【お題フェス11】琥珀色の予報士

しおん

第1話

 この街の天気予報は、テレビやスマホではなく、路地裏にある小さな古書店「琥珀亭」の店主、げんさんが決めることになっている。


「弦さん、明日の遠足、晴れますかね?」


 ランドセルを背負った小学生が店に飛び込んでくる。弦さんは古い木製の引き出しから、小さなジャム瓶を取り出した。中には、キラキラと輝く金色の液体が詰まっている。


「どれどれ……明日は『はちみつ色の午後』が必要だな」


 弦さんが瓶の蓋を開けて空に向けてひと振りすると、目に見えない香りがふわりと広がった。


「よし、明日は最高の遠足日和だ。雲は綿菓子のように白く、風は草原の匂いがするぞ」


 ***


 実は、この街の空は「住人の感情」と繋がっている。

 弦さんの仕事は、街に溜まった悲しみやストレスを、適切な「天気」に変えて逃がしてあげることだ。


 ・しとしと降る雨: 誰かがこっそり流したかった涙を、大地に還すためのもの。

 ・強い木枯らし: 溜まりすぎた不満を、遠くの海へ吹き飛ばすためのもの。

 ・眩しい快晴: 街のみんなで喜びを分かち合うためのもの。


 ある日、街に一週間もどんよりとした灰色の曇り空が続いた。弦さんの元に、最近越してきたばかりの、少し元気のない女性が訪ねてきた。


「あの、どうしても晴れにしてほしいんです。ずっと、心が曇ったままで……」


 弦さんはいつもの瓶は使わず、彼女に一冊の真っ白なノートを渡した。


「これは『予報の素』です。今日あった小さな、本当に小さな『良かったこと』を一つだけ書いてみてください。それが明日の太陽になります」


 ***


 女性は戸惑いながらも、「道端の猫と目が合った」と一行だけ書いた。


 翌朝。街は一週間ぶりの、突き抜けるような青空に包まれた。

 空を見上げた女性の目から、一滴だけ涙がこぼれた。それは雨粒ではなく、光を反射してダイヤモンドのように輝いていた。


 弦さんは店の軒先で、新しく届いた「夕焼けのインク」を整理しながら、満足げに呟いた。


「天気ってのは、空が決めるんじゃない。君の心が決めるんだよ」


 街の空は、今日も誰かの小さな幸せを映して、穏やかに澄み渡っている。

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【お題フェス11】琥珀色の予報士 しおん @sora_mj

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