第28話:暴露者の壇上
東京国際フォーラム。
有楽町に位置するこの巨大なガラスの船のような建築物は、今日、世界中の注目を集めていた。
『東京復興国際会議』。
錦川(にしきがわ)政権の崩壊を受け、新しく発足した臨時政府が主催する、日本の再生をアピールするための大規模なプロパガンダ・イベントだ。
会場周辺は厳戒態勢が敷かれ、数千人の警官と、迷彩服ではない黒いスーツ姿の米軍関係者たちが目を光らせている。
「……皮肉なもんね」
会場を見下ろす雑居ビルの屋上で、私は呟いた。
眼下のガラス棟の中では、各国の要人やプレス関係者がシャンパングラスを傾けている。
彼らが祝っている「平和」は、私と瑛司(えいじ)の命を売り渡して得た砂上の楼閣だ。
「お嬢。時間は定刻です」
背後で瑛司が時計を確認する。
彼は、葛原(くずはら)が調達してきた黒いタキシードを着ていた。
痩せこけた体には少しサイズが大きかったが、その白銀の髪と蒼白な肌が、タキシードの黒と対比されて、まるで死神か堕天使のような妖艶さを醸し出していた。
「行きましょう。……招待状はないけれど、主役の席は空けてもらうわ」
私は、純白のイブニングドレスの裾を翻した。この美しいドレスも、今の私にとっては戦闘服だ。
髪はアップにまとめ、白く染まった部分を隠さずに晒している。
もはや変装はしない。
堂々と、正面から乗り込む。それが私たちの作戦だ。
*
会場の正面ゲート前では、入場チェックの長い列ができていた。
金属探知機とボディチェック。そして、顔認証システム。
指名手配中の私たちが近づけば、即座に警報が鳴り、Anti-Beast Forceの餌食になるだろう。
「おい、そこの車! 止まれ!」
突如、ゲートの反対側で爆音が響いた。
一台の街宣車が、バリケードに向かって突っ込んできたのだ。
スピーカーからは軍歌ではなく、ロック調にアレンジされた『インターナショナル』が大音量で流れている。社会主義・共産主義の代表的な革命歌だ。
『ハロー、エブリワン! 晴天同盟からの祝い花だ、受け取れェ!』
運転席の葛原が叫び、車窓から大量の発煙筒と爆竹をバラ撒いた。
パンパンパンッ!
銃撃戦と勘違いした警備陣が色めき立つ。
「テロリストだ!」「確保しろ!」
ゲートの警備員やAnti-Beast Forceたちが、一斉に街宣車の方へと走る。
「今だ」
その混乱の隙を突き、私と瑛司はプレス関係者の集団に紛れ込んでゲートを通過した。
顔認証カメラが作動する前に、瑛司が素早く配電盤にナイフを突き立て、ゲート周辺の電源をショートさせていたのだ。
一瞬の停電。
私たちがロビーに入り込んだ時には、すでに予備電源に切り替わっていたが、私たちは「中」にいた。
*
巨大なホールA。
五千人を収容する会場は、各国のメディアと招待客で埋め尽くされていた。
ステージの中央では、葛城(かつらぎ)信(しん)総理代行が、スポットライトを浴びて演説を行っていた。
「……あのような悲劇は二度と繰り返しません。我々はアメリカ合衆国との強固なパートナーシップの下、テロの脅威を排除し、真の民主主義国家として……」
美しい言葉だ。
だが、その裏で彼は、私たちを「テロの脅威」として処理しようとしている。
「行くよ、お嬢」
瑛司が私の手を取り、エスコートするように歩き出した。
客席通路の中央を、堂々と。
周囲の視線が集まる。
白銀の髪の男女。その美しさと異様さに、人々が息を呑む。
「……あれは?」
「まさか、辰田紗矢か?」
「おい、カメラを回せ!」
ざわめきが広がる。
ステージ上の葛城がそれに気づき、言葉を詰まらせた。
彼の視線が私たちを捉え、凍りつく。
同時に、会場の隅に配置されていた黒スーツの男たち――Anti-Beast Forceが動き出した。彼らは懐に手を入れ、サプレッサー付きの銃を抜こうとする。
だが、瑛司は止まらない。
彼は歩きながら、懐から出した一本のマイク――音響室から奪ったものだ――のスイッチを入れた。
「――随分と退屈なスピーチだな、総理代行」
瑛司の声が、会場のスピーカーから大音量で響き渡った。
ハウリング音が耳をつんざく。
Anti-Beast Forceの動きが止まる。
世界中のテレビカメラが回っている前で、流血沙汰を起こすわけにはいかないからだ。
「止まれ! 警備員、何をしている!」
葛城が叫ぶが、もう遅い。
私たちはステージへの階段を上がり、壇上へと到達していた。
SPたちが立ちはだかる。
瑛司が、私を背に庇いながら前に出た。
彼は武器を持っていない。獣神化もしない。
