サイバネスラムに降りた植物使い
グラビ屯@G-tron
第1話 屑鉄の街に森の香り
「ゴホッ、ゴホッ……」
鉄の喉の奥から排ガスが余剰に漏れ出し、咳き込む。
防護マスク交換の出費に辟易して取り付けた人工肺だが、汚染が悪化する大気にもうフィルターが不具合を起こしたらしい。
「だから俺みたいに完全義体化すりゃよかったんだ」
「うるせー。食品工場じゃオゾンを嗅ぎ分けられなくなるのは死活問題なんだよ」
「それもセンサーで解決するだろうに」
頭部をマシンヘッドにした友人の茶化しに反発する。
だが彼の言うことも正論だ。“生身”の感覚を残しているのは俺の意地のようなものに過ぎない。
「そろそろカロリー減ってきたな。ブロックか? チューブか?」
「どっちでもいいよ……」
下手に味覚を残してるせいで“食事”は苦痛でしかない。
それでも思うのだ。いつかは“自然食品”が食べたい、と。
叶わぬ夢のために、俺は生身を残している。
「せめてフレーバーだけでも贅沢する、か……?」
ふわり、と。
街を覆う鉄と油の匂いにまぎれて、嗅ぎなれぬ芳香が嗅覚をくすぐった。
「おい、この匂い、なんだ?」
「匂い? 俺のセンサーにはなにも……」
「こっちだ!」
「お、おい」
匂いの元を辿り、思わず速足になる。
記憶にはない香り。だが、どうしようもなく本能に訴える“何か”がそれにはあった。
人気のないスラムのさらに奥。
補助電源すら朽ち果てた廃屋で俺たちは“それ”を見つけた。
「“ミートリーフ”か。いいにおいだな」
『このようなものは知らなかったです。イツキの世界の創作物はすごいですね』
防護マスクすらつけずに焚火に向かう生身の男と、ホログラムのように半透明な少女。
そして焚火に焼かれて得も言われぬ芳香を発する緑の平たい物体。
その物体に男がかじりつく。
「ん! 美味い! 上質のステーキの味だ」
ゴクリ、と喉が鳴る。
あまりにも美味そうに食べる男の様子に俺は一歩を踏み出した。
「な、なあ。それ、美味いのか?」
「え? ええ、美味しいですよ。よかったらご一緒にどうですか?」
「いいのか!」
「ええ、たくさんありますし。“植物生成”」
男が一言発すると、コンクリートの地面を割って茶色の物体がせり上がってくる。
その物体にいくつもの緑の平面体が生成された。男はそれをむしり取ると、焚火にかざす。
「このくらいかな……どうぞ、食べごろですよ」
男から平面体を受け取ると、俺は即座にかじりつく。
味だ。
味の爆発だ。
甘味・辛味・酸味・苦味・旨味。今まで使っていなかったすべての味覚が一斉に起動する。
だが不快ではない。すべての味が調和となって一つの結論を導き出す。
「美味ぇ……」
俺は泣いた。
俺が今まで合成食の不味さに耐えてきたのはこの喜びを知るためだったと思えた。
「そ、そんなに美味いのか?」
「ああ、最高だ。お偉いさんが食ってる“自然食品”ってのはこういうんだろうなって思える味だ」
「ちくしょう……こんなことなら俺もマシンヘッドにするんじゃなかった」
友人の嘆きも当然だ。
若干の申し訳なさを感じていると、男が話しかけてきた。
「そちらの方はサイボーグってやつですよね? 飲食はできるけど、味はわからない?」
「ああ。合成食で脳に直接刺激を送って快・不快がわかるだけだ」
「ん~それなら味覚情報を直接送るとかならいけるかな? “植物生成”。このドリンクをどうぞ」
男がまた呟くと、茶色の物体から半透明の容器に入った緑の液体が生成された。
友人はそれを受け取り、飲み干す。
「……っ!? な、なんだこりゃ! これはもしかして“甘い”って感覚じゃねえのか!?」
「おい、味がわかるのか!?」
「あ、ああ。わかる……この多幸感、どんな電子ドラッグだって再現できやしねえよ……」
友人の電子音声はノイズ交じりになっていた。
だがそれは不具合ではなく、幸福の産み出したものだと俺にもわかった。
「なあ……アンタ、何者なんだ?」
「ただの男ですよ。植物を出せるって特殊能力は使えますが」
「植物……!? 遥か昔に絶滅したって生命体か!?」
「うわ……少ないだろうとは思ってたけど、絶滅までしてたんですね、この世界」
『だからこそイツキの力が必要なのです』
これが俺たちの街を変える男、イツキとの出会いだった。
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カクヨム初ですがよろしくお願いします。
「植物を知らない男」の視点が難しかったですね……
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