イノセンス
藤沢ローリング
イノセンス
ドン!!
「おい!佐渡!!
またここの数字間違えているぞ。
何度言えば分かるんだ。」
飯田部長の罵声の前で、今日も俺は縮こまっていた。
「はい。申し訳ございません。」
エアコンが効いたオフィスで、一筋の汗が額からこぼれる。
同僚たちはキーボードを叩きながら、チラチラとこちらを見ている。
「お前はいつもミスばかりだ。
いい加減学習しろ!!」
「本当に、申し訳ございません。
次からはこのようなことがないように、気をつけます。」
「まったくお前というやつは。
おい、お茶!!」
部長はグイッと一気に湯呑を傾けると、そのままの勢いで叫んだ。
ドン!!
「もうあの部長何なんですか。
いつもいつも俺のこと叱ってばかりで。」
「まあまあ、そんな気を立てないで。」
仕事帰りの居酒屋。
俺はジョッキを飲み干し、勢いよく机に叩きつけた。
いつものように八重 希先輩が話を聞いてくれる。
「大体他の人がミスしても軽い注意だけなのに。
いーっつも僕ばかり怒鳴ってさ。
先輩は部長のことどう思います?」
「うーん。悪い人ではないと思うよ。
ちゃんとみんなのこと見ているし。」
そう言いながらカルアミルクをちょびちょびと飲んでいる。
「僕にはそうは思いませんね。
第一、先輩が怒られたところ見たことありませんよ。」
「え、そうかな?」
「僕は納得いきませんよ。
すみません。生もう一杯ください。」
こうして今日も俺の愚痴も雑多な音声の一部となるのだった。
「うわ~頭痛い。飲みすぎた。」
外からスズメの鳴き声が聞こえ、窓から光が漏れ出していた。
俺はしばらくベッドに座ったままボーっとしていた。
すると、
「ニキャキャ。」
「うん?何だ?」
俺はベッドから視線を床に落とす。
すると窓辺の小さな光の筋に、ふわふわしたリンゴくらいの大きさの、白い生き物がいた。
「ニキャキ!」
綿毛のような見た目のそれは、大きな目で俺を見るとベッドに飛び乗って来た。
「うわぁ!!なんだ虫?あっち行け!」
振り払った手がバシッとそれに当たるとフワッと空を舞いながら
「ニキャ~。」
と鳴きながら床に下りていった。
そして懲りずにまたベッドに乗って来て、ジッと俺を見つめている。
「何なんだよこいつは…。」
指でつついてみると、ふわふわの毛が指を包んだ。
「ニキャ~。」
するとそれは、うっとりと目を閉じていた。
「お前、何だかかわいいな。」
「ニキャ!!」
すると、
ピピピ。ピピピ。
「やべ、もう仕事行かなきゃ。」
俺はベッドから飛び起きて急いで支度をした。
「まさかついてくるとは。」
「ニキャ!」
その白い綿毛は今俺の肩に乗っている。
「まったく、こんな変なの見られたら何て言われるか。」
「あら、佐渡さん。おはようございます。」
アパートの入口で大家さんがゴミ捨て場の掃除をしていた。
「お、おはようございます。」
「ニキャ!」
背中がビクッとなり、ゆっくりと大家さんを見る。
「佐渡さんは今日もお仕事ですか。頑張ってきてくださいね。」
「は、はい。ありがとうございます。」
すると大家さんは軽く会釈して、掃除を再開した。
「一体どうなっているんだ?あの反応?」
ゆっくりその場を離れてから、振り返る。
すると掃除する大家さんの周りには、俺のとは違う綿毛が一匹飛び跳ねていた。
朝食を買いにいつものコンビニ行くと、レジに列ができていた。
「おいおい。こっちは急いでるの。
早くしてくれない?」
「ス、スミマセン。」
レジで留学生のエミリーが、おどおどしながら商品を袋に詰めていた。
「もっとテキパキしてよ。
