言う。


「次は、どうしますか」


マシロは、少しだけ考えた。


「王国が選ぶ」


振り返る。


「跪くか」


目が、冷たく光る。


「滅びるか」


マシロは、戦争を望まない。

だが――

戦争が来ることを、止める気もなかった。

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