海辺に夢見る

熊代ゆう

第1話

青い空、広い海。静かな砂浜に2つの生き物。

二足歩行にそくほこう四足歩行しそくほこう

ここはどこ?

それは意味の無い疑問。

海は海。

それ自体がひとつのエリア。


「魔王様、どうしました?」四足歩行は砂浜に二足で立つ者に訊いた。

魔王と呼ばれた二足歩行は無言のままだったが、ようやく口を開いた。


「ここに来ると心が落ち着く。私は地上の海が好きなのだ」

「わざわざ人間達のいない時を狙って来てますよね?」

四足歩行は腹を砂浜に付けた体勢で聞き返す。


目の前に立つ魔王は、つのの付いたかぶとに牙が特徴的な仮面、毒々しい模様の鎧を身に付けている。

左右に突き出した肩当てからは足首に届くマントが吊り下がっていた。


甲冑に身を包む者は少なくないとはいえ、さすがにこのデザインの者は地上世界では悪い意味で目立つであろう。


「魔王様ほどの御力があれば簡単にこの海を手に出来ましょうに」


波は寄せて返す。

カモメすらいない空。

潮の香り。

波が引いた時に魔王は答える。

「ここへ来るといつも自らの非力を思い知らされる」


全身毛だらけの四足歩行はその言葉の意味を考える。

どう考えてもこの地上、恐らくは海上でもこの魔王に並ぶ力の持ち主は存在しない。

魔王は続けて話す。


「我が生涯には多くの敵がいた。みな手強い者ばかりであった」

人間、妖精、竜、鬼、獣人、ロボット、そして同じ魔族――。

「そやつらを退け、いつしか私は魔王と呼ばれた」

四足歩行は頭頂部からやや斜めに突き出た三角形の耳をパタパタと揺らし話を聞いた。

彼こそが従者として、魔王の闘いぶりを多く見てきた者だった。

その圧倒的な戦力を最もよく知るのは自分だと自負していた。


「しかし私一個の肉体的な力では、大海の荒波を押し返す事は到底叶わぬ。海流に飲まれ流されるのみだ」


魔王の話の意図に感づき始め、四足歩行の従者は目を細めた。


「海の中央にて、魔力が尽きたときにはただ溺れるしかない。」

「仮に魔力が万全であっても、この星の大半を占める海水すべてを消し尽くす力は発揮できん。」


確かにそうかもしれないが、それは…。


「多くの生命の死と誕生に携わってきたのが海だ。その存在に比べれば魔界の王など小さき存在だ」


四足歩行は静かなため息をつく。

「我々の敵は自然環境ではないでしょう」

魔王は答えない。

「まだまだ地上には魔界への対抗勢力がいますし、魔王様のような方に全世界を統治していただかなくてはなりません」


実際、魔王の政治力は優れたものだった。魔界ではかつて敵だった者も、生活が手厚く保障され、本気で反旗を翻す者は数百年に一人いるかいないかであった。

魔王たる由縁は、恐るべき戦闘能力だけでなく、その政治的手腕にもあると四足歩行の従者は考えていた。


「あぁ、そうだな」魔王は答える。

「だがそれは楽なことではない。魔界ですら苦痛を極める道のりであった」


魔王は兜を脱ぎ片手で胸との間に挟む。

「魔力が尽き、すべての戦いが終わった後には」

魔王の長く黒い髪が潮風になびく。

「この海辺に家を建て、地上の者も迎え暮らしたい…」

四足歩行の従者からは見えないが、そう語る魔王の顔は夢見心地でほころんでいた。

知らぬ者が見たら、海にときめいてる奇抜なコスプレの若い女にしか見えないだろう。


波は穏やかに寄せては返す。


波の音が響いたところで、従者は静かに立ち上がり、四足歩行で魔王を背にして歩き出す。


(あいつはもうダメだ)


四足歩行は魔王に愛想が尽きた。


現実が見えていない。腑抜けている。あんな塩味のみずたまりに何をそこまで思い馳せてるのか。


そもそもは数百年前だ。

地上進出の一貫として、深海の王と和平条約を結ぶべく、魔界と地上を繋ぐ「幽玄のくだ」と呼ばれる地下通路を通った時のことだった。


透明なパイプ状の通路から見た地上の海は、魔界の煮えたぎる赤系の海とは全く違っていた。

透き通る青い水に見たこともない動植物。

全てが美しく融合した自然の造形。

海の広大さと神秘さに魔王は胸を打たれた。


それ以来魔王は、公務に疲れると地上の海に出掛けていた。

危険だという他の部下達の意見も無視して。


初めの内は壮大な支配計画でも練っているのだろうと思っていたが、サザエだの貝殻だの空き缶だのを魔王自ら拾ってる内に様子が違うと、四足歩行の従者は思い始めた。


海に思いを馳せて青春してるだけなのだ。

シーサイドストーリーの登場人物になりたいだけなのだ。


四足歩行は前足を止め、崖の縁から静かに下を見つめた。

草原に数人の存在が確認できる。


剣士、魔法使い、侍、力士、拳闘士、吟遊詩人。


地上の精鋭が魔王の居場所を突き止め、攻めてきた。

警護が手薄な事を知ってを最終決戦に挑んでいたのだ。


四足歩行は彼等の放つ、抜き身の武力を感じとり険しい表情になる。

猫のように尾は太くなり、猫のように毛は逆立ち、猫のように前足をキュッと引き締めていた。


(地上の覇権を狙う軍勢は迫っている。これが現実だ…!)


