ホモサピエンス!
その日の夜のことである。
俺は自室のパソコンの前で絶句していた。
写っているのは配信サイトの配信画面。
『俺の嫁はお前だけ』の特番であり、そこでは宮本含めキャスト陣やら司会のアニメ好き芸人が軽快なトークを繰り広げる特別番組になる、はずだった。
『ちょっ、ちょ、ちょ、ちょちょちょ、チョモランマ!』
『あ、あの宮本さん?』
『ホモサピエンス!』
宮本の意味不明な回答に対し、関西訛りの芸人が困惑の表情を浮かべた。
現在、番組の中のクイズの時間。主人公が好きな食べ物は? という問いに対し、宮本が答えた答えがそれだった。
キャスト陣含め、コメント欄にいるリスナー全員が困惑していた。
すると事態の異常さを理解したのだろうか、司会のお笑い芸人がスタッフに指示を出した。
『えー。宮本さんは体調が悪いようですので、ちょっと休憩していただきましょうかねー。宮本さん、大丈夫ですか?』
『エッフェル塔!』
『はい。スタッフの方、宮本さんをお願いしますねー。それでは、次のクイズに行ってみましょう。こちらです! どどん!』
そうして宮本はスタッフに引き連れられる形で画面外に退出して行った。
宮本が、あの宮本がおかしかった。
俺はすぐさまスマホを取り出し、番組のハッシュタグで検索してみれば、その話題で持ちきりだった。
いわく「宮本さんが狂った!」、「なんだあれ?」、「宮本さん大丈夫かな?」などなど、宮本の様子を心配する声があった。そしてそれは、コメント欄にいるリスナーも同じであったらしく、コメント欄が荒れていた。
俺は深呼吸をすると、配信画面を切り、そのままパタンとパソコンを閉じた。
なにやら見てはいけないものを見た気がしていた。
俺は心を落ち着けるため、手元にあった声優雑誌を手に取った。今月の巻頭カラーはあの宮本夜中であり、ロングインタビューが掲載されているのだ。
Q.個人的な格言などはありますか?
A.「この世は舞台。人は皆役者」という言葉です。その通りだなって、学校生活を送っていると思います。
Q.苦労なさっているんですね
A.どういう意味ですか(笑い)
Q.それでは最後に、ファンの皆さんに向けて一言どうぞ
A.いつも応援してくださってありがとうございます。皆さんに素晴らしい作品を届ける一助になればと思い、このお仕事をしています。どうぞこれからもよろしくお願いします。
そこで俺はパタンと雑誌を閉じた。
気分を変えるために雑誌を開いたわけだが、また再びあの特番を見る気にはなれなかった。
仕方なく俺はスマホを取り出し、ASMRを聞くためにアプリを立ち上げた。むろん、聞くのは宮本夜中のASMRである。一瞬、別の女性声優にしようかと思ったが、なんだかこのままあの宮本夜中の姿を目に焼き付けたまま寝てしまうと、彼女に対するイメージが変わってしまいそうで嫌だった。
そうして俺はASMRのアプリを立ち上げたのだが、そこでイヤホンがないことに気が付く。
はてどこにやっただろうかと思っていると、思い出した。制服の内ポケットだ。
なので俺は立ち上がり、制服を吊り下げているラックまで移動するとブレザーの内ポケットに手を突っ込んだ。そうしてお目当てのイヤホンを取り出そうとして、なにかが指先に当たった。
あん? となって取り出してみれば、それは落とし元として届けようとしていた手帳であった。
「……忘れてたな」
手帳を落とし物として届けるのを忘れていた。
そんなことを思いながら俺は、手帳をブレザーの懐に再び仕舞い込み、代わりにイヤホンを取り出した。そうして耳に装着して宮本のASMRを再生すれば、あまあま癒し系のシュチュエーションボイスが耳に流れてくる。
そうして俺は宮本のASMRを聞きながら、ベッドの上に寝転んだ。
ああ、最高だ。女性声優のASMRはほぼほぼ麻薬である。
そんなことを考えながらイヤホンの奥から聞こえてくる声に背筋をぞくぞくさせていると、ふいに睡魔に襲われた。
そしてそのまま俺は、甘い宮本の声と共に眠りに落ちた。
が、思えばだ。思えばここまでだったのだろう。俺が宮本夜中を女性声優の幻想と共に見れていたのだ。この翌日、俺の幻想は見事に打ち砕かれることになったのだ。
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