矜持
「御門先生、花見に行かれましたか?
そろそろ花びらが落ち始めちゃいますよ。」
「そうだねー。もう4月になるもんね。
でも、僕は花より団子かなぁ。
あっ、ねぇ、ジーニー。桜餅が美味しいお店、教えて。」
「桜餅ですね。
こちらになります。」
すると、PCの画面にいくつかのお店の名前と地図が表示された。
「ここいいね! あとで買いに行ってこよう。」
そこへ、ドアの開く音と共に小林さんが入ってきた。
「おはようございます。」
「おはようございます。莉菜さん、今日はずいぶん早いですね。」
と、私は挨拶を返した。
「花村先生ー、聞いてくださいよ。
会社の同期にどうしてもと頼まれてしまって…。
実は今日、めんどくさい人を連れてきちゃいました。ごめんなさい。」
と、謝られてしまった。
「たぶんご迷惑をおかけしてしまうと思いまして…。
あの、これ、お詫びの品です。」
桜餅を差し出す小林さんに、思わず私は叫んでしまった。
「エスパーですか? 莉菜さんは!」
興奮した勢いのまま、御門先生にも話しかける。
「先生! 見てください。小林さんが桜餅を買ってきてくれましたよ!」
御門先生が微笑みながら
「小林さん、今ちょうど桜餅の話をしていてね。
それで、この花村先生のテンションなんだよ。」
と、状況を説明してくれた。
「す、すみません。私ったら…。
でも、莉菜さんが超能力でも身につけたのかと思いました。」
そう言って首をすくめた。
クリニックに笑い声が響く。
「で、その面倒くさい方はどこにいるの?
患者さんになるのかな?」
「あっ、忘れてました。
私の話をしたら、どうしても自分を連れて行けって言われて…。
呼んできてもいいですか?」
小林さんに連れられてきた男性は、クリニック内を見渡しながら、
「ふーん…ホントに普通の病院だ。」と言い、軽く頭を下げて「どうも」と挨拶した。
問診票が挟まったバインダーを渡すと、男性は記入を始める。
「なんだか、変な質問もあるな。」と、ブツブツ言っている。
書き終わったバインダーを受け取ると、診断室に案内した。
中には、先に入って白衣を着用した御門先生が座って待っていた。
「それではおかけください。
僕はこのクリニックの診断医、御門 舜と言います。」
そう自己紹介を終えたタイミングで、御門先生に問診票を手渡した。
「桐山 元気さんですね。よろしくお願いします。」
先生は問診票に目を通すと、ふと私の方に顔を向けて言った。
「花村先生、以前僕に淹れてくれたハーブティ、覚えてる? 柑橘系の。
それを淹れてもらえないかな?」
そう言うと、また問診票に視線を戻した。
「桐山さん、書いていただいた問診票を見ると、
『心臓が痛い』
『イライラする』
『カッとなる』
『忘れ物をする』
のところにチェックが入っていますね。」
「はい。病院に行くほどでもないんですけど、
たまに心臓のあたりがズキンと痛むことがあります。
あとは、自分で抑えるのが難しいくらいのイライラを感じることもあります。」
話を聞いていると花村さんが、用意してくれたハーブティーをそっとデスクに置いた。
「花村先生、ありがとうございます。
こちらは大丈夫ですので、小林さんのカウンセリングをお願いします。」
すると、花村さんは首を傾げ、意図を探るように僕の目をしっかりと見つめてきた。
そこで何かを察したのか、
「ありがとうございます。」
そう言って、待合室へ向かった。
「どうぞ、いただいてください。リラックスできますよ。」
そう桐山さんに勧めると、カップを手に取り、匂いを嗅いだ。
「柑橘系の香りがしますね。いただきます。」
桐山さんが喉を通す。
「へぇ、飲みやすいんですね。
普段ハーブティなんて飲まないんで…」
どうやら、気に入ったみたいだ。
「桐山さんは、小林さんからここがどんな病院か聞いて来られたんですよね?」
そう問いかけながら、私はPCに問診票の内容を打ち込んでいく。
「ええ。彼女の体験談を聞いて、興味が湧きまして。
最初は、私が真剣に相談しているのに、馬鹿にされたんじゃないかと思ったんです。」
桐山さんは一瞬、視線を落とした。
「でも……実際に彼女は別人のように変わった。
それを見て、信じてみようと思いました。」
その瞬間、桐山さんの身体がビクン、と跳ねて固まった。
「ま、まぁ……。」
タンッ。
エンターキーを叩く音が、やけに大きく響いた。
「あなたは――稲荷に、頼られています。」
「……? 稲荷?」
「稲荷です。」
「稲荷って、あの狐の稲荷?」
「正確には、狐の神様ですね。」
「ふ、ふははははっ。稲荷? 神様?
あはははっ。そんな、神様が俺に取り憑いてるって言うんですか?
ふんっ、馬鹿馬鹿しい。」
桐山さんの乾いた笑い声が響き渡る。
僕は何も言わず、その声が止むのを待った。
ピタッと笑い声が止んだ瞬間、桐山さんの周りが張り詰めた空気に変わった。
「そうか、あんた達グルだな。皆んなして俺を馬鹿にしてんだろっ。
どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしやがって。
なんだ、神様に取り憑かれたなんて、俺が喜ぶとでも思ったのか?
騙されねぇぞ。どうせ、何か売りつける気なんだろう。」
目を吊り上げ、顔を真っ赤にした彼は立ち上がり、帰ろうとドアに向かう。
「変わりたい…」
静かに、桐山さんの背中に投げかける。
「ここに『変わりたい』と書き込みましたね。」
そう言って、問診票を差し出した。
振り返った彼は、頬を叩かれたような顔で目と口を開いた。
私はもう一度PCへ向き、問診票に彼が書き入れていない情報を追加していった。
『「ふんっ」と言う』
『他人に馬鹿にされたと感じる』
彼は黙ったまま、立ち尽くしている。
タンッ
私は桐山さんの目をまっすぐに見つめ、
「あなたを頼っている稲荷は、小僧の稲荷です。」
と、確信を持ってはっきり伝え直した。
しばらく、二人で見つめ合う時間が続いた。
ふぅ……
桐山さんは、肺に溜まっていた空気を吐き出すように息をつき、
一度椅子に視線を落としてから、私の前に戻ってくるとゆっくりと腰を下ろした。
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