ブルーム・ドクター 〜救命魔導士の診療録〜
まけぐみ
診療録No.010「空飛ぶお医者さん」
冒険者飽和時代。
ギルドに申請をすれば、誰でも冒険者になれる時代。それに加えて500年ぶりの魔王の顕現。
英雄になることを夢見て
人生の一発逆転を狙って
最高の名声を得るために
各々が各々の思惑と決意を胸に、魔王を討伐せんと立ち上がる無謀者が後を絶たない。そんな冒険者の死亡事故は、年々増え続ける一方であった。
「脚を止めるな! 決して振り返るな! 今は生きる事だけを考えるんだ!」
高々とそびえる木々は、太陽を求めて枝を延ばし無数の葉を茂らせている。地上には日光が届かず、昼間だというのに薄暗くジメジメと湿った空気が行き場を失い充満していた。
男は叫ぶ。息が途切れることにも構わず、後ろを走る2人の仲間を鼓舞せんと大声をあげる。それが、冒険者パーティのリーダーとしての責務であったからだ。
「本当にこれで良かったの!? 私たち、本当に宗介くんを置いてきてよかったの!?」
後ろを走る女が、リーダーに問いかけた。いつも着けている三角帽子は、いつの間やら何処かへ行ってしまっていた。ローブはボロボロになり、浅い切り傷が全身に付いていた。
「宗介は・・・あの魔獣を食い止めるために残ったんだ! その意を汲んでやらないでどうする!」
宗介というのは、前衛を任されている戦士の名前である。常に前線に立ち、大きな背中を仲間に見せてくれていた。彼が居なければ今頃パーティは全滅、あの魔獣の餌になっていたことだろう。
すると突然、背後を走る足音がひとつ消えた。リーダーの男が速度を静かに緩めながら、背後を振り返る。見ると、女が立ち止まっていた。
「私、やっぱり宗介くんを助けに行く。仲間をひとりで残して逃げるなんてできない」
女は涙が今にも溢れ落ちそうになるのを、まつ毛と表情筋で必死に抑えていた。その瞳は、薄暗い中にあっても少ない光を反射して光っている。男は息を吸うたびに痛む肺に、それでも精一杯の空気を吸い込んで応えた。
「ダメだ。あいつは殿(しんがり)を自ら願い出た。今だって戦士の役目を果たそうと必死に戦っている。そして俺はリーダーだ。仲間の生存率がより高い道を選ぶのが俺の役目だ。俺の方針には従ってもらう」
「決意とか役目とか方針とか・・・そんなの、ただの口実でしょ!? 本当は助けに行くのが怖い・・・あの魔獣の前に立つのが怖い・・・宗介くんの今の姿を目にするのが怖いだけでしょ!」
「違う! 俺は」
突如、3人の足裏が揺れた。毛が抜け落ちるほどに全身の毛穴が開くような、指先の爪が勝手に剥がれるような、浮遊感が全身を包む。いや、感覚じゃない。今まさに、現実として浮いているのだ。地響きは、人間の足が地面から離れるほど力強いものであったからだ。
「ま、まさか」
女の背後の木々が、盛大に軋む音を立てながら倒れた。闇の中から無数の巨大な爪が現れ、倒れた木を掴む。爪はいとも容易く大木に食い込んでいき、そのまま木を微塵に粉砕してしまった。
生温かい空気が吹き抜けていく。男たちは、これが魔獣の息だと瞬時に察知した。木が無くなった所に、太陽の光が差し込む。男たちは、ただその光が当たっている地面を見ることしかできなかった。かの魔獣の顔を見るなんてことを、脳が許さなかった。
ひとつの塊が、太陽のスポットライトに照らされながら落ちてきた。ドス黒く染まった塊に、男たちは釘付けになった。いや、ならざるを得なかった。
それは腕だった。
「聞いてない・・・この森に、こんな化け物がいるなんて聞いてないんだよ!」
男の叫びをかき消すように、魔獣の咆哮が男たちの耳を裂いた。咄嗟に見上げると、ドラゴンのような見た目をした化け物がこちらを見ていた。細長く縦に尖った瞳は、間違いなくこちらに目をつけていた。剥き出しの牙には血の跡が付着していて、その奥には微かに人間の上半身のような物が見え隠れしていた。
「宗介・・・!」
