【第五章:フィナティピ王国篇】

第9話 『北西氷壁行動への移行/闇教団側の暗躍』


 氷上拠点の夜が明けた。

 薄氷の光がテントの布を透かし、蒼白い朝を告げる。

 マーカス・ロッティは寝起きの煙草を指に挟み、外の風を一つ吸い込んだ。

 氷の粒が肺を刺すように冷たい――だが、それが目を覚ます。


「……やっぱり、嫌な沈黙だな。」

 彼が呟くと、背後から小さな足音。

 ユーコが白衣の襟を整えながら現れた。

 その瞳は、昨夜の祈りをまだ宿している。

「北西の方角……風が渦を巻いています。星霊の流れが少し乱れて。」

「兆しか。」

「ええ。凍てついた霧の中で、“何か”が反響しているようです。」


 そこへ、リュゼ・アウリステルが氷の風を纏って戻る。

 額に付着した雪が淡く光り、彼の声は澄んでいた。

「北西氷壁に異常。氷の層の下、まるで心臓が打つような波紋が走っていた。

音の高さからして……魔力振動。自然なものじゃない。」


 マーカスは短く頷き、魔銃の安全装置を外した。

「行くか。北西氷壁――“封印の欠片”の可能性があるなら、先手を取る。」


 ユーコが静かに手を胸に当てた。

「氷が語るなら、その声を聞きます。誰かの悲鳴でないことを祈って。」

 リュゼは優しく笑みを返し、彼女の隣に立つ。

「じゃあ、“氷上の誓い”を果たそう。僕らは同じ風を見ている。」


 三人は雪靴を鳴らしながら、白の世界へ歩き出した。

 その背に、朝陽が差す――しかしその光は、どこか冷たく曇っていた。



【暗躍断章:カース・コンヴェント】


 同じ頃、遥か南東の地下回廊。

 黒鉄の柱に鎖が巻きつき、微かな燭光が蠢く。

 〈闇の契約教団(カース・コンヴェント)〉の祈祷師たちが、無言で円陣を組んでいた。


「北が目覚めたか。」

 低い声が響く。

 男の顔は覆面に隠れ、片腕には黒い紋が浮かんでいる。

「“封印の欠片”は、眠りから離れつつある。氷の血脈がざわめく前に、我らが道を繋げねば。」


「巫女の兆候は?」

「まだ第三段階にも届かぬ。だが、星霊の加護は確かに動いている。

白き祈りが北の封印を呼び覚ましたなら……彼女は鍵となる。」


 沈黙が落ちた。

 燭光が一瞬だけ青黒く揺らぎ、何かの声が響く。

 ――“氷の誓いは血に還る。血の誓いは闇に帰す。”


 その呪文のような囁きとともに、黒い水が回廊を這い、やがて遠い北の氷原へと細い線を伸ばしていった。

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