明日、雨なら、外に行く。

藍銅紅@『前向き令嬢と二度目の恋』発売中

運は天に任せる……というか、天気に任せる

肉や野菜、チーズにヨーグルト、キムチや梅干しまで。

冷蔵庫の中身は食べ尽くした。

家の中にある食料は、ホットケーキミックスと海苔とみかんの缶詰。それから災害備蓄品のカンパンと飴とペットボトルに入った七年保存水。


それだけ。


「……卵と牛乳とバターを使わないで作ったホットケーキはおいしいのかしらねぇ……?」


首をかしげてみたら、長く伸ばしている前髪が鼻をくすぐった。

……前髪も、だいぶ伸びたのよね。さっさと美容院にでも行っておけばよかった。


考えながらとりあえず前髪を編み込みにしたけど、ヘアクリップが見つからない。


まあ、いいか……と、そのままにして、水溶きホットケーキ……についてもう一度考える。


うーん、いっそ、薄く焼いて、海苔でも巻いて食べたらマシ……?

それとも水で溶かないで、ホットケーキミックスとみかん缶の汁ごと入れて混ぜて蒸しパンでも作れるかしら……?


「ホットケーキミックスでしばらくしのいだとしても、そろそろ外に行かないと……。食料が尽きる」


はあ……と、ため息を吐く。


窓ガラスの向こうは完璧な晴天。青い空には入道雲まで浮かんでいる。セミの鳴き声まで聞こえてきそうな感じ。


「今は真冬のはずなのに……」


カレンダーは一月なのに、入道雲とはどういうことだ。

異常気象とか、温暖化とかじゃ説明のつかないほどの、きらっきらに晴れた空。

部屋のエアコンも稼働はしているけど、暖房じゃなくて、冷房だ。暑い。


「うーん……、外に出たくない……」


暑いから出たくない……というのが理由の一つ。


「まあ、暑さよりももっと出たくない理由があるんだけどねぇ……」


はあ……と、重々しくため息をつく。

ため息を吐いたら、パンとかおにぎりとかが出ればいいのに……とか、ポケットを叩いたら、ビスケットが出ればいいのに……とか。


無理なのはわかっているんだけど。

そんなファンタジックな展開くらい、起こってもいいじゃない……なーんてね。


「いつまでもうだうだしていないで行くしかない……」


と、言葉に出しつつ、部屋の中から体は動かない。


だって、行きたくない。

部屋から外に出たくない。

だけど、助けてくれる人はいない。


社会人一年目にして、あこがれだったはずの一人暮らし。

カレシとか作って、自分の部屋に呼んじゃおうかしら~なんて思いながらも、そのカレシなんか作れないまま、仕事だけをして、一人暮らしの部屋に帰る日々。


「病気をしても、一人。食料がなくなっても、一人……」


自分でなんとかするしかない。


……ということを、この数日間、何回も考えている。

考えているだけで、動きはしない私。


結果的に、部屋から食料品だけが減っていく。


いい加減に部屋から出て、食料を求めるしかないのに……。


窓の外を睨む。


「うー……」


明日、晴れたら、行く。

雨なら行かない。


「逆にしよう」


明日、晴れたら、行かない。

雨なら行く。


……ここ数日間、ずっと。冬なのに真夏みたいな晴れの日が続いているのだ。


晴れたら行かないって決めたら、明日も行かなくていいことになる……はず。


……つまり、先送りしているだけ。


部屋の中の食料品が尽きるまで、きっと私は動かない。部屋から出ない。


とりあえず、今着ているキャミソールとスカートを脱いで、パジャマに着替える。

そして、ベッドに寝転がる。


「先送りで何が悪い! 明日! 雨なら! 外に! 行くもん! 決めたもん!」


もん……って、何だ。コドモか。


だけど、数日間、誰とも喋っていないし、今この部屋には私一人だけ。


幼児退行くらい、許してほしい。おぎゃーとかはさすがに言わないから。


とにかく寝る。

ふて寝に近いし、現実逃避でしかないけど……寝る。



そうして……、寝て起きたら……雨が降っていた。しかも土砂降り。


「わあ……」


がっくりと肩を落とす。


「これは何が何でも外に行けと言うこと……?」


うーうーうー……。


だがしかし、いつかは行かないといけないのよ。

食料がなくなれば、餓死一直線。


「……着替えて行きますか」


のろのろと着替える。長袖のTシャツ。チノパン。靴はレインブーツ。災害備蓄品が元々入っているリュックを背負って。


その上からレインポンチョを羽織る。


「行くか……。あ、ナイフも持って行こう……」


栓抜きやハサミ、缶切りなどさまざまな機能が一体化したマルチツール……十徳ナイフをチノパンの後ろポケットに入れる。


「ま、気休めよねー……」


いつか、行かないといけない。それが今だった……なんてね。


息を吸って吐いて、部屋のドアを開ける。


そこに見えたのはマンションの廊下……ではなく。


「どう見てもジャングル。しかも晴れてるし……」


ドアを開けたまま、後ろを振り向き、部屋の窓の外を見る。


窓から見える天気は土砂降りの雨。

なのにドアから見える外は晴れている。

晴れた空にはドラゴンみたいな異世界生物が飛んでいる……。

更に、視線を地面に向ければ、スライムみたいな粘性の高い、半固形の物体が、ぴょんこぴょんこと跳ねている……。

引っこ抜かれてついてくるような、頭に花が咲いているコビトっぽい生き物も、群れになって移動しているし。

最弱の魚みたいな生き物とかも空気中にふよ~ふよ~と浮いている。


「あからさまに異世界……。もしくはゲームの世界……? とすると、あれらを倒してレベルを上げるとかしないといけないのかもー……」


さすがにあからさまなモンスターは食べられないとしても。

食料を求めないことには餓死一直線。


「運は天に任せて、行きますかー」


生きないとね。


私はとりあえず、部屋の中から一歩踏み出した。



終わり







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