男は下唇を噛み締める。彼と別れたのはついさっきのことだった。ほとんど足止めになっていない。きっと勝負は一瞬で着いたのだろう。考えれば考えるほど、頭の中が黒い靄で覆われていく。男は深い息を吸っては吐いてを何度も何度も繰り返した。そしてようやく口を開いた。
「宗介の次は、俺の番だ。ユリアとロンユは先に逃げろ」
「そ、そうやってまた!」
「議論をしてる暇は無い。早く行け!」
直後、男は化け物が腕を振りかぶるのを見た。化け物はもう既に攻撃の態勢に入っていた。男は、ユリアに向かって手を伸ばした。
「ユリア!」
「え・・・」
自身の心臓の鼓動が、つま先から頭のてっぺんまで響く。男の脳内を駆け巡るのは、このパーティでの思い出だった。また殺される。宗介の次は自分だと願っていたのに。今度はユリアが殺されるのか。仲間想いのユリアが、こんなに簡単に殺されようとしているのか。自身の目の前で、今この瞬間、頭を潰されようとしているのか。魔法の構築は間に合わない。腰にある剣を抜く暇も無い。もう、男には手を伸ばす以外にできることが無かった。
「こちら伏見。対象を確認、処置を始める」
どこからともなく男たちの耳に届いた声は、低く落ち着いていた。男は目を見開いた。それはあまりにも唐突で衝撃的だった。次の瞬間、化け物の長く伸びた喉元にひとりの人間が蹴りを入れていたのだ。いつ、どこからあの人間が現れたのか認識できなかった。まるで最初からそこに居たと思えるほど、その人間は瞬く間も無く現れた。
化け物が、息の詰まったような高く裏返った声をあげて倒れていく。3人は、ただその様子を眺めることしかできなかった。
「こちら司馬崎。救難者を3名確認、対処します・・・もう大丈夫です、助かりますよ」
また別の声が、今度は背後から聞こえた。恐る恐る振り返ると、20代半ばほどの青年が、柔らかい笑みを浮かべて立っていた。途端に男は、全身の力が抜けていくのを感じた。立ってられないほどに膝が震え始め、遂には地面にへたり込んでしまった。ユリアとロンユも、続くようにヘナヘナと頼り無く倒れていく。
「おおお、大丈夫ですか!? 僕たちが来ましたから、安心してください」
青年は男たちと目線を合わせるためか、腰を屈ませると地面に膝をついて言った。
さっきまで走馬灯が駆け巡っていたというのに、今は何だ。男は頭の中の黒い靄が僅かながら晴れていくのを感じていた。
「司馬崎〜! 救難者の容態はどうだ〜?」
「今からです!」
助けに来てくれたらしき2人の声が、男たちの頭上を飛び交う。どうやら本当に窮地を脱したようだ。男の心臓の音は、次第に穏やかになっていった。しかし、それも長くは続かなかった。
化け物が、ゆっくりとその巨体を起こし始めたのだ。口から溢れ出ている緑色の液体は、魔獣特有の緑色の血だ。人間とは似ても似つかないその色は、魔獣の気色悪さを一層際立たせていた。
魔獣が咆哮をあげる。さっきの攻撃で喉が潰れたのか、悲痛の叫びにも聞こえる。魔獣はその後、何度も何度も咆哮した。その姿は激昂しているようにも、己を鼓舞しているようにも見えた。
「あ、危ない!」
魔獣が、振りかぶりもせずノータイムで、その鋭い爪を突き出した。先ほど「伏見」と名乗っていた男に向かって。それは、ユリアを潰そうとした時とは比べ物にならない速度だった。
伏見が魔獣を振り返ると同時に、爪がその胸を貫いた。胸を通った爪先が、背中から育ち過ぎた筍のごとく生え出ている。鼓動が再び早まるのを感じる。男は自分のあまりの非力さに拳を握りしめた。自身は声を出すしか無く、その声すらも意味を持たない。なぜ、こうも上手くいかないのか。
すると不意に肩に感触があった。見上げると、「司馬崎」と名乗ったあの青年の手が、自身の肩に乗っていた。相も変わらず青年は、柔らかな笑顔を向けている。
「大丈夫ですよ。あの人、不死身ですから。それより手当しますから、少し横になれますか?」
「え・・・ふ、ふじみ? ふしみじゃなくて?」
「ん? 名前は伏見、体質が不死身です。ほら」
