ますこみのおもいで「順番」
ナカメグミ
ますこみのおもいで「順番」
新聞社の支局玄関を入って右側にある、応接用のソファ。
対面に座るその少女は、か細かった。中学2年生。傍らには涙ぐむ母親。
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中学校で、悪質ないじめにあっている女子生徒がいる。中学校や教育委員会に訴えているらしい。支局の耳に入ってきた。
まず、いじめの存在はあるのか。あるならば、被害者は、加害者は、だれなのか。学校側の対応は。教育委員会の対応は。
非常に慎重な取材を要するケースだ。
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いじめがあったとされるまちは、今は私の取材担当エリア。でも受け持ち始めたのは、ほんの少し前だ。
それまでは、男性の先輩記者が1年間、担当していた。そのまちについての知識量が、全然ちがう。持つ人脈が、全然ちがう。
まずは先輩記者がまちに入った。探った。
結果。実際に「いじめ」らしいことは、あるらしい。ある女子生徒が、中学校を長期にわたって欠席しているという。理由は、その痩せた容姿を揶揄する、悪口を言う、無視するなどの事例、らしい。
1990年代半ば。当時はガラケーが、一般に普及する以前の時代。現在のようなSNSに端を発する、ネット上のいじめはなかった。言葉や態度による、直接的ないじめが主流だった。
果たして記事化できるのか。するべきなのか。
学校側の判断は。教育委員会の判断は。
いずれにせよ、被害者に話を聞くしかなかった。
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まずは電話で接触。父親が、自宅への来訪を希望していなかった。被害者とされる中学2年生の女子生徒と母親に、支局に来ていただいた。
目の前の少女。細い。体幹が細い。腕も足も、細い。
ぼそぼそと、打ち明けてくれた。
クラスの中でも、活発な男子生徒数人が中心となって、その細い容姿の揶揄が始まったという。そのあとの無視。それがつらくて、学校に行けなくなったという。
母親が言う。学校にも改善はお願いした。教育委員会にも伝えた。でもなんら、改善策は取られないまま、今に至るという。
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先輩記者が、事前に女子生徒のクラス名簿を入手してくれていた。そしてゼンリンの住宅地図を広げる。取材には欠かせないアイテムだ。中学校の学区のエリアの地図を、入念に見て行く。
先輩記者が事前に得た、話を聞くべき、または事情を知っていると思われる生徒の苗字の住宅を、赤のペンで囲んでいく。
電話では警戒される。一軒に電話すると、仲間うちで連絡が回り、口裏を合わせられるおそれがある。直当たりが基本だ。授業や部活動が終わり、生徒が帰宅しているであろう、夕方から夜にかけての時間がベストだ。
担当したばかりでも、私の取材エリアである以上、直当たりは私。先輩は既に、十分な事前情報をくれた。あとはその取材先に、あたる順番だ。
失敗が許されない取材。デリケートな取材。入社2年目。相談したい。
ソファで新聞を読む支局長に、取材にあたる順番について相談した。
「そんなの、自分で考えて動け。自分の頭で考えろ。記者だろ」。
ちがう。ちがうよ。支局長。
私、自分で考えたくないからとか、怠けたいから、っていう理由で
あなたに相談しているんじゃないよ。
あれ、もっとデリケートな問題。
彼女の右手の、中指の外側の付け根。
赤く腫れた、たこがあった。おそらく吐きダコ。
彼女の左手首。服の袖で隠していたけど、一瞬見えた。
あれ、おそらくリストカットのあと。
小さなまちで、取材にあたる順番、間違えて噂になったら
あの細い彼女は、壊れてしまうよ。
「あたる順番、まちがえたら、みんな、口閉ざします。取り返しがつかないから、経験が乏しくてわからないから、相談してるんですけど」。
「そういうのは、自分で現場で経験、踏んで、考えるもんだ」
繰り返す支局長。足組んで、新聞読んだまんま。
現場で取り返しがつかなくなったら、「私、勉強になりました」じゃ済まないかもしれないから、相談してんの。
あんた、私の上司じゃないの?。その分、多く、給料貰ってるんじゃないの?
その給料には、新人の指導も含まれてるんじゃないの?
