第5話  始まりの村 (その5)

 ハルシカ村の殆どの住人が見守る中、この村の自警団の長であるケビンと模擬戦をする事になったトマクは、何故自分が選ばれたのか疑問に思っていた。対時する相手は体は大きく五つも年上の青年だ、対するトマクは半年前に成人の儀を終えてマイレイル辺境伯軍の従者に昇格したばかりの16歳の少年でしか無い、この歳の5歳の差は大きい。


 トマクの両親はマイレイル辺境伯の領都を拠点に、行商人として生計を立てていた商人だった。辺境での行商は危険と隣り合わせである、王都を中心に栄えている地域の村々は、領境が被るほど近くに村が点在しているのだが、王都から離れて行くに従って村と村の距離は長くなっていく傾向にある。


 村と村の間隔は丸、一日かけて歩いてたどり着けるほどの距離に在るのは稀で、2,3日歩き通してようやくたどり着けるのが普通なのだ、酷い時には五日を要してようやくたどり着ける程、村と村の距離が離れている地域がほとんどで、要するに野宿は当たり前なのだ。


 行商をする商人にとって一番の大敵は盗賊で在る、しかし辺境では勝手が違ってくる、魔物という恐ろしい怪物が昼夜を問わず襲って来るのだ。そうなると必然的に複数の商人が集まって隊列を組み村々を移動していく事になる。


 そんなある日、いつもの様に数人の顔見知りの商人と、護衛を雇い村々を渡り歩いていた時に、魔狼に襲われた。


 狼が魔物化した魔獣で、集団で獲物を狩る習性がある、しかもしつこく付き纏って来て、隙をついて襲い掛かって来るので、なかなか厄介な相手なのだ。


 1日歩き通して日が沈むと、馬車を柵がわりにして周りを囲み、野営をしていたのだが、その寝込みを襲われた。当然護衛と共にトマクの父親も応戦するのだが、隙を突かれて囲いの中心で母親と一緒に居た幼いトマクが狙われたのだ。


 幸いにも周りを囲っていた馬車の外に連れ出される前に、母親の悲鳴に気付いた父親に助けられたのだが、単身魔狼と対峙した父親が足に大怪我をおってしまったのだった。


 歩く事が不自由では行商は務まらない、自分の店を大きな街に構える夢を絶たれた父親は、知り合いの伝でマイレイル辺境伯の領都にある商店で働く事になった。


 雇われた身では当然生活は楽ではない、しかも思う様に動けない身体では力仕事をする訳にもいかず、当然座ってする仕事になる。


 雇い主に恵まれた事も有り、また父親が勤勉で良く働く事で信用を得て、支店の一つをまかされるまでになったのだが、下に弟と妹ができた事でトマクは、成人の議を待たずに仕事を求めて、家を出る事にしたのである。


 トマクの希望は両親に連れられて村々を渡り歩いた行商だった、しかしまだ子供の身で、自分の身体を守る事も儘ならないのは如何ともしがたく、取り上げず選んだ仕事は辺境伯軍だった。


 とかく荒事の多い辺境白軍ではあるが、まだ子供のトマクには戦う事は無理な話で、最初は子供でも出来る雑用から始まった。


 両親の教育が良かったのか、父親の真面目な性格を引き継いでいるトマクは、与えられた仕事を勤勉にこなしていった。その事が評価されて、同じ年頃の子供達よりも、重要な仕事を任される様になっていった。


 そうなると他の子どもたちに妬まれる事が日常的に起こるが、辺境伯軍はきちんとした縦割り構造が機能していて、自分達の上司に当たる年配の兵卒の人が、問題が起きる前に早期に解決していく事が、常日頃から出来ていたのだ。要するに集められた子供達を教育、育成する過程で、妬みや嫉妬といった自分を貶めていく感情を尽く排除していったのだ、そうする事で子供たちの向上心と責任感、敷いては正義感を育ていく事が目的なのだ。単純に使い勝手が良いからと、幼い子供達に雑用をさせている訳では無い。


 トマクにしても、本格的な訓練を初めてまだ半年にも成らないのだ、訓練と言ってもそのほとんどが、隊列を組み走る事と行軍が主な内容で、戦闘訓練などはほとんどした事は無かった。


 ただ槍を扱う上での基本的な動きと、人や魔物に対する槍の扱い方を従者の先輩や、極たまに騎士の方々にご教授してもらった事があるくらいのもので、厳しい訓練をしていたという自覚はまるでなかったのだ。


  模擬戦で使われる槍は刃先の代わりに槍の先には小さな穴の開いた革袋がまかれている、その中身は赤い果実が詰められていて、当たりの判定に使われているのだ。棒の先で突かれたり叩かれたりすると、体や服に赤い色がべっとりと付いて負傷もしくは死亡の判定に使われることに為る。


 ケビンは当初、対峙している年下の子供を、立ち処に打ち据えて勝鬨を上げ、自分の強さをアピールするつもりでいた。しかしいざ槍を突き合わせてみると、トマクに対して攻め入る隙を見いだせずにいた。幼い頃から餓鬼大将で向かう所敵なしのケビンであったが、チャンバラごっこの遊びの延長とはいえ、自分より力の弱い相手としか、戦った事が無かったのだ、当然力任での勝利になるので技量が伴う事も無い。


 どうにも攻め口を見出せずトマクの周りを右に左にと回り出すケビンであったが、トマクは面食らっていた。まだ本格的な訓練を初めて半年でしかないが、戦う事を生業としている大人から毎日の様に指導を受けているのだ、連日叩きのめされて居るのだが、打ち据えられぬ様にと日々工夫を重ねていくうちに、人とは成長して行くもので、昨今のトマクは鍛錬に置いても槍の扱いが様になって来ていたのだった。


 トマクは左に右にと動き出したケビンに戸惑って居た、余りにも露骨に隙だらけで動き回るものだから、誘っているのかと勘繰って居た位なのだ。しばらく様子を見ていたのだが、何時までも警戒していては埒が明かないと、仕掛けて見る事にした。


 ケビンがすり足もせず大きく繰り出した足の先を、一歩踏み込んで払うトマク。いきなり出足を止められたケビンはつんのめってバランスを崩す、すかさず胸に一撃を浴びせ素早く下がるトマク。


 一撃離脱は一対一の基本なのだ、その叩きこまれた修練に従って離れて様子をうかがうトマクだが、大げさに仰向けに倒れたケビンに疑惑の目を向ける。本来であればトマクがし掛けた時点で、避けて間合いを取る成り、足を払ってきた棒を抑えるか、足への攻撃を無視して必殺の一撃を仕掛けてくるのかと、ケビンの反撃が有る事を予測して身構えて居たのだが、トマクの攻撃を胸に受けて倒れ込んだ相手に対して、自分自身がこれ程警戒して居た事におかしさがこみあげてきた。


 自分と対峙している相手の技量を見出す事は、戦う上で大切な事だと口酸っぱく言われたことを実感していた。戦う事の鍛錬を受けて居ない素人とは、この様に動けないものかと、今更ながらに思い知ったのだった。


 「ちきしょう! 油断したぜ!!」と言いながら、倒れた時に手放した刃先の無い槍を掴んで起き上がるケビン。胸には真っ赤な斑点が付いているのだがお構いなしである、胸を突かれた時点で実戦なら死んで居てもおかしくは無いのだが、そこは見世物的な意味合いの有る、この場の状況では仕方がないとはいえ、何事も無かったかの如く対峙するケビンに、トマクは少しばかり呆れていたのは内緒の話だ。


 今度はいささか用心しながら動き出すケビン、どたどたと動き回る事が無くなったとはいえ、トマクの眼からしてもまだまだ隙だらけではある。もう一度ケビンの出足を叩きに行くトマク。ケビンも今度は予測して居た様で、足をすくいに来た槍を払おうとしたのだが、すでにトマクの得物は其処には無く、顔面へと迫って来ていた。


 鼻を突かれたケビンは堪らずにもんどり打って仰向けに倒れた、顔は真っ赤に染まってはいるが、それは恥ずかしいからではない。


 いや、大衆の面前で派手に倒されたのだから、顔を赤く染めても不思議ではないが、刃先の代わりに取り付けられた皮袋から染み出した果汁の汁がベットリと付いているのだ。


 もうそこまで来ると恥も外聞もなく、だだ相手を叩きのめす事のみがケビンの心に刻み込まれる。「ちくしょう!」と叫びながら起き上がり、槍を掴むと間合いも関係なく飛び込んで振り下ろして来た、力任せの勝負に持ち込むつもりの様だ。


 戦いの技量で勝ち目がなければそうするしかないのだが、それは悪手だ。大振りの打ち下ろしの見切りなど容易い、軽くかわしてケビンのガラ空きの脇腹に肘を打ち込みつつ自分の腰を相手の腰の下にぶつける、その時槍の持ち手を支点にして相手の脇に差し込んだ槍を捻り上げる。


 槍を使った捻り腰なのだが、槍で相手を投げ飛ばした格好になるので、そのままケビンは地面に叩きつけられる事になる、まともに受け身を取る事が出来ずに地面へと叩き付けられた事で、軽い呼吸困難を起こして気を失い掛けるが何とか持ち直したケビンは、絶望の眼差しでトマクを見据える。


 これだけの体格差で、気力も勝っている自分が、小柄な子供にまるで歯が立たない事が信じられなかった。まるで悪夢を見ている気分のまま動けないケビンに、フォスターが話しかける。


