受容
「根拠を教えてください。なぜ、その診断結果になったのか。」
納得させてみろと言わんばかりの目で、桐山さんはこちらを見ていた。
「問診票にチェックが入っていたのは、
『心臓が痛い』
『イライラする』
『カッとなる』
『忘れ物をする』
いずれも、典型的な稲荷の症状です。
加えて、私は今の状態をPCに記入しました。
このPCは、陰陽道における過去の記録をまとめたものです。
私の家は代々、陰陽師の力を受け継いできました。
残念ながら、私自身にその力はありません。
ですが、過去の事例から、身体に現れた症状が何によって引き起こされているのかを読み取ることはできます。」
桐山さんは黙って聞いている。
疑っている眼差しは、まだ変わらない。
(秘伝の書の出番かな……)
私は、立てかけてある巻物を手にした。
「これがその記録書です。ここに書かれている内容は、すべてデータ化してあります。」
「なるほど。納得できるだけの根拠がありますね。
それじゃあ、その『小僧の稲荷』というのが成仏すれば、
私は変われるってことですか?」
「小僧といっても、稲荷です。
龍神様やお稲荷様の使いで、いわば神様の見習い修行中ですね。
神社でお守りを買ったことはありませんか?
あのお守りの中に入っているのが、小僧の稲荷です。
ですが、そのお守りを粗末にしたり、
返さないまま忘れ去られてしまうと——
小僧の稲荷は、お稲荷様になる道を断たれてしまう。
小僧たちにとっては、
『自分の存在を忘れないでほしい』
その思いを、人間の体調不良という形で訴えているんです。」
桐山さんは、私の話を一言も逃すまいとするように聞いていた。
私は、その視線を受け止めたまま続ける。
「神様は、霊ではありません。
ですから——成仏はしない。」
「えっ……? 成仏しないって。
じゃあ、どうしたら私の身体から離れてくれるんですか?」
もう、疑ってはいないのだろう。
こうして問い返してくるということは。
「神様は、神社で鎮めてもらう必要があります。」
なかなか理解が追いつかないのだろう。
桐山さんは眉間に皺を寄せ、視線を落としたまま考え込んでいる。
私は、彼の中で思考が整理されるのを、ただ静かに待った。
「……なんとなく、ですが。」
そこで一度言葉を切り、桐山さんは天井を見上げた。
そして、何かを決めたような目で私を見る。
「私は今、神社に行かなければいけない気がしています。
御門先生の話は、正直に言えば到底信じられる内容ではありません。
他の人が聞いたら、きっと笑うでしょう。」
少し間を置き、言葉を選ぶように続けた。
「それでも……なぜか信じられるんです。
そうしなければいけない、とも思う。」
私ははっきりと告げた。
「その想いは、あなた自身の感情ではありません。」
桐山さんの視線が揺れる。
「あなたに頼っている小僧の稲荷が、
そうしてほしいと願っているのだと、私は考えています。」
しばらく沈黙が落ちたあと、
桐山さんは小さく息を吐いた。
「……はい。納得できます。」
「ただ、一つお願いがあります。」
そう告げると、桐山さんは、何を言われるのか分からないまま、思わず背筋を伸ばした。
「今日、小僧の稲荷がいると分かったからといって、明日にでも急いで清めようとはしないでください。」
「えっ、なぜですか?
明日、神社に行こうと思っていたんですけど……。」
「おそらく小僧の稲荷は、
誰にも感謝されることなく、
水も、米も与えられないまま、今日まであなたと共にいました。
子どもの頃から、一緒にいた可能性が高いと思われます。」
私は静かに問いかける。
「これまで、ここ一番という場面で、
力を発揮できていましたか?」
彼は驚いたように肩を大きく揺らした。
「……いえ。
いつも大事なところで失敗してきました。
本番に弱いタイプです。」
私は無言で頷き、淡々と続ける。
「稲荷は、人を迷わせます。
まずは自宅にある、まだ返していないお守りなどを探してください。
それを一緒に神社へ納めてあげてほしい。」
少しだけ声を和らげた。
「そして、今日から数日間、
水、米、塩、酒を備えて、
『今までありがとうございました』と感謝を伝えてあげてください。」
「はい、早速家に帰って探してみます。」
そう言って、桐山さんの表情がぱっと明るくなった。
「桐山さんの願いは『変わりたい』ということでしたね。
稲荷に頼られた人の一番わかりやすい特徴は『とても偉そうに振る舞うところ』です。
自分は偉いんだと言ったり、人のことを馬鹿にしてしまうんです。
小僧の稲荷を天にお返しできればそういった態度は自然になくなるでしょう。
そして、あなたは『変わりたい』と思っている。それはきっと、あなたにとっての理想の人間像があるということですよね。
ぜひ、あなたが思う素敵な人を目指してください。
あなたなら大丈夫だと、私は信じています。」
「はい、ありがとうございました。」
そう言って、彼は立ち上がり、深く頭を下げた。
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