与流と志南海 5〈手〉
ミコト楚良
手
与流と志南海 1〈未知〉
https://kakuyomu.jp/works/16818093081511252827
与流と志南海 2〈卵〉
https://kakuyomu.jp/works/822139841877846282
与流と志南海 3〈祝い〉
https://kakuyomu.jp/works/822139842322760637
与流と志南海 4〈天気〉
https://kakuyomu.jp/works/822139842709719187
↑続きものになっています↑
↓そして最終話↓
『
オレ。生きてるよ。
浅めのクレバスに落ちて急速冷凍されたのが、かえってよかったみたいだ。手足の指、全部やられたけど。
なぁ、今度、
もちろん、お前が、「あ~ん」してくれよ 』
ぼくの他、一時は全員絶望と報じられていた。
『 了解です 』
返信してから、さて七尾さんとは? となった。
なんで泣けた?
それでも、大学で学んだことは覚えていたから、職場復帰のために新卒者みたいな研修がはじまった。
今は療養棟から復帰リハビリテーション棟へ居住区を移っている。個室だけどパーテーションがドミトリー並みにやわで、静かな環境とは言えない。
以前のぼくだったら、即退去を願い出たことだろう。
だが、今のぼくは、あまり物音に頓着しなくなっていた。
それはまぁ、ぼくがぶっこわれたということなんだけど。
「不幸中のさいわい」
精神科訪問介護士の
前向きな人だ。
後ろ向きな精神科訪問介護士って、そりゃいやだけど。
気がつくと、ぼくは志南海さんの訪問を楽しみにしている。
志南海さんとすることもリハビリの一環だけど、二人で遊んでいるとしか思えない。
この間は立体パズルに白熱して。
志南海さん、完成が早いんだ。勝てない。くやしくて黙り込んだら、「君、病人でしょう」と呆れたようだった。
「負けん気はリハビリには必要です。私は友人に勝てなくて、さんざ練習しましたからね」
志南海さんがプライベートなことを話すのは、めずらしかった。
「友人て」
聞きたくなってしまった。
「えぇっと。小学生の時の。友だちだったのかな。中高が別で、大学でまたいっしょになってというような」
§
今日、
極地でのブリザード災害は、
全員死亡と聞かされて、与流の精神が一時、追いつめられたことをどう考えてんだと、オレは
だけどまぁ。
七尾隊員からのレターを受け取った与流の流す涙が、あまりにきれいで、その肩を抱きしめたくなって、参った。
この前は立体パズルをしていたら、「友人て」と、オレのことに興味を持ってくれたのか聞いてきて。
小学校で出会って、中高別で、大学でまたいっしょになってって、それ、おまえのことなんだよ。思い出せよ。
それから訃報があった。
§
――足元がおぼつかないので、付き添いをお願いしていいですか。
叔母の葬儀に出たかったぼくは、
「もちろん」と引き受けてくれた。
それで当日、車椅子ごと乗れる介護タクシーを手配したが、軍用車に運転手が陸軍士官のマッチョで、びびってしまった。
亡くなった父は海軍所属だったし、
「あっぶね。看護師の制服で来なくてよかった」と黒スーツ姿の志南海さんがつぶやいた。
一目で付き添い看護師とわかるパステルカラーの制服と、どっちを着るか迷ったらしい。
黒スーツ姿の志南海さんは見慣れなくて、なんだかまぶしかった。
ぼくも黒スーツを着用した。
恥ずかしながら、すべて志南海さんに着させてもらった。ハウスメイドロボットでは、そこまでできない。
白のブリーフまで見られてしまって、「これはぼくの趣味ではないです」と言い訳した。
「病院が用意するやつですよね」と、志南海さんはわかっていた。当たり前か。
ネクタイを結ぶのも志南海さんがしてくれた。
でも、志南海さん本人の黒ネクタイがよじれてるから。
ついには、「自分で結びます」と、黒ネクタイと格闘している志南海さんの手を抑えて、ついでにぼくは志南海さんのネクタイを直した。
§
人の葬式だというのに、不謹慎なことにオレは浮わついた。
あと研究室でお世話になったという同僚や医大生たちが幾人か。慕われていた人だったんだな。
与流がどうしても葬儀に参列したいと言った気持ちがわかった。
互いに、かけがえのない家族だったんだ。
「もうねぇ、お嬢さまは身の回りは、あらかた片付けておられました。坊ちゃまの思い出の品は処分する気持ちになれないと残してらっしゃいましたから、お送りしました。坊ちゃまには3年ほど前に御自分の余命のことはお話しておられましたが」
坊ちゃまというのは、与流のことか。
そして、そんな叔母の余命の話など今の与流にとって、はじめて聞く話と同じで本当に、せつなそうだった。
§
叔母の葬儀が終わった。
特に何もしていないのに、ぐったり疲れた。
それにしても、ぼくは忘れに忘れたものだ。
3年前に叔母は、ぼくに言い遺してくれたはずなのだ。
ぼくが何なのかを。
ぼくが誰から、何から生まれたのかを。
それを忘れてしまったせいで、ぼくは無責任に恋をしそうになっている。
ぼくが何であったのか忘れているぼくは。
§
――付き添いをお願いしていいですか。
もちろん二つ返事でオレは請け負った。