 「気が済んだかね、我々はもう行かねばならんのだが・・・まだ続けるかね?」と戦意を無くしたケビンに確かめる、どの道これ以上続けることは出来そうに無いのだが、確認の意味で聞いてみた。


 「なぜ勝てない。体格も力も気力も俺が凌いでいるというのに、なぜこうも一方的にやられるんだ」とフォスターの質問には答えず、独白じみた質問をして来たケビン。


 「なんだそんな事か。それは自覚の問題だな、お前は訓練と称してそこにいる自警団の仲間を散々打ち倒してきたのであろう? 自分より弱い相手といくら打ち合っても、己の技量の糧になる訳がない。それこそ魔の森に入りオークやオーガと対峙するくらい気概で無ければ、強くは為れんよ。其処のトマクはその分恵まれておる、まさしくオーガに匹敵する者に日々鍛錬を付けて貰っているのだからな、強く成らない訳がない」とフォスターが何気に話すが、周りにいるほとんどの村人が”そんな事をすると命がいくつあっても足りない。いや、オーガと好き好んで対峙する村人が居る訳がない”と心の中で叫んでいた。


 「それと、覚悟の違いだな。この者は自分の故郷を守る事を使命として叩き込まれておる、それこそ命がけでな。日々の日常がその緊迫感で満ちている者と、平和と安全を享受している者との違いだ。野生の動物は、捕食される側でも危険に対して敏感だ、逃げ切れぬと為れば無い牙を相手に向けてでも、何とか生き延びようとする。対して家畜は危険が迫っても切羽詰まるまで逃げる事もせず、逃げるにしても何処か必死さが欠けている、己の命が掛かっているというのにな」と国の在り様で変わる、日々の生活の中の人々の切迫感の違いを指摘する。


 当然周りに敵対国がなく平和を享受している国民と、いつ何時敵国が攻めて来るも知れないと、戦線恐慌している国民では、心の持ちようも変わってくる。それこそ侵略してくる隣国に警戒している国でも、当事者の辺境の民衆と辺境から距離の有る中央の人々でも、心の中では警戒感が変わってくる、此処は安全だという安心感がこの土地が戦場に為るかもしれないという不安を、払拭してしまうのだ。


 いや妄想してしまうと言った方がしっくりくる、侵略者は侵攻してくる時も場所も自分の都合で決めてしまうという事を忘れてしまうのだ。


 散々打ち据えられて、司祭見習たちに治療を受けて居るケビンをしり目に、村を出ていくフォスター行を見送ていた村人達に仕事に戻るように声を掛ける村長。


 「さあ~さあ。これで気が済んだじゃろう、仕事に戻ってくれ。取り敢えず不埒物の事はこの人たちに任せて居れば安心だ。何かあればその都度考えようでは無いか、今日の所はこれで納得してくれ」と言って村人に解散を促す。


 村を出ていくフォスターを見ていたユーベルに村長のカムクとカルシスが声を掛けるが、少しばかり考え事をしていた様で反応が遅れる。


 「ユーベル殿、いかがいたしました?」と尋ねたカルシスに。


 「いや、フォスター殿の事でな。いったい何者であろうか? 只者では無いとは思っていたが、武威だけでは無く民衆を引き付けるカリスマも持ち合わせて居ると為ると、何処かの貴族では無いかと勘ぐってしまうのだが、従者も従えず単独とは合点がいかなくてな」と自分の心境を伝えると。


 「確かにそうですな。不思議な御仁では在りますが、二心は無い様に見受けられました。しかも幼子を連れ歩くともなれば何か事情がありそうですな」と聖職者としての見解に、苦笑しながらユーベルが同意する。


 「それを含めて何れ分かる事でしょう、当面は私達がこの村を含めて近隣の村を哨戒しながら見て回る事に為りますが、根回しをお願いいたしますぞ、カムク殿」と村長に念押しするユーベル。この近辺の村の警備を確約したとは言っても、昨日今日決まった事では有るので近隣の村の承諾を得ていないのだ。


 しかもここ近辺の村の中心的な役割を担っているとは言っても、ハルシカ村単独で決めてしまっているので、近隣の村長を集めて話し合わなければ成らない。


 「分かっています、使いの者は出していますので近日中にここに集まるとは思いますが数日は掛かると思って戴きたい、何分村々の距離が離れていますので連絡するだけでも時間が掛かります」とカムク村長が答えた。


 「委細承知しています。さてその間にこの村の自警団の性根を叩き直さねばなりませんな」と自称自警団の若者に囲まれてふさぎ込んでいるケビンの見て他人事の様に言うユーベルに、「お手柔らかにお願いしますぞ」と冗談めかして村長が話す。

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天空の黄金龍、その伴侶たる者の物語。 一 止(イチ トマル) @ijukinn

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