ザ・ボーダー 〜生きる者たちの境界線〜

@rightstuff314

第1話 プロローグ ― 世界が静かに沈むとき

化石燃料資源が枯渇し、大陸ごとに国家の形態が変わり始めた頃、地磁気の反転が世界を震撼させた。

それは地球の磁場を急速に弱め、電気と電子に依存した文明に壊滅的な打撃を与える出来事だった。


磁場の弱体化がもたらした影響は、それだけに留まらない。

容赦なく降り注ぐ放射線は、人類の生存圏を確実に侵食し、寿命と出生率を削り続けていった。


人類は生き延びるため、放射線に対抗する術を選ぶ。

ニューロモルフイック技術とバイオハイブリッド技術を融合させたバイオスーツ。

生体電流を応用し、身体を電磁波の幕で覆うその装置は、放射線を阻害することに成功した。


ようやく安定を取り戻した人類だったが、その時すでに、人口は最盛期の十分の一にまで減少していた。


これは、

そんな荒廃した世界の中で、

失うことで強くなる少年が、

人類のボーダーを駆け抜けていく物語。




薄暗く、冷たい教会の地下貯蔵庫。

天井の向こうから、シスターの悲鳴と、下卑た男の笑い声が降ってくる。


地下貯蔵庫の冷たい床に転がるヨナは、胸にアーリャの重みを感じながらも、声も出せず、身動きもできないまま、

目の前にある瞳だけを見つめていた。


「ごめん……ね、ジョナサン……」


(どうして……そんな……)


ヨナには分からない。

なぜ、アーリャがその名前で自分を呼ぶのか。


ジョナサン。それは、ヨナが普段は呼ばれない名前だった。

シスターが「特別な時だけ」と教えてくれた名前。


(何で……アーリャが……)


ヨナには分からない。

なぜ、アーリャが謝らなくてはいけないのか。


大好きなアーリャの瞳。

灰色に、薄い青を溶かしたような――

透明感のあるアーリャの瞳から、ゆっくりと焦点が失われていく。


(ダメだ! 違うのに! アーリャ!)


アーリャのせいじゃない。

謝るのは……違う。

失敗したのは僕なんだ。

このまま行っちゃダメだ!

ヨナの願いは誰にも届かない。


周囲の音がスッ…と消え、世界が閉ざされて行く。

目の前のアーリャだけがこの世の全てになる。


色を失っていく瞳。

わずかに開いたアーリャの唇から、空気がこぼれ落ち、それがかろうじて言葉になる。


「……守って、あげられ……なくて……」


言葉の最後が溶けるように消えて、

静寂だけが残された。


アーリャの瞳はもう何も映しはしない。


(そんな! アーリャ……)


――ヨナはこの世界で独りになった。




世界が……静かに沈んでいく。


音も、色も、重さも失われ、

ヨナの意識は深い闇の底へと落ちていく。


――もう、何も感じない。


そう思ったその時。


闇の奥に、かすかな暖かさが灯る。


火ではない。

光とも違う。

ただ、冷え切った意識に触れる何か。


そこから声が響く…


(……ヨナ)


誰の声なのか分からない。

優しいとも、厳しいとも言えない。


ただ、確かに呼ばれた。


(起きろ)


その言葉に、暗く閉ざされた世界がわずかに揺れた。


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