地上の民達は魔王の戦闘力と統率力を伝承で聞き、恐れている。

いつしか自分達も魔界の支配下に置かれるのではないか。

その時に非力な民は怪物達の供物、餌や慰みものにされるのではないかと恐れている。


海だ何だ、迎えるだ何だと甘い夢を見てる奴にはその気持ちはわからない。

魔王の統治力は優れているが、それは魔界での話で、力がすべてだった魔界と地上ではそもそも性質が違うのだ。シンプルな論理で動くものと動かないものがある。


今の恍惚とした魔王なら、楽に討ち取られるだろう。

あの間抜けな表情を見れば、楽勝と思われ実力以上の力を発揮し、コテンパンに叩きのめされ海の藻屑になるかもしれない。


何が海だ馬鹿が。

何が心が洗われるだ。

おまえは魔界に帰って温泉にでも浸かってろ。

洗うのはその兜で湿気った髪だ。

時々塩成分たっぷりの入浴剤でも差し入れてやる。


それか誰か信頼できるものに全権を任せて、柄シャツにビーサン姿で海の家にでも行けばいい。

ヤキソバを焼いてラムネを冷やしてろ。

いやあんなポケ~ッとしたお嬢ちゃんではアルバイトも続かないだろう。

どこか南の島でヤシの木に登ったり、素潜りしている方がお似合いかもしれない。


そのうちに同じくらい馬鹿なナンパ男がお見合いを申し込みに来島するかもしれない。

もしかしたら、凶悪な詐欺にでもお見舞いされ、島に埋葬されるかもしれないが、さすがに魔王たる自身の責務を自覚するはずだ。


こちらは、貴様まおうがのぼせている間に、まずは歯向かう地上の戦士達をネズミのようにいたぶり、国王達に爪を突き付け降伏させ、魔物達を野に放って各地域を支配し、尾で撫でて飼い慣らす。

勝算は充分ある。それで解決だ。


……いや、違うな。


軍事力で事をなせば、その時には抑え込めてもいつかは遺恨を元に、報復される。

その繰り返しならば、キリがない。

そんなことでは魔王の望む様な楽園など築けるわけがない。


ならばどうすれば良い?


四足歩行は緊張を解き、香箱座りに切り替え、ため息をつく。


(猫としてはあんな奴は見限って、安泰な飼い主に甘えたい…)


そうするなら、まずは素性を隠して野良猫として、どこか猫保護に税金を投じてる王国を探さねば。


なるべく人々の暮らしが豊かであることも重要だ。飼い主の稼ぎや、家族構成率などコミュニティが豊かであることが、自分の世話をする人員の数や質の評価基準となるからだ。


それかエンタメ産業に力を入れてる文化都市に移住するのも良い。

最近流行りだという写真や映画等の新興産業に猫タレントとして自分を売り込めば、たみの人気を得られ、忙しなくなるが世話人や代理人も得られ、スポンサーも付き安泰だ。

現に魔界でも俺はそうやってスポンジのようにあらゆる栄光を吸収し、魔王の目に留まったのだ。


…魔界のは写真カメラではなく、9Gの高性能モバイルフォンだがな。

フフフ。


地上の猫など、ニャーだのゴロニャンだの、初歩的な猫仕草しか出来ないに違いない。

俺はその辺のタレント猫とはひと味もふた味も違う。

俺はマルチリンガルで、博識で、チーターより健脚で、変な匂いもしないし、何より可愛い。

写真を撮らせれば、画になることは間違………


そこで猫従者は思い出した。

かつての魔界の日々を。魔王との闘いの旅を。


制圧した魔界の各都市で二人は記念写真をよく撮った。

魔界の辺境でアイドル猫を夢見て、日々自主トレに励んでいた自分を魔王は広い世界へ連れ出してくれた。

美味しくて健康的なキャットフードも与えてくれたし、支配地域の城には魔王軍のフラッグだけでなく、自分のポスターも貼ってくれた。


主従関係とはいえ、こちらの意思はなるべく尊重してくれたと思う。

お陰でモデルとしての道も拓け、芸能界についての見識とコネも得ることが出来た(魔王の従者ゆえに優遇されるのが嫌ですぐにやめたが)。


恩人だ。


もはや腑抜けてしまった、なんちゃって魔王だが恩はある。


このまま見殺しにして、その事実を忘れて生きて行けるのか?

