ジョ、ジョセイセイユウ!
お昼の教室は喧騒に包まれていた。
教室、廊下側の席。後ろから2番目の席にて、俺は頬杖をつきながらその光景を眺めていた。
教室の中央には人だかりができている。男子もいれば女子もいる。そういうグループだった。
その中心にいるのは、宮本夜中だ。
彼女は周囲に笑顔を振り撒きながら、あれこれとお喋りを楽しんでいた。
「なあ、宮本。今日遊びにいかない?」
「あー、ごめん。今日はちょっと」
「仕事な感じ?」
「うん。そうなの。ごめんねー」
男子生徒の誘いに、申し訳なさそうな顔をした宮本。その様子を見ていた女子生徒が「あはは」と笑った。
「で、今度はなんのアニメにでるの?」
「言えないよ、もう」
「そこをなんとか」
「ダメですぅ」
と、宮本がわざとらしいアニメ声で言えば、どっと笑いが起こった。
宮本夜中は人気者だ。それは声優界だけではなく、クラスでもそうだった。
成績優秀で容姿端麗。クラスでは委員長をしているし、成績はトップクラス。
誰に対しても分け隔てなく接し、かと言ってその万能さゆえに引けをとって話しかけづらいということはない。みんなの宮本夜中であり、ともすればそれはidle的な立ち位置を確立している。
むろん、それは声優として見せる彼女の顔とは少し違っている。だがその節々に、その指先の所作に、女性声優としての宮本夜中が宿っているのだ。
俺はそんな光景から目を逸らし、ため息をついた。
そんな宮本と話せならいいな、とは思う。だが、それは無理な話だった。
彼女はクラスの人気者であり、いつも周りには人がいる。そんな彼女においそれと話しかけるなど、俺にはできなかった。なにより彼女は女性声優であり、女性声優を崇拝している俺からすれば、話しかけるのも恐ろしかった。
俺は再びため息をつくと、席をたった。そしてそのまま教室を出ていく。購買の混雑を嫌がって教室で時間を潰していたが、そろそろ空いてくる時間だろう。
なので俺は教室を出て廊下を歩いていたのだが、そこで後ろからなにやら走ってくるような足音が聞こえた。
その足音をしばらく聴いていののだが、ちょうど俺を追い越そうかというあたりでその歩調が歩みに変わった。
なので俺は気になって横を見てみると、なんとそこには、
「ジョ、ジョセイセイユウ!」
「え?」
宮本だった。宮本夜中がそこに立っていた。
俺が思わず、といった感じで立ち止まれば、宮本も釣られるようにして立ち止まる。
「え、なに?」
宮本は小首を傾げた。
「い、いや。別に」
「そう。変なの」
そう言いながら歩き出したので、俺もそれに釣られるようにして歩き出した。宮本と横並びの状態で廊下を歩くことになる。
いったい、いったいこれはどういうことだ。なぜ宮本は、俺の横を歩いているのだ。
そんなことに頭を悩ませていれば、宮本は聞いてきた。
「そういえばさ、なんで今日の朝、屋上にいたの?」
「屋上?」
「うん。告白されたとき、駆け抜けて行ったでしょ?」
そう言えば、忘れていた。あまりに衝動的な行動をしてしまったこともあって、俺の頭からすっぽりとその記憶が失われていた。
「い、いや、いきなり叫びたくなって」
言い訳らしい言い訳が思いつかなかったので言ってみれば、宮本は「あはは」と笑った。とても可愛らしい笑顔だった。
「あー。そういうときもあるよね。わかるわかる」
「え、わかんの?」
「もちろん。私もときどきやっちゃう」
俺は絶句した。だって、だってあの宮本夜中だぞ。女性生優の宮本夜中だぞ。そんな彼女がいきなり叫び出したくなるなんて、想像もつかない。
そんなことを思っていると、そこで宮本が手提げ鞄を持っていることに気がついた。
そのことが顔に出ていたのだろうか。宮本は「ああ」と頷いた。
「この後仕事だから、早退するの」
「ああ、なるほど」
