二柱
笑心ちゃんとカウンセラー室を出ると、母親は待合室の長椅子に座っていた。
「お待たせしてしまい、すみません。」
そう石渡さんに声をかけると、娘の姿を確認して安心したのか、深く息を吐いた。
これからどうすればいいのか、御門先生を探すと、診断室から御門先生が現れた。
「石渡さん、一度花村先生の話を伺ってきますので、もうしばらくここでお待ちいただけますか?」
「わかりました。」と返事をもらうと、御門先生は私に視線を向けた。
「あっ、先生、少し待っていただけますか? 長くお待たせしてしまったので、石渡さんにもお茶をお出ししたいです。」
「そうだね、お願いしようかな。」と頷いてくれた。
私は急いで二人分のルイボスティーを用意した。カップにグレープフルーツの皮を浮かべると、柑橘系の爽やかな香りが辺りに広がった。
「お待たせしました。ルイボスティーです。」
カップをソーサーごと手渡しながら、
「すみません、机がなくて。あの、この受付カウンターを使ってくださいね。」と付け加えた。
診断室に入ると、御門先生は身体ごとこちらに向き直った。
「さて、笑心ちゃんは何か話してくれたかな?」
「はい。無意識に嫌味なことを口にしてしまうことがあったそうです。そして、そう言ってしまった自分に傷ついている様子でした。あと、学校に戻りたい、いつもの日常に帰りたいと言っていました。」
「なるほど。やっぱりね。」
御門先生は、自分の出していた答えが正しかったことを確認するように、穏やかに頷いた。
「花村先生、笑心ちゃんに、霊とかそういう話はした?」
「いえ、しませんでした。御門先生に詳しくまだ聞いていなかったので…。でも、笑心ちゃんのせいじゃないって言っちゃいました。」
ダメだったかな…と不安に思いながら、私は先生の顔を伺った。
「さすがだねぇ。まだ中学生だからね、急に霊とか言われたら怖がるから。花村先生の判断は正しいよ。」
まぁ、今は母親から聞いてるかもしれないけどね、と笑いながら付け足した。
「先生、結局笑心ちゃんは何に頼られているんですか?」
「前回、水神と龍神に頼られているって話は聞いていたよね?」
「はい。」
初めて石渡さんがここに来た時に、御門先生がそう診断結果を出していた。
「笑心ちゃんは龍神に頼られているんだよ。花村先生が話してくれたおかげで、龍神が『帰りたい』と言っていることがわかったよ。ありがとう。」
その後、二人を呼んできてほしいということで、石渡さんたちを診断室に案内した。
母親から御門先生の話を聞いたのか、笑心ちゃんは少し難しい顔をしている。
(私たちからではなく、お母さんから聞いた方が彼女は信じやすくなっているんじゃないかな。いきなり神様と言われてもね…。)
そう思った。
御門先生が笑心ちゃんに向かって話をする。
「笑心ちゃん、さっきお母さんからなんとなく話を聞いたかな?」
こくりと首を上下に振る。
「信じられないような話だよね。すぐには納得できないかもしれないけれど、でも、神様だからこそ、自分では止められない症状が出てきてしまうんだ。
龍神様だと、『つい嫌味を言ってしまう』という症状があるね。
だから、学校に行きたくても行けなかったのは、とても辛いことだったよね。」
ハッとした顔をした笑心ちゃんが、ぽつりと口にした。
「私のせいじゃない。」
「そう。君のせいじゃない。それは仕方のないことだった。
だから、龍神様をしっかりお返しできれば、また今まで通り学校に通えるようになるよ。」
「でも、私…。友達からあまりよく思われていなくて…」
悲しそうに下を向く笑心ちゃんに、御門先生は優しく続けた。
「それも龍神様の力なんだよ。笑心ちゃんの周りの人にも影響を及ぼしてしまうんだ。
だから、それがなくなれば、そうだったこともしばらくするとみんな忘れていくんだ。不思議なことにね。」
「本当ですか?」
笑心ちゃんの顔に少しずつ明るさが戻ってきた。
「うん。本当だよ。
笑心ちゃんは花村先生に、『学校に戻りたい』『いつもの日常に帰りたい』って話したそうだね。
その『帰りたい』っていう言葉は、実は龍神様が君の口を借りて伝えたものなんだ。
ずっと気づいてほしくて、訴えていたんだよ。」
御門先生は優しく微笑みながら、笑心ちゃんの目を見つめる。
「神様が『帰りたい』と言っているということは、もう帰る心の準備ができているんだ。
だから、神社でちゃんとお返ししてあげれば、すぐに力が戻って、笑心ちゃんもまた前みたいに学校に行けるようになるよ。」
笑心ちゃんはお母さんの顔を見た。
その視線を受け取り、安心したように石渡さんは微笑む。
「良い神社を探して、すぐにでも行こうね。」
目に涙を浮かべながら、優しくそう言った。
「そして、石渡さん。あなたの水神様も一緒にお返ししてあげてください。」
「はい。ありがとうございます。そうします。」
頭を下げながら、石渡さんはお礼を言った。
ふと御門先生が、どこか申し訳なさそうな表情になった。
「いや、あの…私も一つ謝らなければならないことが…」
そう言って石渡さんの方に姿勢を正し、向き直った。
「水神様なんですけど、実は分かった時点で、すぐにお返しできたんです。
それを今日までお伝えせずに、目が痛い思いをさせ続けてしまいました…。すみません。」
御門先生は深く頭を下げる。
一瞬キョトンとした石渡さんは、静かに言った。
「いえ、そんな…。笑心の苦しさに比べたら、この目の痛みくらいなんともありません。
それに、水神様と龍神様を一緒にお返ししてあげたいです。」
そう言う石渡さんの顔は、全てを包み込むような優しさに満ちていた。
二人をエメラルドグリーンのドアまで見送る。
「笑心ちゃん、もし学校に行きたくなった時、休んでいた分、勉強のこととか不安になると思う。
だから、少しでも心配なことや不安なことがあったら、いつでもここに顔を見せにきてね。
また、お茶もしましょう。」
「はい。」
と、今日一番の笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございました。
それじゃぁ、またね。」
そう言葉を残して、二人は雨の中へと帰っていった。
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