青年が指差すのを見て、伏見という男に目を向ける。すると、巨大な爪に貫かれているはずの男が、その場にガニ股で立っているではないか。あの人は確かに心臓部を持っていかれたはずだ。なのに、なぜ今もまだその場で踏ん張ることができているのか。男の頭の中は、今にも考えることを放棄しそうなほどグルグルと言葉が回っていた。
「やっぱり一撃じゃムリだったか・・・けど、俺の身体に触れたのは、たぶん良くなかったな」
雷だ。正しく自然の雷そのものが今、目の前に現れたのだ。落ちてきたのでは無い。急に、そこに出現したのだ。さっき、魔獣を蹴りつけた伏見という男のように。
男はすぐに耳に手を当てて音を遮ろうとした。しかし、バリバリという猛々しい音は寸分違わず脳に届いてしまった。強く飛び散る光に、咄嗟に目を閉じたが、瞼の裏にオレンジ色の発光体がチラチラして落ち着かない。男を含め、ユリアやロンユも唸り声をあげた。
「まったく・・・加減てものを知らないんですか、あの人は」
微かに青年の声がして、途端に周囲の音が消えた。眩しさも無い。状況を確認しようと薄目を開けてみる。すると、目の前にはオーロラが広がっていた。そのオーロラが飛び散る電撃や光、音までもを優雅に遮断していたのだ。
「美しい・・・」
言いたくて言った訳では無かった。思わず出た言葉であった。忙しなく揺さぶられる脳と心が、何となく洗われていく気がした。そんな男に向かって、青年は三度微笑みかける。
「さあ、手当しますね。横になれますか?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「司馬崎、手当ては済んだか?」
オーロラをすり抜けて、伏見が中に入ってきた。全身に緑色の血が飛び散っているが、あまり気にしていないらしい。胸の傷も既に塞がっているようだ。穴の空いた服の向こうには、鍛え上げられた厚い胸板が見えていた。
「ちょうど終わりました。ていうか、伏見先生・・・もう少し戦い方考えてください。患者の心拍数が上がっちゃいます。止血してるんですから」
「わるいわるい。死なないと思うと、どうにも脇が甘くなっていけねえな」
伏見は片方の口角を上げながら、司馬崎を見おろしていた。反省の色は見えない。これはまたやるなと、司馬崎は確信した。
「それはそうと、伏見先生・・・ギルドに登録されている情報によると、パーティメンバーが1名足りません。おそらく、戦士の『佐々倉宗介』という」
「司馬崎」
咎めるような静かで強い口調に一瞬たじろぐり伏見の方に顔を向けると、眉を顰めた顔でこちらを見ていた。そして、「ん」と言いながら軽く顎を横に動かす。後ろを見ろと言っているのかと察して、司馬崎は顎が指し示すであろう方向に顔を傾けた。
「あれは・・・」
そこには黒と緑に塗られた塊が3つ、太陽の光に当てられていた。遠目で分かりにくいが、おそらく人間の上半身と下半身、あとひとつは何処かしらの欠損部位だろうか。
「そうですか・・・」
2人の空気を察してか、救難者3人の顔からまた光が消えていくのを感じた。司馬崎は慌てて口を開こうとするも、ただ開いただけで終わってしまった。どれだけ頭を悩ませても、文字の羅列が重なっていくだけで全く文章にならない。彼等に触れかけた手を下ろし、ただ己のズボンに皺をつくることしかできなかった。
「よく頑張ったよ・・・君たちも、あの青年も」
伏見の声だった。低く落ち着いていて、発せられたのは形式的な言葉だった。しかしそこに最大限の丁寧さを感じた。伏見のその言葉1文字1文字に、相手にどうか伝わって欲しいという願いを感じ取った。
「君たちが生きれたのは、佐々倉宗介くんのお陰だ・・・それ以外にあり得ない。帰ってちゃんと弔ってやらねえとな」
そう言って微笑む伏見の顔は、さっきの悪ガキのような笑顔とは違う、柔らかい笑顔だった。救難者の3人の瞳に、僅かながら光が灯るのを感じた。司馬崎は安心したようにそっと胸を撫で下ろした。