ほら、あんたのせいで皆待っているよ。」
「スミマセン。スミマセン。」
すっかり肩をすぼめてしまった彼女に、いつものような笑顔はない。
「なあ、お兄さん。そこまで言わなくても…。」
俺が声を掛けようとしたら、彼女の肩から
「ニキャ!!」
あの白い生き物がピョンと飛び降り、男性の肩に軽々と上って行った。
そして、
「ニキャ~!!」
男性が持っている財布に勢いよく体当たりした。
ジャラジャラジャラジャラ。
それとともに、レジの前に小銭が散らばった。
「くそっ。手が滑った。」
男性は慌てて落ちたお金を拾い始めた。
その間にエミリーは商品を詰め終わり、ホッと胸を撫でおろしていた。
「アリガトウゴザイマシター。」
エミリーに笑顔で見送られ、コンビニを出て職場に向かう。
すれ違う人を見ると、漏れなく全員の肩に白いふわふわが乗っていた。
「ニキャ!」
「ニキャキャ。」
あんなに騒がしく鳴いているのに、誰も見向きもしていない。
「俺の頭がおかしくなったのか?」
ゆっくり俺の右肩を見ると、それはリズミカルに左右に揺れていた。
「おい、婆さん!!早くしろよ!!」
少し先の横断歩道から執拗にクラクションが聞こえてきた。
そこにはおばあさんが杖を突いて、ゆっくりと歩いていた。
「婆さんのせいで仕事に遅れるだろうが!!」
おばあさんの杖はよく見ると、小刻みに震えていた。
俺は気付けば駆け足で横断歩道に向かっていた。
「おばあさん、大丈夫ですか?」
俺が着くと同時に、おばあさんの肩に乗った白い生き物がピョンと飛び降りた。
そして信号機をスイスイと上っていき、信号の上にいたハトに体当たりをした。
べちょ。
「うわ、最悪だ。フロントガラスに糞落としやがった。」
そう叫んでいるうちに、俺はおばあさんと横断歩道を渡り切った。
ブゥゥン!!
物凄く大きなエンジン音を轟かせ、車は猛スピードで消えていった。
「すまないねぇ。お兄さん。」
「いえいえ、お気になさらず。」
「ありがとね。」
小さく手を振るおばあさんの背には、綿毛がピョンピョン飛び跳ねていた。
「おい、佐渡!!
お前5分遅刻しているぞ。」
到着早々部長に呼び出された。
「すみません。部長。
来る途中でおばあさんを助けていまして。」
ドン!!
「そんなベタな言い訳が通用するか!!」
拳を机に振り下ろし、湯呑のお茶が激しく波打つ。
「大体お前はいつもたるんでいるんだ。
もっと社会人としての自覚をだな…。」
『あ~あ、早く終わってくれないかな。
大体俺だって遅刻したくてしたわけじゃないっての。
もううざいな。』
部長の言葉を聞き流しながら、心で愚痴を吐く。
すると、
「ニキャ!」
俺の肩から綿毛が飛び降り、部長のデスクを転がっていく。
「ニキャ~!!」
そして、湯吞に体当たりをした。
「うわ!!熱っ!!」
湯呑からこぼれたお茶が部長の膝にかかった。
「ニキャ!」
立ち上がってバタバタしている部長の前で、綿毛が俺にウィンクした。
『ナイス!!』
俺は小さく答えて、ウィンクをした。
昼休み、俺はいつもの倉庫でご飯を一人で食べていた。
「いや~お前すごいな。
さっきは助かったよ。」
「ニキャキャ。」
綿毛は目を細めて、左右に飛び跳ねる。
「お前って困っている人を助ける正義の味方みたいだな。」
「ニキャ~?」
「ふふ、可愛いやつめ。」
俺が手のひらで撫でると、うっとりとした目で見つめてきた。
「そうだな、お前の名前はニキャキャってのはどうだ?
これからもよろしくな、ニキャキャ。」
「ニキャ!」
強いまなざしで、大きく一回頷いた。
ドン!!
