あの日を探す

第二校舎の空き教室は、いつも通りの静けさだった。

西日が差し込むには少し早く、窓の外はまだ明るい。

俺と七瀬さんは、向かい合うでもなく、並んで座っている。


「今日は……探し方の話をしてもいいですか?」


唐突ではあるが、七瀬さんらしい切り出し方だった。


「探し方?」

「はい。その人が誰か、じゃなくて……どうやったら見つけられるのか」


なるほど、と俺は小さく頷く。


「人を特定しようとすると、行き詰まる気がして」


「顔も分からないし、名前も知らないですし」


それはそうだ。一学年約240名その内男子だけでも120名いる中から探しだすのはなかなか骨の折れる作業だ。


「だから、出来事から考えてみようかなって」


七瀬さんは、少しだけ視線を落とす。


「入学式の日、私は具合が悪くて……体育館を出ました。そして体育館横のベンチで少し休もうとしてました」


七瀬さんはどこからか出したメモ帳に記していく。


「ベンチに手をつこうとしたんですがバランスを崩して倒れそうになったんです。


俺は口を挟まず、続きを待つ。


「そしたら、近くにいた人が……私の体支えてくれて……そのままベンチに誘導されたんです」


「ほんの一瞬の出来事だったんですけどね……」


一瞬、という言葉にだけ、妙に重みがあった。

その一瞬の出来事で今も悩んでいるのだから。


七瀬さんは、そこまで言って小さく息を吐いた。


「つまり犯人は……入学式のタイミングで、たまたま体育館横のベンチを通った同じ学年の男子生徒であると」


条件を並べてみても、答えは出ない。

本人も、それは分かっているはずだ。

というか、犯人って……。


「結局、分からないままですね」

「まあ、そうなるな」


俺の返事に、七瀬さんは少しだけ笑った。


「でも、不思議と前より落ち着いてます」

「前は、“誰か”を見つけなきゃって思ってて」

「今は……“あの日”を探してる感じがします」


あの日を探す、か。なかなかお洒落な言い回しだ。今度機会があったら使わしてもらおう。


「もし、その日と同じ場所を通ったら、何か思い出すかもしれないですし……」


七瀬さんは少し間を置きこちらに顔を向ける。


「何も思い出さなくても……それでもいいかなって」


答えを急がない、という選択。


俺は黙って聞くしかできない。


「見つからなくても、助けてもらった事実は変わらないですから」


それは、ずいぶん大人びた言い方だった。

しばらく沈黙が続いた。

気まずさはない。


ただ、七瀬さんはまだ気づいていない。


――たぶん、それでいい。



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