「そういえば、伏見先生。安遠先生には連絡しましたか?」
「いや、まだだ」
「早くしないと、うるさいですよ・・・」
「そうだな・・・あいつ結婚したら旦那を尻に敷くタイプだぜ、ぜったい」
そう言うと伏見は、耳に手を当てて連絡の態勢をとった。しかし、横になっている救難者を一瞥すると、耳から手を離して鼻先を掻いた。どうしたのかと司馬崎が身を乗り出すのも束の間、伏見はさっさとオーロラの外へと出て行ってしまった。
司馬崎は、救難者に「ちょっと離れますね」とひと言残すと自身もオーロラの外へ出た。出ると、伏見はちょうど安遠と連絡を交わしている最中であった。
「こちら伏見。救難信号の発信源から南に200メートルの地点で、救難者4名を確認。1名死亡、他3名は切り傷のみで軽傷。全員、そのまま連れて帰る」
「こちら安遠、了解しました。受け入れ先の病院、探しておきますね。お疲れ様でした」
「伏見先生・・・やっぱり遺体も連れ帰るんですか」
「『弔ってやる』とか言っちまったしな。司馬崎、お前の箒に2人乗せれるか?」
「大丈夫です。僕の箒テクニックも、かなり上達してきてますから!」
「あの〜・・・」
不意に聞こえた声に、肩が上がってしまった。聞き覚えのあるその声は、救難者のひとりである冒険者パーティリーダー“石河憲剛“の声であった。
「どうしたんですか、石河さん。軽傷といっても、しっかり検査を受けるまでは安静にしててくださいね?」
「い、いえ・・・俺は本当に軽傷なので。それに、おふたりにお礼を言っていなかったと思いまして」
「そんなの良いんですよ。僕たちも仕事でやってますから!」
言うが早いか、石河の頭は己の膝についてしまうほどの勢いで下げられていた。彼の足下を見ると、小さい染みができては消え、またできては消えを繰り返しているのがわかった。司馬崎は、否定のために出していた両手のやり場に困ったまま立ち尽くしていた。すると、伏見が隣までやってきて、司馬崎の手を掴んでそっと降ろした。
「いえ、そういう訳にはいきません。このパーティのリーダーとして、感謝を言わせていただきたい。本当に、ありがとうございました・・・! おかげであいつを、弔えます・・・!」
「顔、上げてください。そう言っていただけると、僕たちも助かります」
「そうだな。最近は医者への敬意を欠く患者も多い・・・アンタは立派だよ」
伏見は、司馬崎の肩に手を回すと、また片方の口角だけを上げた不敵な笑みを浮かべていた。患者の前で、他の患者を悪く言うのは本当に止めていただきたい。しかし、言ったところで止める訳も無い。司馬崎は苦笑いを浮かべる以外、抵抗の仕方を見出せなかった。
「医者・・・おふたりは、医者なのですか。確かに、司馬崎さんの医療魔法は凄かった・・・止血して傷を塞ぐまで、あんな速いのは見たこと無い。伏見さんもかなり強いようだし・・・いったい、貴方たちは何者なんですか・・・?」
司馬崎と伏見は、顔を見合わせる。すると伏見がこの質問者に向けて、顎を小さく動かした。司馬崎は、僅かに眉毛を上げると質問者である石河に向き直った。
「僕たちは、ブルーム・ドクター。救難信号ひとつで何処へでも駆けつける、空飛ぶお医者さんです」
冒険者になる時、彼等に特別な資格は必要ない、年齢制限も無いに等しい。それが冒険者。誰でも手軽になることができ、どんな人間も英雄にまで登り詰めることのできる“可能性“を秘めている。その大義名分こそが冒険者という名の迷い道。今は、冒険者飽和時代。魔王を討伐せんと立ち上がる、勇気と軽率を兼ね備えた彼等に待ち受けるのは地獄の旅路。そんな混沌の中において人類の希望となり得るのは、
魔王を討伐し飽和に終止符を打つ英雄か
それとも空飛ぶお医者さんか
物語はまだ始まったばかりである。
ブルーム・ドクター 〜救命魔導士の診療録〜 まけぐみ @Sought
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