昼下がりのオフィス。
かつてないほどの沈黙と緊張が支配していた。
「八重くん。君とあろうものが、これはありえないぞ。」
「申し訳ございません。部長。」
初めて見る光景に、誰もが自分の手を止めていた。
「こんなミスをするくらいなら、もう一度研修からやり直すか?」
「おっしゃる通り私の未熟さが招いたミスです。
深く反省し、今後で必ず挽回して見せます。」
俺は先輩のあんな小さな背中を見たことがなかった。
その俯いた姿勢を見ていると、目元が自然と潤んでしまった。
「ったく使えないやつだな。
もういい、次はないからな。」
「はい、承知いたしました。」
背筋をスッと伸ばして、先輩はこちらへ向かってきた。
「先輩…。」
声を掛けようと立ち上がると、先輩はこちらを向いてそっと微笑んだ。
「え?」
その時彼女の肩にいたニキャキャはぐっすりと眠っていた。
「何であいつ先輩を助けないんだよ…。」
そのままオフィスを出ていった先輩を見送るしかできなかった。
「先輩!!今日はいっぱい飲みましょう。」
いつもの居酒屋で俺は二杯目のジョッキを飲み干した。
「もう、佐渡くん。今日はペース早いよ。」
そう言いながら先輩はチビチビとカルアミルクを飲んでいる。
「これが飲まずにやってられますか。
あんな風に先輩を怒ることないじゃないですか。
先輩は何とも思わないのですか?」
「それは、すごく反省しているし、申し訳ないなって思ったよ。」
「そういうことじゃないですよ。
第一、何で先輩のニキャキャは先輩を助けなかったんですか?」
俺は彼女の背中でずっと寝ているそれを指差した。
「え?ニキャキャ?」
「あ、いや。何でもないです。
すみません。ジョッキ生お願いします。」
「ニキャ~。」
俺のニキャキャは顔を赤らめ、この場に酔っているようだった。
「私は部長のこと、そんな悪く思えないな。」
「あんなことまで言われたのにですか?
おかしいですよ。」
「だってあの人はいつも、叱っているだけだから。」
先輩は真っすぐ俺の目を見た。
「だからああやって怒鳴って怒っているのがムカつくんじゃないですか。」
「そっか、佐渡君にはそう見えるんだね。」
先輩の視線は下を向き、またカルアミルクを飲みだした。
翌日、今日も俺は部長のデスクの前にいた。
「佐渡!!お前いい加減にしろよ。
この前と同じようなミスしてるじゃないか。」
「すみません。間違えました。」
ドン!!
「お前はまったく成長しないな。
小学生からやり直すか?あ?」
「ニキャ!」
俺の肩からニキャキャが飛び降り、湯吞に体当たりする。
しかし、空の湯吞が虚しく転がるだけだった。
「お前次やったら本当に許さないからな。
覚悟しとけよ。おい、お茶!!早く!!」
「本当にすみませんでした。」
俺は深々とお辞儀をして、ようやく解放された。
「まったく。あんなことまで言うか普通?」
トイレから出た俺は、オフィスに戻る階段を上っていた。
「あんなこと毎日言われていたら胃に穴が空くっての。
あ~あ、あのおじさん消えてくれないかな。」
「ニキャ!!」
俺のニキャキャがピョンと軽やかに肩から飛び降りた。
「ニキャ。二キャ。」
そしてピョンピョン跳ねながら階段を上っていく。
「あ、部長。」
階段を降りている部長が見えた。
「ニキャ~!!」
「お前。やめ…」
ニキャキャが部長の足にタックルをかました。
ドタドタドタ。
「部長!!しっかりしてください。」
踊り場で倒れる部長を抱きかかえると、頭から血を流していた。
「部長!!聞こえますか?」
頬に痣ができた部長は反応がなかった。
「佐渡くんどうしたの!?」
「八重先輩!!部長が…。」
「!!すぐに救急車を呼ぶわ。」
駆け寄ってくる人が増えていき騒がしくなる。
しかし俺には何も聞こえなかった。
ただ、俺の視線の先で
「ニキャキャ。」
満面の笑みで飛び跳ねる俺のニキャキャの声だけが聞こえた。
救急車が到着し、部長は担架で担ぎ込まれた。
「僕もついて行きます。」
乗り込もうとすると、先輩の手に遮られた。
