姉
うたかた
第1話
うちの家族は時々、夜にリビングでこもる。その日は皆で食事をとって無駄話をし、だらだらと時を過ごす。眠くなったら自室へ行く。
ただ最近は、姉ちゃんだけ別である。小・中学校時代は喜んで付き合っていたが、大学生になった今、彼氏とのデートのほうが優先らしい。俺は高校二年になったが、いまだこの一時的な一家団欒がワクワクするし楽しい(もちろん恥ずかしいから口にはださないが)。
父親は仕事が忙しく、普段は深夜まで帰宅しない。母親は専業主婦で家にいるけれど、俺がサッカー部の練習で帰りが遅い。だから一家がそろうのが、まず稀なのだ。
例えるならば、台風がくる日と同じ。コロッケを大量に買って、戸締りした家にこもって食べるという流行り。それに近いのではないか。
*
今日はそのこもり日で、俺は早めに練習を切り上げて家に着いた。居間のドアを開けると、食卓にすでに帰宅した父のがっちりした背中が。「おかえり」と母が笑顔で迎えてくれる。やはり母さんも家族で集まるのは嬉しいのだろう。
「ただいま。姉さんは? 今回も不参加なの」
俺は食卓の所定の席に腰かけて、尋ねる。
「そうね。彼氏と大学で遊んでから帰るって」
「大学って遊ぶ場所なのかよ。もう、午後の八時近いじゃん。いつも月曜日は夕方には帰ってくるんでしょ」
「なんだ、晃。姉さんが気になるのか?」
父が夕刊をガサガサ折りながら言う。
「女性の夜歩きは危ないよ。ヤバい奴に絡まれても、俺みたいに腕力で返せないし。早めに帰ってくるべきじゃない?」
「もう洋子だって十八歳だぞ。立派な大人だ。弟に心配される年齢じゃない」
「そういう油断は良くないよ。俺だってサッカーの練習を途中で帰ってきているんだ。顧問から『エースフォワードがいないと得点を取る練習ができないな』って嫌味言われながら。姉さんだってさっさと帰る努力をしないと」
「シスコンってやつか? それよりサッカーはどうなんだ、調子いいのか」
父さんが新聞を畳んで、食卓の隅に置く。話を変えたな、と思うが二人の共通項だ。顔を合わせたら大概、サッカーの話はする。
「今日はサブチームと試合したけどね、四点取ったよ。上手いラストパスの出し手がいたら倍は取れていたと思う。自分で言うのもなんだけど、ポジショニングが上手なんだろうな。最近は頭でも体勢をかえて、ボールをゴールへねじ込める。絶好調だよ」
「先週末、応援にいった試合でも監督がべた褒めしていたものな。『ゴールへの嗅覚が只者じゃない』って。オレも鼻が高かった」
親父の目元が緩くなる。リモコンを取って、流れていたテレビを消す。
「ただうちの家系は集団のスポーツより、個人のほうが向いているんだよ。従兄の修一は柔道で全国優勝だろ、うちの爺さんも百メートル走で県の記録を塗り替えた。群れずに個人で偉業を成し遂げる」
俺は鼻を鳴らすが、まあ親父の言うとおりだろう。今の高校でも全国大会は行けているが、自分と同じくらいのスキルの持ち主があと数人いれば優勝は固い。
「まあ、いいじゃない。晃が好きな競技なんだし」
「そういう母さんもPTAのバレーで今日、活躍したそうだぞ。ジャンプ力が凄いんだと。プロのバレー選手だったからな。当たり前だ。普段は大人しいし、羊の皮をかぶって……いや猫をかぶってるんだな」
わはは、と豪快に笑って妻を自慢する。そういう親父も会社では一目置かれているらしい。昔は射撃をやっていて、名選手だったという。今は事務業をやっているが、経理担当でどんな細かいミスでも逃さない。確かに目つきが鋭く、狩人のようである。
家族全員の身体能力が高いのである。姉をのぞいて。
「それで、ごめんね。バレーに熱中していたら、帰りがギリギリになっちゃった。ご飯作れなくって、スーパーでカップ麺しか買えていないのよ」
母がエコバックから、うどんのカップ麺を四つ食卓にあげた。
「俺は焼いた餅を3つくらい入れて、力うどんにしようかな。お腹すいたあ」
じゃあお湯を入れるわね、と母さんがキッチンに立とうとする。
ピンポーン、と間延びしたインターフォンの音が室内に響いた。モニターを覗くと姉だ。
洗面所で手を洗い、ふわふわした足取りで居間に入ってくる。彼氏からの連絡を確認しているのだろうか、スマホをチラ見して。
「たっだいまー。ここ携帯の電波悪いわ。窓際だといけるかな」
姉は片手で乱暴にザッと、カーテンを開けた。
「あらあ、綺麗」
常夜灯だけで薄暗くなっている部屋に、満月の明かりがこぼれ入ってくる。
「「「ああっ」」」と三人のげんなりした声が漏れる。遅れて、うっかり者の姉が「ああっ」と叫ぶ。食卓を振り向いて、俺たち人狼に手を合わせて謝った。
親父は呆れた顔つきで、グルルとうなる。母さんは『この子は仕方ないわね』と言わんばかりに、クゥーンとうなだれた。
──そう。狼男と狼女が恋に落ちて結婚したのが、うちの両親である。
なかなか子供ができなくて、養子にもらったのが俺の姉ちゃん。その後ようやく授かった子供が俺なのだ。だから姉ちゃんは純粋な人間。嗅覚が良いわけでもなく、一匹狼でもなく、鋭い目つきで視力が良いわけでもない。身体能力も普通だ。
ただし満月の夜、月光を浴びても問題ないのだ。その点は羨ましい。
「晃はこの姿の時が可愛いねえ」
姉ちゃんが俺の毛むくじゃらの頭をなでてくる。俺は羞恥心から犬歯をだすが、思わず尻尾を振ってしまう。
「あ、うどんのカップ麺をいただくね。生卵を落として月見うどんにしようっと」
そう言って食卓からカップ麺を手にとり、冷蔵庫に向かう。
「皆はもう人用の食事食べられないから、ドッグフードあげるね。こういう時の非常食で取ってあるから」
開き直った俺は窓際にいき、丸く黄色い月を眺めた。狼男の習性で、ウオーンと遠吠えを上げる。
姉ちゃんは、あっけらかんとしていて養子であることを気にしていない。素直で苛々しても嚙みつかないので、姉弟の仲も悪くない。でも、それだから心配なのだ。姉の無邪気さにつけこむような奴がいないかどうか。
なぜなら、男はみんな狼なのだから。
姉 うたかた @vianutakata
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