「介護タクシーは頼まないんですか」と確認したら、与流は「またあの軍用車で、あのドライバーさんかと思うとですね」と苦笑いした。「電車の方がリハビリになりますし」
そうだ。外出は社会復帰のリハビリになる。
その日、オレは看護師の制服を着るか普段着か迷ったが、結局、一目で融通が利く制服にして、車椅子の与流と電車で
オレらが生まれるずっと前に首都だった場所は、今は海の底だ。
緊急避難的に首都とされた八王子が、そのまま中核都市となったのが、じいちゃんの代だ。
七尾という人が指定したラーメン屋は、八王子駅前の高層ビルの中にあった。
人間て、なんでか高いところが好きなんだな。
与流の車椅子は前向きにエレベーターに乗り込んだ。
上昇するエレベーターによる、微かな気圧変化。黙り込んだオレに、エレベーターの壁の全身鏡の中の与流が、「
図星だよ。
一瞬、与流の記憶が戻ったのかと思った。
前に二人で遊園地の観覧車に乗ったときにも、そう言われたから。
「得意ってわけじゃないだけ、です」
そのときと同じ言い訳をした。
§
「おっ、久しぶり~」
店の前の待ち合いで七尾さんという人は、ミトンをはめた手を振った。
「お久しぶりです」
ぼくは車椅子のまま同調した。
それから、「看護師の
「あ~、そうなんだ。うんうん」
七尾さんは目を細めた。
「それでは。帰るときには連絡ツールで呼び出してください」と志南海さんが立ち去ろうとしたら、「待って待って」と七尾さんが呼び止めた。
「せっかくだから、いっしょに食べようよ。看護師さん。マンシンソウイの病人二人、置いてかないで」
たしかに。
満身創痍なんだよね、ぼくと七尾さんて。
「すごいな。七尾さん、ひとりでここまで来たんですか」
ぼくは七尾さんの
「左手のミトンの内側に交通系カードチップ内蔵して、右手のミトンの内側にクレジットカードチップ内蔵してるんで、割とスムーズに公共機関に乗れるし、支払いもできる。しかし、箸を持つのは一苦労だ。ひひ」
この人、極地でも、こういうキャラだったんだろうなぁ。覚えていないけど。
カウンター席しかないラーメン店で、ぼくの車椅子は幅を取ったが店主はイヤな顔ひとつしなかった。店主の鏡。
店のメニューは、ラーメン一択。清々しい。
そして、七尾さんの「あーんして」の件だが。
志南海さんが、さっと七尾さんの側に行き、ぼくから箸を奪い取るようにして、七尾さんの口元に麺を差し出した。
「あーん」
「なんか仕事っぽい。情緒がない」
七尾さんは口を尖らせたが、「看護師ですからねー」と言い切る志南海さんに大人しく、あーんして食べさせてもらっていた。
ぼくは自分の分を静かに、いただいた。
ぼくが食べさせてあげたかったのにとは微塵も思わなかった。
ぼくと七尾さんは傍目には病院を抜け出して、味の濃いものを食べに来た不良患者に見えたことだろう。看護師は共犯だ。
同じビル内のカフェに移って、七尾さんとは明日の話ばかりした。
在宅勤務から社会復帰するとか、来月封切りになる新作映画の話とかだ。
だから、「あなたのこと覚えてないんですけど」という気詰まり一切感じないまま、あっという間に時間がたった。
「じゃ。またなんか食べに行こーねっ」
七尾さんはミトンの手を高くあげて去って行きかけて、「やっぱ言っとく~」と、車椅子のぼくのところへ戻って来て、屈みこんだ。
「
§
七尾のばかやろぉぉ。ばらしやがった。
オレは頭が沸騰するかと思った。
与流は、ぽかんとして七尾さんの後姿を見えなくなっても見送っていた。
それから、おずおずとオレの方を見上げて来た。
「
「いや。ちょっと自分にもわかりかねます」
オレは車椅子の両肩にあるハンドグリップを握った。与流は車輪のハンドリムから手を放して、こっちに操作をゆだねてくれた。
きっと今、与流の頭ん中では七尾さんの言ったことが、ぐるぐる渦巻いている。
余計な負担をかけやがって。七尾~。
帰りの電車、車椅子スペースにはオレたちしかいなかった。電車の振動音に紛れて、与流が「すいません」と言って来た。
「二度も外出同行のお願いをして、すいませんでした。しつっこい患者だなって印象は残したくないんですけど。七尾さんから見て、ぼくの気持ちが駄々洩れだったってことなんでしょうね。心が弱っている患者が看護師さんを好きになるなんてよくある話ですよね。すいません。たぶん、退院する頃には大丈夫になっていると思うので。ほんと、すいません」
「えっ。そういう解釈?」
オレは目を丸くして与流を見てしまった。
てっきり、オレは七尾さんという人が、オレと与流が恋人同士だったとすっぱ抜いたとばかり。
うわぁ。恥ずかし。
で、オレのことをすっかり忘れている与流が、オレのことを好きになったと言ってくれている。この報われる感。
「た短期間にいろいろなことがあったから、
オレはしどろもどろになりながら、車椅子スペース横の窓際の普通席に座った。 膝で握っている両手の手汗がすごいことになってる。
なんかしゃべったほうがいい。がんばった。
「来月封切りになる映画、観たいですか」
「はい。観たいです。
与流は、はっきりこっちを見て笑ってくれた。
与流と志南海 5〈手〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm
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