「佐渡くんはここに残って。
係長が同伴するから。」
救急車がけたたましくサイレンを鳴らし消えていく。
「さて、仕事に戻るか。」
ぞろぞろとオフィスに戻っていく同僚。
しかし、俺はそのままそこから動けなかった。
「一体どうしてこんなことになったんだよ。
お前、正義の味方なんだろ?」
俺はオフィスに戻らず、倉庫で座り込んでいた。
手からは鉄の匂いが取れないまま、鼻を突く。
「ニキャキャ!」
さっきから左右に揺れて上機嫌なニキャキャを見る。
「お前、ずっと弱いものを助けてたじゃないか。
これはいくら何でもやりすぎだ。」
「ニキャ?」
すると、俺の頭の隅にニキャキャとの出来事が映り込んだ。
コンビニで怯えていたエミリー。
「もっとテキパキしてよ。
ほら、あんたのせいで皆待っているよ。」
「スミマセン。スミマセン。」
『マッタク。ウルサイナ。
オマエナンテ テンバツガ クダレバイイ。』
「ニキャ~!!」
男性の財布が落ちて小銭が散らばった。
『フン ザマアミロ。』
横断歩道を渡るおばあさん。
「婆さんのせいで仕事に遅れるだろうが!!」
おばあさんの杖はよく見ると、小刻みに震えていた。
『まったくせっかちな小僧だ。』
「ニキャ~!!」
フロントガラスに糞が落ちる。
『ふん、いい気味だわ。』
「おい、何だこの声。
これじゃあ、まるで。まるで…。」
俺の心臓は黒いものに鷲掴みにされ、喉を震わせた。
「あんなこと毎日言われていたら胃に穴が空くっての。
あ~あ、あのおじさん消えてくれないかな。」
そして階段から落ちた部長。
「まさか、お前。
正義の味方じゃなくて、俺の悪意そのものなのか?」
「ニキャキャ!」
その不気味な白い物体は、ニッコリと笑って大きくジャンプした。
「それじゃあ、部長が怪我したのって俺のせいじゃないか!!」
「ニキャ!」
その笑顔に、俺の胸はぐさりと刃のように貫かれたように痛んだ。
「なんてことをしてしまったんだ。
すみません、部長…!!」
痛みに耐えきれなくて苦しく、俺は大粒の涙を流した。
拭いてもそれは止まることなく流れ続けた。
「お前が!!お前がいたからこうなったんだ!!
消えろよ!!」
俺は肩からニキャキャを振り下ろし、蹴飛ばした。
「ニキャキャ!!」
遊んでもらっていると勘違いして、飛び跳ねている。
「くそっ。消えろよ。」
拳で殴り、いくら蹴飛ばしてもニキャキャには傷一つつかない。
それどころかどんどん大きくなっていく。
「ニキャキャ!」
「黙れ!!もうお前なんて見たくないんだ。」
サンドバッグの大きさにまで膨れ上がったニキャキャに、ボディブローをかました。
すると、今まで上機嫌だったニキャキャの笑い声が止まった。
「な、何だよ?」
「ニキャ。」
いつの間にか低い声になったそれは、目の前の棚を倒してきた。
「うわぁ。やめろ!!」
「危ない!!」
ドシンと音とともに俺は突き飛ばされていた。
そしてそこには八重先輩がいた。
「先輩!!どうしてここに?」
「いつまでも、君が、戻ってこないから。
それに大きな声も、したから、ね。」
床に倒れたまま先輩は俺にニッコリと微笑んだ。
「え?そんな。先輩!!」
先輩の足元を見ると、棚に押しつぶされて見えなくなっていた。
「ははは。そんな大したことじゃないよ。」
「今助けますから、少しだけ我慢してください。」
俺は駆け寄って、両手いっぱいに力を入れて棚を持ち上げた。
「先輩。大丈夫ですか?」
「うん、大したことなよ。」
先輩がさすっている足を見ると、あり得ないほど腫れあがっていた。
「僕のせいでこんな目に遭ってしまって…。」
「私は大丈夫だから、もう泣かないで。ね。」
先輩の指が俺の目じりをそっとなぞった。
「それよりも君が無事でよかったよ。」
「そんな、先輩。僕のせいでこうなったのに。
むしろ恨んでくれた方がありがたいです。」
「そんなこと、できないよ。」
俺は先輩の肩の白い物体を見た。
「こんなことになっても寝ているなんて…!!」
俺はそれが意味することを知って、言葉を失った。