飲み込む。時間の無駄。自分の車に乗り込む。エンジンをかける。
そのまちまでは、車で1時間超。走り慣れた道。
運転しながら、取材にあたる順番を考える。
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小さな山あいのまち。住宅街といっても、都会ほど、住宅が密集しているわけではない。街路灯が、道や家を明るく照らしているわけでもない。
車を目立たないところに止める。地図をもう1度見る。自宅の表札を、懐中電灯で確認する。ピンポンを鳴らす。話を聞く。その繰り返し。
中学生は未成年。最初の関門は、母親なり、父親なりに、取材の了承を取り付けること。了承を得たら、生徒に玄関先で話を聞く。
小さなまちだ。記者がかぎまわっていることが分かる前に、短時間で要領よく。
玄関ドアを必ず閉めて。
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1番親しいとされる女子生徒の話。
「クラスの男子数人が、彼女を集中的にからかっていた。いじめだと思う」。
母親も、被害者とされる彼女に「いい子だ」と同情的。取材にも協力的。
別の女子生徒の話。
「男子のからかいは、そんなにひどいものではないと思う。男子が女子をからかうことは、よくあること。逆に、女子が男子をからかうことだって、よくある。彼女の方がどちらかというと、深刻に考えすぎているのだと思う」。
母親も同意。
「いじめというような、深刻なものではないと思いますよ」。
1番の加害者とされる男子生徒と親しい男子生徒の話。
「いじめではない。小学校時代から、お互いにみんな、知っている間柄だし、よくあること。他の生徒だって、似たようなことを言い合っている。学校に来ないのは、女子生徒が弱いだけ」。
玄関先で立ち会った父親。
「おたく、記者?。これって、記事にするの?。記事にするようなことじゃないと思うよ」。
1番の加害者とされる男子生徒宅。地域でも大きな家。
インターホン越しに、父親と思われる男性の声が対応。取材拒否。説得の余地なし。
ドア、開けられず。
そのほか、何件かの生徒宅を回るも、具体的な収穫はなし。
1時間の暗い道。沈んだ気持ちで、支局へ車を走らせる。
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帰って3人で相談。
私。「いじめと断定できる、決定打となる話は、現地の生徒の取材からは得られませんでした」。
男性先輩記者。
「中学校の教頭と、教育委員会の、とある委員に話を聞いた。内容の把握はしているが、確定的にいじめといえるだけの材料に乏しい。生徒たちに、人の心を傷つけるようなことは、お互いにしないように、一般的な指導をした」。
支局長の最終判断。記事化は無理、かつ必要なし。終了。おつかれさまでした。
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このようなケースの取材の難しさ。
同じことを言われたとき、されたとき。人によって受ける心のキズは、ちがう。
同じ人間だって、時によって、ちがう。元気な時。落ち込んでいる時。
同じ言葉、行動の刺さり方はちがう。
同じことを見ている周りの人間。その捉え方も、経験や感性によってさまざまだ。
親しみを示す「からかい」と捉えるもの。軽めの「いじり」と捉える者。
そして「いじめ」と捉える者。
物事は多面的だ。あの少女のキズが、本当は何に起因するのかは、わからない。
小さなまちに今後も住み続ける人たちが、いっときの転勤で訪れ、やがて去っていく若造の記者に、本当のことを話す可能性は、限りなく低い。
1軒家に住んでいた彼女の家族は、ほどなく引っ越した。
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金曜日の夜。明日は土曜出番はなし。休み。
勤務するこのまちでは数少ない、若者が集うカクテルバー。土地柄、外国人も多かった。久しぶりに、しこたま飲んだ。
翌朝。二日酔い。当たり前。
ベッドの上。左腕を伸ばす。左手の中指。
かつて、私のそこにも、赤いタコがあった。吐きダコ。
13歳。中学1年生。嫌なことがあった。汚れたように感じた。
留守番中に、1人で食べる夕飯の鍋物とご飯。ひたすら、腹に詰めた。
一時的に満たされる食欲。
食後。石鹸をつけて、入念に手を洗う。
トイレに行く。左手をのどの奥にツッコむ。刺激する。
左手の中指外側の付け根が、上の前歯の裏にあたる。
だから、継続的に吐き続けると、そこに、赤いタコができる。
吐く。吐き出す。すべて。体の中からの浄化。代替行為。
唯一のこだわり。右手は、勉強のときに筆記具を握る。いつも見る、私の大事な手だ。右手に吐きダコは、付けたくなかった。
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14歳。引っ越した。ヤンキーが跋扈(ばっこ)する中学校。カンニングを手伝っていたヤンキー君。私の左手を見て、すぐに気がついた。
「メガネブス、吐きぐせ、あるだろう」。
生活をともにする私の母親が、気づくことはなかった吐きダコ。自分の彼女もあるという。ヤンキー君の1個下の彼女も、細身だった。
シングルマザーやシングルファザーが多い地域だった。
私が通った1年間。似た体験を打ち明けあった女子生徒は、クラスに2人いた。
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24歳。今の私の左手。吐きダコのキズは、見事にない。左手首のリスカ痕は、わずかに薄く、残っているけれど。
まちを離れた、細身の彼女のキズも、いつか消えてほしい。
まだ新しかったリスカ痕も。
もう昼。慌てて朝刊4紙を取り込む。2日酔いなのに、吸うタバコ。
吐き気がした。禁煙しよう。
(了)
ますこみのおもいで「順番」 ナカメグミ @megu1113
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