【短編】レアアース会話劇(あるいは、レアアース問題に対する的外れな考察)

アイラ

第1話

「お父さん。レアアースって知ってる?」


「ああ、知ってるぞ。ひと昔前に流行はやった言葉だな」


「そうなの? クラスの男の子が、熱心に『レアアースは大事だ』みたいな話をしてたんだけど、今は流行ってないの?」


「中学生がそんな話をしているのか? 今は流行ってないと思うんだがなぁ。その子は宇宙が好きだったりするのかい?」


「どうなのかな。どっちかっていうと堅実なサラリーマンを目指してるようなタイプに見えるんだけど」




「そうか。で、その子はレアアースについて、どんな話をしていたんだい?」


「ええとね、『とても貴重だから、大事にしないといけない』って言ってたかな」


「そうか。そう言っていたのなら、お父さんの知っているレアアース…… 正確には『レアアース仮説かせつ』というんだが、その話で間違いなさそうだね」


「カセツ…… かりせつの仮説?」


「ああ。実際に確認するのは難しいけれど、分かっている事実やデータをもとに推測したものがレアアース仮説だ。『地球のように生命が誕生する可能性のある星はとても貴重なのではないか』とする理論でね。だからその子は『地球はとても貴重だし、人類という種も貴重なものだから、壊さないように大事にいしないといけない』っていう話をしていたんじゃないかな」


「そうなのかなぁ。その子って、けっこう自分勝手なことで有名なんだよ。学校の備品だって、ものすごく雑に扱うんだから」


「ハハッ、そうなのか。まあ地球全体のことと自分の身近なものを同列に考えるのは、大人でも難しいからね」


「そういうものなの?」


「うん。なかなか難しいんだ。他にはなにか言ってなかったかい?」




「う〜ん。『日本にも埋まってるから、ポテンシャルはある』って言ってたよ」


「え、そうなのかい? レアアース仮説はジャンル的にはニッチなものだし、それを研究したところで国益に結び付くようなものでもないんだけどな。『埋まってる』ってどういうことだろう」


「私には分からないよ。でも日本人ってイグ・ノーベル賞をもらうような変な研究をするでしょう? 『変わった研究をしている無名の人材がいるかも』っていう意味で『埋まっている』なんて言い回しを使ったんじゃないかしら」


「なるほど、お前の言うとおりかもしれないね。他にもなにか言ってなかったかい?」




「う〜ん。『有限なものだから、いつかは無くなっちゃう』って心配してたかな」


「ほお、面白い表現だ。『有限』とは、地球人類の種としての寿命のことを言っているのかな。だがレアアース仮説では、『地球だけが生命をはぐくめる唯一の星だ』とは断言していないんだ。確率が極端に低いだけで、宇宙の何処かに地球以外の生命が存在すると思うよ。そういう意味では、彼の言っていることは間違いかな。あるいは、他の星の生命も含めて『この宇宙もいつかは終わるときが来る』っていう意味で言ったのかもしれんな。でもそれって、もはやレアアース仮説とは別次元の問題になっちゃってるような気もするが」


「なんか、話のスケールが大きすぎるよ。男の子って、そういう話が好きだよね。自分の人生には関係のないことなのに」


「おいおい、急に冷めた事を言わないでくれよ。他にもなにか言ってなかったかい?」




「う〜ん。『もはや生活に欠かせない』って言ってたかな」


「え、レアアース仮説がかい?」


「うん。よく分かんないけど、日常を便利にしてくれてるんだって」


「ふむ? なるほど。もしかしたら、レアアース仮説が回答として挙げられる『フェルミのパラドックス』に用いられた『ドレイクの方程式』のことを指しているのかな」


「ちょっとなに言ってるのか分からないで〜す」


「ああ、ごめんごめん。正確には分からないことでも不確実なパラメータを積み重ねて『だいたいこんなもんだろう』という規模感を見積もる手法を『フェルミ推定』というんだ。その手法を理解していると、世の中のさまざまな数値を大雑把に知りたい時に役立つんだ」


「つまりその男の子は、日常的に『フェルミ推定』を使ってるってこと? どんな事を考えてるのかしら」


「う〜ん。中学生ならば、例えば『学校の図書館にある本の総数』とか『学校にある照明器具の総数』とか…… そういう疑問を思い付いた時に、おおよその数を割り出すことができるよ」


「それって生活に欠かせないことかしら?」


「いや、そう言われると自信がなくなってきたけど。でも、日頃からいろいろと疑問を持って考えるクセを付けておくと、人生が豊かになるんじゃないかな」


「大げさね。まあ、否定はしないけど」


「きっとその子は地頭じあたまが良いんだろうね。そういう人は本人が望んでいなくても、勝手に色々な疑問が浮かんでくるものなんだよ。他にもなにか言ってなかったかい?」




「う〜ん。そういえば、『まだ見つかっていない分もあるはずだ』って言ってたかな」


「ふむ。やはりレアアース仮説のことを言っているようだね。この宇宙には低い確率で生命が発生している可能性が高いんだが、我々人類の未熟な調査能力ではそれを見つけることが出来ないんだ」


「でもさ、その子の言い方だと、逆に『もう見つかっている分もある』みたいに聞こえない? 地球外生命って、まだ見つかってなかったよね?」


「残念ながら、まだ見つかってはいない。もし見つかったら世界中が大騒ぎだよ。……たしかに『まだ見つかっていない分ある』という言い方だと、『もう見つかっている分もある』という風に捉えることが出来てしまうね。その男の子、頭は良いんだろうが国語は苦手なのかな?」


「どうだろう? 個別の得意不得意までは、ちょっと分からないな。もしかしたら、私の聞き間違いかもしれないし」


「まあそうか。他にもなにか言ってなかったかい?」




「う〜ん。あ、『コストが高く付いちゃう』って言ってたよ」


「なるほど。たしかに、レアアース仮説を実証しようとしたら、ものすごい研究開発費が必要になるだろうね」


「そうなの?」


「宇宙のことを調べようとすれば、そりゃあ金もかかるものさ。大気の影響がない衛星軌道まで観測機器を打ち上げるだけでも物凄いコストがかかるだろうし、地上に観測施設を設置するにしたって超の付く高精度の機器だからね。お値段もして知るべし、さ」


「機械が高いだけじゃなく、打ち上げの費用も高いのね」


「人件費だって安くはないだろうな。専門知識を持った優秀な人材を揃えなきゃならないわけだから」


「ハードだけでなく、ソフトにもお金がかかるのね。それを税金でまかなわれたら、一般の納税者としてはたまったもんじゃないわね」


「うん、今日を生きるのに精一杯な階層の人たちから賛同を得るのは難しいだろう。それだけじゃなく、そうまでして予算を確保しても、単純に科学レベル・技術レベルが足りないからね。それが十分なレベルにまで発展するには、どうしたって時間が必要なんだ。……っていうかお前、随分と難しい言葉を使えるようになったなぁ」


「子供の成長は早いものよ。お父さんの話だと『コストが高く付く』というよりは、どれだけコストをかけても報われないだろうってこと?」


「いや、時間もコストの一部だと捉えれば、『コストが高く付く』という言い回しもアリだとは思うがね」


「どっちにしても実現はむずかしそうだわ」


「それはそのとおりだね。他にもなにか言ってなかったかい?」




「う〜ん。そうね。『C国への依存度が高いから、それが問題だ』って言ってたっけ」


「えっ、それはおかしいな。レアアース仮説はもともとA国で提唱された理論だし、その後もA語圏を中心に議論が広がっていったイメージなんだけど」


「それはレアアース仮説が提唱された頃の話なんでしょ。月日をるに連れてC国での議論が盛んになったんじゃない?」


「そうかなぁ…… C国みたいな全体主義国家で、実利を生まないレアアース仮説みたいなものが流行るとも思えないんだが」


「実利…… レアアース仮説は儲からないってこと?」


「うん、まあ。レアアース仮説は分野で言えば基礎研究であって、直接的な金銭的利益は生まないからね」


「そういう研究だと、たしかにC国では流行らなそうね」


「そうだろう? あの国では個人の興味や自由な発想なんかより、党の意向が最重要視される。金を生まず、国力の増加にも繋がらないレアアース仮説なんて、流行るはずがないんだ」


「おかしいわね。もしかして、私の聞き間違いかしら」


「どうだろう。父さん、世の中の動きにはうといからね。ちょっと情報端末スマートフォンで調べてみるか」




「お父さんって自分が好きなことは詳しいけど、世間のニュースには無関心だもんね」


「ハハッ、父さんが変わり者のせいで苦労をかけるね。どうも昔から、政治とか経済とか流行とか、そういったものに全く関心が持てないんだよ」


「それはそれで良いと思うよ。なんだかんだいって、会社では上手くやれてるんでしょ?」


「ああ、同僚と会話するときは適当に話を合わせているだけだからね。当たりさわりのない世間話ばかりでつまらないが、そんなもんだと思って我慢しているよ。心の底から楽しい会話ができる相手は、会社にはいないね」


「お父さんも苦労するわね」


「お父さんの苦労なんて、世間的に見れば大したことのないレベルさ。お前も将来楽しく生きたいなら、今のうちから人生について真面目に考えておいたほうが…… おおっ? 『レアアース』って、そういうことか」


「え、なに? 検索できたの?」


「すまない、我が娘よ。お父さんは壮大な勘違いをしていたようだ」


「なによ、もったいぶって。ちょっと情報端末それを見せなさいよ」


「ああ、ごめん、ごめん。どうぞ見ておくれ」


「ありがと。ええっと、なになに……」




「なによこれ。き…… 『きどるい』って読むの? 聞いたことがあるような、無いような……」


「ああ、希土類きどるいで合ってるよ。その男の子が話していた『レアアース』っていうのは、『レアアース仮説』じゃなくて『希土類元素』のことを指していたわけだな」


「うーん。なんで私たち、情報端末スマホで調べるまでに気付かないわけ? レアアース仮説のほうでも、なぜか普通に会話が成立しちゃったし」


「ハハッ、そうだね。お父さん、最初にレアアース仮説のことだと思い込んじゃったからな。その後でなにを言われても、レアアース仮説に考えてしまったわけだ」


「お父さん、思い込みが激しいもんね」


「おいおい、厳しいなぁ。でもまあ、ひとつ勉強になったじゃないか」


「そうね。私も普段からニュースとかをチェックしていれば、すぐに希土類の話だって気づけたはずだもんね」


「そうだねえ。親子のどっちかは知っておいたほうが良かったかもしれないな、これは」


「お母さんなら分かったかしら?」


「いや、お母さんはダメだろう……」


「そうよね。うちでいちばん世間の常識から遠い存在だもん。『レアアース仮説』も『希土類』も、どっちも知らない可能性が高いわね……」


「うむ…… まあ、あれだ。お父さんもニュースとかを気にするように心掛けるから、お前も最低限、世の中の動きには注意を払って生きなさい。そのほうがお前の人生にとってはプラスになるから」


「はぁい。そうしま〜す」

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【短編】レアアース会話劇(あるいは、レアアース問題に対する的外れな考察) アイラ @Scotch-whisky

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