「先輩、今すぐ病院に行きましょう。
車出しますから。」
「ごめんね、迷惑かけて。」
「それは僕のセリフです。」
俺は先輩に肩を貸してぐちゃぐちゃになった倉庫を出た。
「先輩、もう少しで着くので我慢してください。」
俺は思い切りアクセルを踏んで病院に向かっていた。
「あのね、佐渡くん。
聞いてほしいことがあるの。」
助手席でぐったりとした先輩がこちらに顔を向けた。
呼吸も荒く、顔は真っ青だ。
「部長はね、君のことを思って叱ってるんだよ。」
「何ですか。こんなときに。」
俺はチラッと助手席を見て答えた。
ハンドルが手汗でツルツル滑る。
「部長言ってたの。
『佐渡くんは昔の俺に似ている。
あえて厳しく接するが、黙って見ていてほしい。
あいつには、それを乗り越える力がある。』
って。」
「部長がそんなことを、ですか?」
背中に汗が流れ、心臓がドクドク音を立てる。
「うん、秘密だったんだけどね。
だから、病院に着いたら部長のところに行ってあげて。
もう意識取り戻したみたいだから。」
「…。分かりました。」
俺は真っ直ぐ前を見つめ、力強くハンドルを握った。
「先輩、本当に大丈夫ですか?」
病院の待合室で椅子に座る先輩の顔を覗く。
「うん、後は見てもらうだけだから。
早く行ってあげて。」
額に脂汗を滲ませながら、先輩はそっと微笑んだ。
「また戻ってきますから、少しだけすみません。」
俺はエレベーターに乗って病室に移動した。
コンコンコン。
「失礼します。」
ドアを開けた瞬間、薬品の匂いが鼻一杯に広がった。
「おお、佐渡か。
驚かせてすまなかったな。」
頭に包帯を巻いた部長が、ベッドからこちらを見た。
「いえ、あれは僕のせいで。」
「そんなわけないだろう。
あれは俺が足を滑らせただけだ。
お前は居合わせて運が悪かったな。」
「そんなことはありません。」
椅子に座った俺は、俯いた。
「どうやら骨をポッキリやったみたいで全治3カ月らしい。
しばらく俺に怒鳴られずに済んでラッキーだな。」
「そんなことありません!!」
俺はバッと首を上げ、真っ直ぐ部長を見た。
「部長にいつも怒鳴られるのは、それはその、ムカつきます。
けど、ムカつくのは部長が正しいからです。
まだまだ至らないところばかりですけど、これからも遠慮なく叱ってください。」
部長は目を大きく見開いたが、すぐに口角を上げた。
「馬鹿野郎。俺に怒鳴られないようにしろっての。」
「すみません。」
部長の手が俺の頭を撫で、俺はじんわりと温かいものが胸に流れ込むのを感じた。
「今日はいろんなことがあったな。」
社用車で先輩を家まで送った後、俺は駅に向かった。
「お前もさすがに疲れたか。」
すっかり手のひらサイズに戻ったニキャキャは俺の肩で寝ていた。
ドン。
「おい、痛てぇな。兄ちゃんよ。」
横を向いていたら、顔を真っ赤にしたサラリーマンと肩がぶつかった。
「すみません。」
俺は会釈をして、横を通り過ぎる。
しかし、
「おい、待てって。」
ガシッと俺の腕を掴み、俺を睨んできた。
口からは酒の臭いが匂ってきた。
「肩ぶつけておいてそれはないだろ。
ちゃんと謝罪しろよ。」
「ニキャ。」
俺の肩のニキャキャが目を覚ました。
「大丈夫だから。」
俺はニキャキャを優しく撫でた。
「不快な思いをさせてすみませんでした。」
俺は頭を大きく下げて、大きな声で謝った。
すると、道行く人が足を止め、俺らを見始めた。
「な。そ、そこまで言うなら許してやるよ。」
酔っ払いはまたふらふらとした足取りで歩き出した。
「ニキャ?」
ニキャキャが俺を不思議そうな顔で俺を見上げる。
「あのおじさんにだって辛いことがあるんだよ。
これくらい腹を立てることじゃないさ。」
すると、ニキャキャはゆっくりと目を閉じて眠り出した。
酔っ払いに絡まれたのに、不思議と心は温かさを感じていた。
イノセンス 藤沢ローリング @fujisawa-rolling
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます