反 転

うたかた

第1話

「はーい、どうもアキラだよ。皆、こんにちは」

 深夜、マンションの一室。

 林省吾は三脚にたてた、ビデオカメラのスイッチを押した。ぽこん、と音がして録画が始まる。それなりの値段だった高感度カメラが、夜間にもかかわらず鮮やかな映像を映しだす。


 ホラーを中心に放送してきたアキラチャンネルも半年がたった。

 ネットや本で調べた怪異のでる場所へおもむき、じわじわとチャンネル登録者数を伸ばしてきた。廃墟の病院を訪れ、うら寂しいトンネルにいき、霊媒師のお祓いを撮るなどして。


 そうして先日、登録者数が一万人となったのだ。大台を達成したアキラと省吾は手を取りあって喜んだ。

 お祝いに大きな企画をやろうと、二人は鵜の目鷹の目で情報を集めた。

 国会図書館で怪談の本を読みあさり、雑誌や新聞なども確認する。呪われたと聞く場所が映えるか、現地に見にいきもした。ネットサーフィンも時間の限りおこなった。情報の海から、使えるものを探しだす。国内だけではなく海外のサイトまで。


 そんなある日。

 アキラが興奮気味に、省吾へ話しかけてきた。

「やったよ! 見つけたぞ。スペインのwebサイトなんだけど、すげえ動画が転がっていた。なんと、悪魔を召喚しているんだ」

 眉唾だな、と省吾は疑いながらも一緒に動画を観た。そして、思ったのだ。


 ──本物だ! これをやれば絶対にバズる。


 

「なんと、今日は悪魔を召喚しますっ。苦労して関係者から入手したスペインの動画をもとに描いた、魔法陣。このなかに悪魔がやってくるわけです。じゃじゃーん」

 アキラは白い歯を見せながら、床を指さす。相変わらず甘いマスクだな、と省吾は思う。

 動画配信には映像内容の楽しさ、演者の喋りの実力も大事だが、彼らのルックスもそれなりに良くなければならない。さもないと、チャンネル登録者数が跳ねないのだ。


 アキラの右手先には、床に描かれた魔法陣があった。

 中央に六芒星があり、それを円で囲んでいる。二重となっている円の間には、ラテン語なのか古代文字なのか、得体のしれない文字があった。おそらく魔法陣のなかに地獄を呼びだす呪文なのだろう。


「見てよ。この禍々しさ。ここに地獄を出現させるわけ。ワクワクする~。実はねスペインの動画では一部、魔法陣が映ってなかったんだよ。でもボクは冴えていましたあ。画面の奥に姿見鏡を見つけてね。そこに小さく全体が映っていたんだ! 動画を一時停止して、鏡を拡大。アキラチャンネルで使っている機材をフル活用して、魔法陣を鮮明に。はっきりと見えるようにしたから完璧ぃ」

 まるで自分一人の手柄のように話すアキラに、撮影者の省吾は苦笑いを浮かべる。


 確かに鏡に魔法陣を映っているのを発見したのは、アキラだ。だが素人の撮った荒い動画をベストな時で停止し、画像を拡大させ、クリアにする作業を黙々とおこなったのは自分なのに。

 とはいえ所詮、自分は裏方。主役を輝かせるのに終始するのは致し方ない。


「今から呪文を唱えます。それが終わると、魔法陣のなかがごつごつとした荒野が。しばらくすると悪魔が出てきます。いや出てくるというか、捕らえるが正しいか。人外は円のなかに入ると出られないんだ。そうなったら、こっちのもの。何か願い事を叶えるまで開放する呪文を言わなければいい。視聴者の皆さんにプレゼントできるものをもらいましょうね!なんでそんな檻に悪魔は飛びこんじゃうかというと、大好物の人間の匂いがするからなんだ。チーズを餌にしたネズミ捕りみたいなもの。匂いに惹かれて落とし穴に落ちちゃうんですねえ。美味そうなチーズは俺だぜ~。美少年はさぞかしそそるだろ~」 

 アキラは体をくねらせて、画面に投げキスをする。


 これから地獄の門が開くというのに、緊張感のかけらもないが、これくらいラフな方が良いだろう。視聴者だって深刻な動画など見たくあるまい。


 そう省吾は思うが、彼の脳裏にはどうしてもスペイン動画の男の末路が思い浮かぶ。ホラーものでも群を抜いた画期的な動画。初めてリアルな悪魔を呼びだしたそれは、なぜしけった花火のように火がつかなかったのか。