その罪悪感を抱えて生きていけるだろうか……?



「おい、あれを見ろ!」人間の剣士は仲間達に呼び掛けた。

道の先に妖しげなオーラで包まれた猫がおすわりポーズで待ち構えている。

「あれは魔王の腹心、モフチ=ヤアンでは…!?」


それに気づいた他の人間達には戸惑いが生まれる。

魔法使いは浮遊してるほうきから降りて悩み顔で言葉を漏らす。

「どうしよう、猫には魔法は射てないよ…」

側にいた侍も同じく

「うちも三匹飼ってますんでねぇ…」と困り顔だ。

一団のリーダーである剣士は、仲間の士気の低下に困惑する。


それを見たモフチ=ヤアンこと四足歩行の従者は答える。

「早まるな若造どもが。私は闘いに来たのではない」


ならば何をしに…?

人間たちは疑問に思った。


モフチ=ヤアンは片手を掲げ、肉球を見せて叫ぶ。

「今から成すこと、しかとその目に焼き付けるがよい!」


次の瞬間にモフチ=ヤアンが取った行動に戦士たちは驚きの声を挙げる。



猫の――。


俗にいうヘソてんであった…!


ただでさえ愛らしい見た目のモフモフが、草の上に転がり、前足をくりっとさせ、肉球を露にした脚を左右に開き、腹を見せる(ウィンクもバッチリ)。


一団の中で最も魔界の事情に詳しい吟遊詩人は言った。

「これは、古くより魔界に伝わる降伏の作法――白腹しろはらの儀では!?」


――降伏したのはどちらなのか。

先ほどまで闘志剥き出しで岸を目指して足を進めていた人間の一団は、すっかり戦意を失っていた。


可愛い…。和む。写真に納めたい…。

そう思わない者はいなかった。


これが比類なき戦闘力誇る魔王と共に、魔界を制覇したナンバー2・モフチ=ヤアンの求心力(肉球神力?)なのか……。


向こうは戦意ゼロで降伏の意思を示している。

しかも白旗を降っているのは魔王に次ぐ立場の者なのだ。

いわば魔王の代理人。

岩場の向こうの砂浜に魔王はいないと考えるべきだろう。

大した魔力も感じない。

(※実際は、砂浜でパラソルとレジャーシートを組み立てるのに夢中で、ただの観光客化してるだけなのだが)


ここで剣を振りかざす意味はない。


「…分かったモフチ=ヤアン。魔王は降伏したということでいいな?」剣士は尋ねる。


「話が早くて助かるぞ」モフチ=ヤアンも応じる。


「我らも無益な争いは望まない。これで引き上げるとしよう」

笑顔でそう言う剣士が見て、モフチ=ヤアンはすかさず、こう答える。


「では降伏の条件に、スペシャル猫缶も週ニで頼めぬかのう?」


えっ…


は…?


何…?


飯を貰えるなら誰でも良いのか?

いや、猫はそれで良いのか…。


「まぁいいけど…」剣士はそう答える。


――こうして魔界の王と地上の勢力との最終決戦は無血で幕を閉じた。


来た道を戻る地上の精鋭達。

その後ろについて行きながらモフチ=ヤアンは、この先始まる猫ライフに期待と不安の両方を感じていた。


これから恐らく、魔王に最も近い者として聞き取り調査や思想調査を受け、身の振り方が決まるだろう。


この人間達は見たところ誠実な様子だから、諸侯達に多少は口添してくれるだろうが、魔王の所在が分からない内は人質ならぬ猫質としては扱われるのは間違いない。


持ち前の可愛さでメロメロに出来るのにも限界があるかもしれない。

自分としてはやはりある程度の自由は欲しいところ。

それもどこまで保障されるのか…。


無血決着とはいえ、ここまで一切の血が流れなかった訳ではない。

こちらとしては非力な市民を襲った覚えはないが、やはり魔王に恨みのある者はいるだろう。


お互い様な部分はあるのだが、先に相手の領分に入ったのは魔王軍なので、(偵察目的だったとはいえ)そこは若干分が悪いかもしれない。


総合して考えると、自分が人間達の側で安心して生きていく事は、多少の媚びへつらいや改心をみせたところで確実とは言えない。


波の音が猫の聴力でも掠れて聞こえ始めた。


モフチ=ヤアンは四足歩行を止め振り返り、二足歩行の主――今はパラソルの下でレジャーシートに寝そべり、トロピカルな液体を啜る主――に向けて、心の中でこう呟いた。


(魔王様。)


(早く海辺に家を建ててくださいね。)


その思いは、いつかは自分も終のすみかにするであろう、海辺の屋敷への夢に乗せて放たれ、しばしの別れの言葉となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海辺に夢見る 熊代ゆう @Y_Kumashiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画