ただ、その白銀の髪と、死線をくぐり抜けてきた凄味だけで、SPたちを圧倒した。
「どけ。……俺たちは、客人に挨拶に来ただけだ」
瑛司が一睨みすると、SPたちはジリジリと後退した。
私たちはステージの中央、葛城の隣に立った。
世界中に生中継されている映像に、葛城と私たちが並んで映し出される。
これでもう、密室での暗殺は不可能になった。
「……何の真似だ、辰田君」
葛城はマイクをオフにし、引きつった笑顔で囁いた。額には脂汗が浮いている。
「ここで騒ぎを起こせば、君たちは本当に射殺されるぞ。今すぐ裏へ行けば、取引に応じよう」
「取引?」
私は自分のマイクをオンにしたまま、葛城に微笑みかけた。
「ええ、しましょうか。……国民全員を証人にして」
私は客席に向き直った。
無数のカメラのレンズが、銃口のように私を狙っている。
震えそうになる膝を、ドレスの下で必死に抑える。
隣には瑛司がいる。彼が命を削って守ってくれたこの命、無駄にはしない。
「世界中の皆さん、こんばんは。……『テロリスト』の辰田紗矢です」
会場が静まり返る。
「総理代行は言いました。『テロの脅威を排除する』と。……その脅威とは、誰のことでしょう? 私たちでしょうか? それとも……」
私は客席の最前列付近に固まっている、外国人集団を指差した。
黒スーツのAnti-Beast Forceたちだ。
「……あそこにいる、身分を隠したアメリカ軍の特殊部隊のことでしょうか?」
カメラが一斉にAnti-Beast Forceに向けられる。
彼らは顔を隠そうとするが、逃げ場はない。
「彼らは『Anti-Beast Force』。生物兵器処理班です。日本政府は、私たち二人を『生きたサンプル』として彼らに引き渡す密約を結びました。……自国民を他国に売り渡す、それがこの国の『復興』なのですか?」
会場中からどよめきが起きる。
葛城が慌てて私からマイクを奪おうとする。
「デタラメだ! 放送を止めろ! 電源を切れ!」
SPが私に掴みかかろうとする。
だが、瑛司がその腕を掴み、軽く捻じ上げた。
「おっと。……女性に触るならマナーを守れよ」
瑛司はSPを突き飛ばし、私を守る壁となる。
電源は切れない。
なぜなら、この中継はネットを通じて世界中に拡散されており、現場の電源を切っても、会場内の何百台ものスマホが配信を続けているからだ。
「証拠ならあります」
私はドレスの胸元から、一枚のSDカードを取り出した。
そこには、病院で録音した葛城との会話データが入っている。
「これを今、ネット上に公開しました。……総理代行、あなたの声です。『国民一億人のために二人を犠牲にする』……そうおっしゃいましたよね?」
葛城の顔から血の気が引いた。
彼はよろめき、演台に手をついた。
チェックメイトだ。
「私たちは逃げません。隠れません」
私はカメラを真っ直ぐに見据えた。
「私たちはここで、法の裁きを待ちます。ただし、それは密室の取引ではなく、公開された法廷での裁きです。……私たちの命の使い道は、私たち自身が決めます」
会場から、一人の記者が立ち上がり、拍手をした。
それをきっかけに、拍手の波が広がっていく。
それは私たちへの賛同というよりは、巨大な権力に立ち向かった勇気への称賛だった。
Anti-Beast Forceの隊長らしき男が、インカムで何かを指示されたようだった。
彼は悔しげに舌打ちをし、部下たちに撤退の合図を送った。
衆人環視の中で「処理」することは、政治的リスクが高すぎる。作戦は失敗したのだ。
その場に、日本の警官隊が駆け込んでくる。
今度は「確保」ではなく「保護」のための警官たちだ。
「……行こうか、瑛司」
私はマイクを置き、両手を差し出した。
手錠をかけられるために。
「ええ。……最高のステージでしたよ、お嬢」
瑛司もまた、穏やかな顔で両手を差し出した。
私たちは逮捕された。
だが、それは敗北ではない。
私たちは「殺されるべき怪物」から、「裁判を受けるべき人間」としての権利を勝ち取ったのだ。
フラッシュの嵐の中、連行されていく私たちの姿は、翌日の世界中の新聞の一面を飾ることになる。
『白銀の革命家、逮捕』
『政府と米軍の密約、露見』
戦いの場所は、法廷へと移る。
しかし、瑛司の体は限界を迎えていた。
連行されるパトカーの中で、彼が小さく咳き込み、その掌にまた青白い光の血が滲んだのを、私は見逃さなかった。
(第28話 完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます