雨が君を連れてきた

野沢 響

雨は嫌いだったはずなのに……

 今日の午後から雨が降るなんて知らなかった。

 学校を出た時にはすでに暗い灰色の雲が空に広がっていた。

 傘は持って来ていないから、雨が降る前に家に着けばいいと思って走っていたのに五分も経たないで降ってきた。


 「ちくしょう! だから雨なんて嫌いなんだよ」


 誰に言うわけでもない。ただの独り言。


 雨足が強くなってきた。

 このまま走って家に帰ろうか、どこかで雨宿りをしようか。

 そんなことを考えながらスクールバッグを傘代わりにして走っていると、神社が目に入った。

 迷うことなくそこに向かう。

 拝殿に入って盛大にため息を吐いた後、


 「神社があって助かった…」


 そう呟いてから、この神社が恋愛成就で有名なことを思い出した。

 数日前にクラスの女子たちがこの神社の話をしていた。


 そんなことを思い出していると、前方から同じ学校の制服を着た女の子がこちらに向かって走ってきた。

 俺は向かって来るその子を凝視する。見覚えがある。


 (もしかして、宮下?)


 女の子は拝殿に入って来ると、肩で息をしながら顔を上げた。


 「あれ? 日野ひのくん?」


 「やっぱり宮下か。似てるなとは思ったけど」


 拝殿に駆け込んで来たのは宮下みやした初音はつね。クラスメイトで、俺が秘かに想いを寄せている女の子だ。


 「雨降ってきたから、止むまでここで雨宿りしようと思ってさ」

 

 「私も同じ。傘持ってくるの忘れちゃって」

 

 宮下は笑みを浮かべてそう口にすると、スクールバッグからハンカチを取り出して濡れた膝や手を拭き始めた。

 制服には雨で出来たシミがいくつも出来ている。

 あまり見ているのも失礼だと思って、すぐに顔を反らした。

 そのまま手に持っていたスマホの画面に視線を落としていると、「日野くん」と名前を呼ばれた。

 俺が顔を上げると、


 「日野くんも傘忘れたの?」


 「ああ。天気予報見てなくて……」



 そう言いかけた時、くしゃみが出てしまった。


 「あっ、ごめん」


 「ううん、謝らないで。大丈夫?」


 「大丈夫だよ。ありがと」


 好きな子に心配されてしまった。嬉しさに顔が緩みそうになるのを必死に堪えながら、笑顔で返す。


 宮下とは共通の友達を通して何度も話したことがあるが、二人きりでこうやって話すのは初めてだった。

 会話はしても友達と呼べる仲ですらない。もっと距離を縮められたらと思っていたところに今日のこの出来事だ。


 (何か話さなきゃ……)


 宮下に顔を向けた時、ふと彼女の持っていたスマホの待ち受け画面が目に入った。

 茶色い毛並みのトイプードルの写真だ。嬉しそうに笑顔で写っている。


 「日野くん、どうしたの?」 


 「あっ、宮下のスマホの待ち受け画面が可愛いなと思ってさ」


 動揺を隠しながらそう答えると、彼女の顔がパッと明るくなった。


 「この子、うちで飼ってる飼い犬なの」


 スマホの画面を見せながらそう言うと、「名前はモカ」と教えてくれた。

 

 「宮下、犬飼ってたんだな。性格とかはどんな感じ? おっとりしてる? それとも好奇心旺盛?」


 「モカはおっとりさんだよ。あと、少しドジっ子」


 嬉しそうにそう話す姿は飼い犬が可愛くて仕方がないといった様子だ。


 宮下は写真や動画が保存されているフォトアプリを開くと、飼い犬であるモカの写真を見せてくれた。

 ボールを咥えている姿、ぬいぐるみを抱いたまま寝ている姿、散歩中の姿などなど。

 どの写真もブレがなく綺麗に撮れている。


 続いて動画も見せてくれた。

 ボールをキャッチして嬉しそうにこちらに駆け寄ってくるものやドッグランで思いきり走り回っているものもある。その他にも犬用のホールケーキでモカの誕生日を祝う動画もあった。


 「どの写真も動画もいいな。幸せなのが伝わってくる」

 

 俺がそう口にすると、彼女は「へへっ」と照れ笑いを見せる。モカもかわいいけど、宮下の笑顔もかわいい。


 宮下のフォントアプリの中には他にも写真が保存されていた。

 友達と撮った写真から風景まで色々だ。

 俺がその中でも気になったのは、ガラスにいくつもの雫が付着した写真。


 「なあ、宮下。この雫の写真って何?」


 「ああ、これ雨だよ。家の窓ガラスに付いた雨の雫を撮ったの」


 「雨か……」


 独り言のように呟くと宮下は頷いて、


 「うん。小学生の頃から写真を撮るのが好きでね。雨の風景も好きだから、いいなって思ったらすぐ撮っちゃうの」


 宮下の撮った写真の中には屋根から滴り落ちる雨水の写真や、草を屋根代わりにして雨宿りする蝶の写真が保存されていた。


 「すごい。どれも綺麗に撮れてるな」


 「へへっ、ありがとう」


 彼女がまた照れたような笑顔を見せる。

 雨が嫌いだなんてとてもじゃないけど、口には出せないな。

 そんなことを考えていると、ふいに宮下が顔を上げた。そして俺に顔を向けると、


 「日野くん、見て」


 俺は言われたまま、顔を上げた。

 いつの間にか雨足は弱まり、灰色の雲の隙間からは日差しが見えている。


 「もう少しで雨止みそうだよ」


 「ホントだ」


 俺が答えると、宮下は持っていたスマホを空に向けた。

 画面は撮影モード。

 パシャっとシャッター音が鳴る。

 宮下は写真の写り具合を確認中だ。


 俺もスマホのカメラアプリを開くと、彼女と同じ様にスマホを空にかざした。

 俺も彼女の好きなものを好きだと思えるようになりたいから。


 ポイントを定めて丸いシャッターボタンを押した。



                          (了)

 

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