『天使の檻』

道標

序章:邂逅、闇と天使

はるか昔から今に至るまで、天が危ぶまれたことはないだろう。

ある厄災が人知れず世を呑みかけた、ただ一度を除いて。

天使は闇夜を識らず、闇は光を知らず。

──ある高名な吟遊詩人の詩より引用。


かつて、天使が下界にて人を助くことが当たり前であった頃の話。


一際輝く光輪を、頭上に戴く天使がいた。

かの天使の周りは光輪により常に明るく、

夜であろうと、天使の近くであれば昼と錯覚するほどであったとされる。


これは、その一柱の天使の話。


"天"より遣わされた天使の役目は唯一つ。人々を幸福へと導くこと。

しかし、あくまでも人が歩むは人の道。天使が歩むのは人々の先でなく、

ふと困難を前にした時、立ち止まってしまうような人の後ろである。


来る日も来る日も、天使は悩める人々を導き続けた。


ある時は、妻と喧嘩してしまったと嘆く壮年の男性を。

ある時は、孫のためと重い荷物を運ぶ老年の女性を。


そうして、天使がひとつの村に馴染むようになってひと月ほどであろうか。

その日は雲ひとつなくよく晴れた、良い朝であった。


いつものように、村の人々を手伝う天使だったが、

この日はいつもより少し遠く、村のはずれまで歩いていた。

日はまだ昇り切らず、正午より少し前といったあたりだろう。


天使は村への帰路を歩いていた。

いつも通り、輝く光輪を頭上に掲げて。


すると、普段歩かない道であるためか、

見慣れぬ扉を見つけた。


そこへ通りがかった村人が、天使に声をかけた。


「お嬢ちゃん、そこは暗くて危ないよ。」

「昼間に入っても、明かりを持って入っても、暗いままなんだ。」


天使にひと通り忠告をした後、村人は足早に帰っていってしまった。

『急いでいたのかな、私も早く帰らなくちゃ』

足を進めようとした時にふと、天使は村人の言った内容が気になり始めた。


"昼間に入っても、明かりを持って入っても暗い場所"。


というのも、天使はその性質上、"暗い"ということに対して実感が湧かなかったからだ。


『…私が入ったら、どうなるのかな』

そんなことを思いながら、自身の上にある光輪をつついて考える。


扉の前でしばらく立ち止まり、"のぞいてみるだけ"と、天使は扉に手を伸ばした。

ギギギ…と扉の軋む音。長く使われていなかったせいか、扉はとても重く、

人間よりも力持ちな天使ですら一苦労、というほどであった。


───暗かった。


村人の言う通り、部屋の中は真っ暗だった。


けれど、そんなはずはない。

だって私には、光輪があるから。


『…あ、あれ…?おか、しいな…?』


天使にとって、初めての"暗闇"。

起こり得ない"異常"。

光輪は変わらず、確かに頭上に有る。


…この部屋に、確かに有る、

否、居るもの。


………それは、天使だけではなかった。

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