 ……なぜなら男が、悪魔に殺されたからだ。


 死んでしまっては動画をバズらせるための宣伝もできない。ホラー愛好家の間で都市伝説として、話にあがる程度になるのもやむをえなかった。



 動画のなかで、スペイン男は呪文を唱え終えた。しばらくたつと、悪魔が網に引っかかった。

 シャープな顎に、こちらを射貫くような三白眼。長身で痩せぎすな男で、髪をオールバックに撫でつけていた。闇へ溶けこむような黒のスーツで身をつつんでいる。


『おおっ、やったぞ。捕まえた。これで願いを叶えてもらえる!』

 男の言葉に、悪魔は手の平で顔をおおう。

『つまらないものに引っかかったなあ。久しぶりの獲物だったから』

 悪魔は頭を掻きながら、魔法陣を内側から憎々しげに見つめる。


 スペイン男は『まさか本当に召喚できるとは……何を願おうか……金、女……永遠の命』ぶつぶつ呟く。

 何を叶えようか決めたのだろう。決意のこもった顔つきで魔法陣に体を向けるが、そこに悪魔はいなかった。


 動画を眺めていたアキラたちには分かった。

 悪魔は小さな蛇となって、魔法陣から抜けだしたのだ。生贄の血でできた円は一部欠けていたのだろう。ずずっと這いでてきた蛇は、男に近づくにつれ大きくなり、長さ三メートルはあろう大蛇となった。

 そして、チロリと舌なめずりをした後、大口をあける。男の姿が消えた。ひと飲みで。部屋は一瞬しんとなったが、すぐに蛇のヨダレをすする音と、男の絶叫する声が溢れていく。


 じゅ、じゅるるるるる。

──ぎゃあああああばあばばば。

 

 大蛇は、バキバキバキと口から音をたて獲物をかみ砕く。飲みこんだ後、また体を縮めて魔法陣へ。異世界に消えていった。


部屋に残った血の海を、姿見鏡が冷たく映しだしていた。



 男の失敗を活かして、省吾たちはしっかりと円を描いた。穴は一つもないはず。今朝がた殺した鶏の血だって新鮮だ。悪魔を誘うお香も高級なものを選んだ。完璧な準備だ。奴の二の舞にはならない。俺たちは人気の動画配信者の仲間入りをするのだ。


 アキラが呪文を唱え終えた。これも動画を何度も観た、努力の結果である。あの適当なアキラが繰り返し練習していて、省吾は感動すら覚えたものだ。


「はい、終わり。あとは悪魔が罠にかかるのを待ちましょう♪」

 そう言い終わるやいなや、地鳴りがした。

 ゴゴゴゴと大音響がつづき、突然床が消えた。いや。床だった場所がごつごつとした岩地とな変わったのだ。荒涼とした世界が目の前に広がっている。ここは──。


「ちょっと、省吾は画面に来ちゃだめじゃん。撮影者なんだから」

「そんなこと言っている場合じゃないだろ! 異常事態だぞ。なんでこんなことになったんだ」

 祥吾は辺りを見渡す。真っ赤な空は血で塗られたようだ。草一本生えていない荒野がどこまでも続く。ここで生活する生物は食物にどうありついているのか。どれだけ日々、飢えているのだろう。

 魔法陣の円のなかだけはマンションの床だ。ここだけが日常となっている。省吾はふと、魔法陣に目をとめた。


「アキラ……。お前まさか……動画を観て、鏡に映ったままを描いたのか? 画像反転ソフトを使えって言っただろ。そのまま書いたら、魔法陣を囲む文字も逆転する。反転しちまう! それで意味が逆になったんじゃないか? 悪魔を現世に呼ぶんじゃなくて、俺らを地獄に呼んでくれって」

「魔法陣のなかが地獄になったんじゃなくて……そとが地獄になったってことぉ!?」 

 アキラが動揺した声をあげる。


 二人は競って現世と繋がる魔法陣のなかに入ろうとしたが、しっかり描かれた円は見えない壁で彼らをはじく。


 部屋に硫黄の匂いがただよう。


 どこからか、ウオオッーと獣のような咆哮がした。

 地を這うような声は、獲物を発見したよろこびに満ちているよう。次第に大きくなり、二人の鼓膜を揺らしていく。

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