第10話 もう限界…
深夜の静寂を切り裂くように、枕元でスマホが震えた。画面に浮かび上がった『陽葵』の名前。時計の針は午前一時を回っていた。
「……もしもし、陽葵? どうしたんだ、こんな時間に」
受話器の向こうからは、かすかな衣擦れの音と、押し殺したような吐息だけが聞こえてきた。
『あ、悠真くん? ごめんね、起こしちゃったよね。……ううん、なんでもないの。ただ、ちょっとだけ、声が聞きたくなっちゃって。明日…もう今日か、英語の小テストあるでしょ? 全然覚えてなくてさ、あはは……』
陽葵の声は、昼間と同じように明るく振る舞おうとしていた。けれど、その語尾は頼りなく震え、無理に作った笑い声が、かえって夜の闇に不自然に響いていた。
「陽葵。……嘘だろ。何かあったのか」
僕はベッドの上に身を起こし、真っ暗な部屋の中でスマホを強く握りしめた。
「陽葵、本当のことを言ってくれ。……何があった? 今、どこにいるんだ」
僕が努めて穏やかに、けれど逃げ道を塞ぐように優しく問いかけると、電話の向こうで不自然な沈黙が流れた。
やがて、小さく「……っ」という、息を呑む音が聞こえた瞬間、彼女が必死に支えていたダムが決壊した。
『……ん、……うあぁ……っ!』
堰を切ったように、激しい泣き声が漏れ出した。
『……悠真くん……助けて……。もう、大丈夫じゃないの。全然、大丈夫じゃないんだよぉ……っ! 家を、追い出されちゃったの……』
「……追い出された? お母さんにか?」
『……うん。お母さんの彼氏が……最近、私をそんな目で見るようになって……。お母さん、あの人に捨てられるのが怖くて、逆上したの。「あんたが誘惑したんでしょ」って……「私の幸せを奪わないで」って……』
陽葵の声は、恐怖と混乱で途切れ途切れだった。
『一ヶ月前までは、あんなに仲良しだったのに……お揃いのキーホルダー買って、一緒に笑ってたのに……。急に、お母さんが別人のようになっちゃった。私、何も悪いことしてないのに……っ。会いたい……。今すぐ、悠真くんに会いたいよぉ……!』
子供のようにしゃくりあげ、名前を呼ぶ陽葵の声。一ヶ月という短期間で、大好きな母親が自分を拒絶する怪物に変わってしまった。そのあまりに急激な絶望の深さを、僕は電話越しに突きつけられた。
「……今すぐ行く。いつもの公園で待ってろ。いいな、絶対に動くなよ。今すぐ行くから!」
僕はパジャマの上にパーカーを羽織り、玄関を飛び出した。
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