先も話していたが、そういうことだったらしい。で、教室を出たところで俺を見つけ、今日の朝にあった出来事の理由を聞くために話しかけにきたらしい。
ただ、俺には宮本が早退してまで赴くその仕事とやらに覚えがあった。
「もしかして、夜の生配信のやつ?」
「え? 知ってるの?」
嬉しそうな顔をした宮本。思わず、俺の心臓がドキッと跳ねた。
「あ、ああ。知ってる。『俺の嫁はお前だけ』だっけ? 特番の」
「そうなの! それのお仕事で早退するの! え、もしかして杉本くんって、アニメとか観るタイプ?」
「ま、まあ。人並みには」
そう言ってみれば、宮本は嬉しそうに笑った。
『俺の嫁はお前だけ』とは今期やっている人気アニメである。その人気ぶりはなかなかのもので、今し方宮本が言ったように、特番が動画配信サイトで配信される程度には人気のアニメであった。
「杉本くんってさ、同じクラスだけど話したことないし、どんな人なんだろうって気になってたの。でもそっかー、アニメとか見る人だったんだ」
そう言われ、思わず俺は勘違いしそうになってしまった。そんな興味ある風な言い方をされては、俺に好意があるのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
「てことは、今日は同級生も見てくれるってことだよね」
「あ、まあ。そうなるな」
「やったぁ。嬉しいなぁ」
と宮本はニコニコと絵がを浮かべた。
そうやって俺と宮本はあれこれと話をしながら階段を降りていたのだが、しばらくののちに昇降口へと辿り着いてしまう。
すると宮本は軽く手を挙げ、
「それじゃ、私は帰るから。杉本くん、今日ぜったい見てね!」
「お、おう。絶対みるよ」
「絶対だよ! 明日、感想聞かせてね! それじゃ!」
と言いながら下駄箱に向かっていく。
俺は手を挙げて別れると、そのまま購買の方へ向かおうとした。
心臓に悪い。
クラスの人気者の宮本に話しかけられるのみならず、俺のような声優オタにとっては女性声優と話すなど、こんなにも緊張する瞬間はない。
と、そのときだ。
購買の方へ歩み出すためにきびつを返した瞬間、足先に何かが当たった。
そしてそれは、そのまま弾き飛ばされて少し遠方に滑っていった。
なんだろうか。
そう思ってその物体に近づいてみれば、なにやらそれは真っ黒な手帳であるらしかった。
もしや、と思い、俺は下駄箱のほうを見るが、すでに宮本はいなかった。もうすでに帰ってしまったらしい。
なので俺は、善意半分、興味半分でその手帳を拾い上げた。
そして周囲を確認してから、その手帳を開いてみる。するとそこには、
「な、なんじゃこりゃ」
と目を疑ってしまうような文字羅列が描かれていた。
見開きのページにびっしりと書き込まれた文字。ただ、全く読めない。書き殴りのようにして書き込まれたその文字羅列は、ぱっと見だけでは解読できそうになかった。
その後もいくらページをめくってもそんな具合であり、正直見ていて面白いものではない。
しかしそのとき、不意に真っ白なページが現れた。最後の見開きのページである。そこにはなにも書き殴られた文字がない代わりに、こうあった。
『この世は舞台。人は皆役者」
俺はその言葉に、少々覚えがあった。
たしか、シェイクスピアの一文であった気がする。
ただそれ以上はなにも書いておらず、その一文以外の文章は全て書き殴りの暴言であるようだった。
「……」
俺はパタンと手帳を閉じると、それを胸ポケットにしまった。一瞬、宮本のかと思ったが、それはないだろう。こんな書き殴りをするなど、彼女のイメージに全くそぐわない。
この手帳は、放課後落とし物として用務員室にでも届けることにしよう。
俺はそう決め、売店のほうへと歩みを進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます